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作者: 竹仲法順
掲載日:2012/07/07

     *

 街のカフェにいると、時が経つのを忘れてしまう。あたしはコーヒーを飲みながら、電子書籍端末を使って、ダウンロードしていたお気に入りの電子書籍を読み続けていた。読書に喫茶店は快適である。少々の騒がしさと煩わしささえ厭わなければ、長時間居続けられた。この店は定額支払っておきさえすれば、コーヒーなら飲み放題である。ゆっくりと読書を楽しめた。あたしも最近、ネットやモバイルなどに接触する時間が増えて、どうしてもそっちの方がよくなってきたのだ。昔は紙に物を書くことが多かったのだが、今は全部パソコンである。キーを叩いて文書やグラフなどを作り、上司のアドレス宛に送っていた。何ら抵抗はないのである。単に作業に要する時間が減るというだけで。あたしも休みの日は外出するとき、必ずスマホか電子書籍端末を持っていく。確かにそれでは仕事が出来ないのだが、何かを読んだり、ちょっとしたメモなどをする際、こういった機器は便利がいい。そして夕方の遅い時間まで読書していると、ウエイターが来て、

「閉店ですよ、お客さん」

 と言う。あたしも従わないわけにはいかないので立ち上がり、持ってきていた物をバッグに詰め込んで歩き出す。疲れてはいたのだが、これが現実だ。確かにこの季節、ちょっと脂が浮いた手でタッチパネルを触ると画面が汚れてしまう。仕方がないのだった。女性でも手に脂が浮くのだ。まあ、さすがにベトベトになることはなかったのだが……。

     *

 ゆっくりと街の目抜き通りを抜ける。疲れてしまっていた。一日が終わると体はクタクタになる。あたしも歩いて自宅マンションへと戻った。いつも職場まで自転車で通勤していたのだし、就業時間が終わると、また自転車を使い、自宅へと舞い戻る。時は大事なのだった。あたしも帰りに飲み屋などで無駄に飲んだりしないよう注意しながら、自転車で帰宅している。疲れていた。ずっとオフィスではデータ入力や電話応対などをしながら、淡々とした日々を過ごしているのだ。何も変化はない。だけどこれでいいのだった。気分は変わらないのだが、人間は何かに縛られて生きていくように出来ている。あたしもそう思ってやり過ごしていた。何か法律などに抵触するようなことはしてない。単にずっと女性社員として与えられた仕事をこなし続けていたのだから……。

     *

 ずっと一人暮らしで、付き合っている男性がいるわけじゃないのだが、十分満足していた。仕事を家に持ち帰ることがある。フラッシュメモリにデータを落とし、自宅のパソコンで仕事をすることがあった。まあ、確かにオフィスでも上司から極力残業しないよう言われていて、それに従っていたのだけれど……。あたし自身、仕事振りは評価されていた。確かに今三十代で、高校卒業後この会社に入ってきてから、ずっと在籍し続けている。不満を覚えることはあった。だけど、そういったことはサバサバと割り切っている。会社での不満など、同じところに十年以上居続ければ出てくるのが普通だろう。あたしもそう思っていた。入社した二十年ほど前は、まだパソコンが普及していなくてワープロばかりだったのである。研修時に使い方を教わり、キーを叩けるようになった。しかも今でもブラインドタッチで手元を一切見てない。これも技術のうちだと思う。上役たちが会議で使う資料や、必要な書類などを作り、メールで送っていた。そういったことを繰り返すうちに時間が流れていく。時は大事だと思う。確かに会社での仕事はつまらなかったのだが……。

     *

 夏の暑いときの休みの日は、紫外線防止のため長袖のシャツを一枚羽織って外出する。確かに暑さで疲れてしまっていた。夏場でもスマホと電子書籍端末を持ち、ゆっくりと外を歩いていく。そしていつも行き付けのカフェでコーヒーを飲みながら、端末を使って読書する。まだ普及はしてないのだが、そのうち日本人もかなりの人が端末で読書するようになると思う。あたしもクーラーの利いた店内でゆっくりと書籍を読み続ける。時折疲れると窓外の景色に目を移す。そしてまたゆっくりと読書を楽しみ続けた。多数ダウンロードしていて、ずっと読書の際はこの端末を使っている。紙の本など買わない。場所を取るからだ。最近一度室内を大掃除したとき、本箱に入れてあった古本を全部処分した。古書店の関係者に電話で言って自宅まで来てもらい、買い取ってもらったのである。価値のある本が結構多くて、全部売り払い、現金で十万円相当入ってきた。そのお金は残らず貯金したのだが、家の中が片付いてよかったと思える。読む本は、今持っている端末に入っている分でいいと感じていた。カフェに入ってコーヒーを飲みながら読み続ける。休日はそうやってゆっくりと過ごしていた。また休みが終われば、通常通り仕事が始まるのを思い。

     *

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 カフェのウエイターはそう言って、あたしを送り出す。いつも利用している店なのでウエイターの接客の仕方は十分知っていて、慣れているのだった。スマホや端末をバッグに入れ、店を出る。一人で過ごす休日は何かしら物憂いと思っていた。だけど異性との新しい出会いというのは全くない。単にずっと同じことの繰り返しだった。日曜の夜はシャワーを浴びて汗や脂を洗い落としてから、テレビを見る。なるだけ気分を落ち着けるのだった。また明日から仕事が始まると思うと、単調さが待っているようで疲れる。でも、それでいいのだった。家は家、職場は職場と割り切れればそれでいい。いい年をした独身女は実にあたしのような人間が多いのだった。別に気に掛けることはないだろう。また会社に行けば淡々とした作業が待っていて、憂鬱さが増してくる。以前抗うつ剤を飲んでいたことがあった。鬱でもひどい方じゃなかったので、一時期――ほんの二ヶ月ぐらいだったろうか――飲んでいて症状が治まる。あたしも比較的ゆっくりとしていた。性格なのだろうか、慌てることがまずない。それに冷静さを取り戻せていたので、別に構わなかった。まあ、あたし自身、何かと文学や文芸が好きなので、そっちの方に傾倒していたのだが……。

     *

 またいつも通り出社する。仕事は待っていた。あたしも自分のデスクでパソコンを立ち上げてコーヒーを飲みながら、ずっとキーを叩き続ける。別に変わったことはなかった。単純作業ばかりで疲れるのだが、こういったことは慣れれば何でもない。ランチタイムと合間の休憩時間以外、ずっとパソコンに向かい続ける。キーを叩きながらも、考えることがあった。あたしも何も思わないわけじゃない。人間だからだ。別に疚しいことをしているわけじゃないのだし、秘密を抱えているわけでもない。だけど、ふっと溜め込んでいたいろんなことを言いたいと思うことがある。何と言うのか、人間の性というものなのか……?ずっと人生行路を歩いていきながら、そう思うことがあった。考えても仕方のないことを考えてしまう。でもこれが人間というものだろう。あたしもそういった年齢に到達したのだ。何かに絶えず悩まされ続ける年齢に。だけど人生においてそういった時代は誰でもある。あたし自身、そう思って仕方のないことだと考えていた。こういったことはどうにもならないのだ。気に掛ける時間というのはあるのだが、その時間さえ経てしまえば後は楽になる。ゆっくりと自分なりに考え続けていた。時という物を何よりも大事に思うことはあったのだし……。そして職場でも上司から呼ばれると「はい」と言って席を立つ。管理職じゃなくて単なる平だから、使い回されていた。別にいいのである。これが現実だと思いさえすれば。

                              (了)


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