3話 天使と悪魔
「腕折るとはねー。 エグいって言うかなんて言うか……」
「仕方ねぇだろ…? 楓の様子が変だったんだから」
進と周は保健室に向かっていた。周は楓を背中におぶり保健室へ連れていくと言い、進は付き添いのために彼についていった。
「なぁ……」
周は進の方を向きおもむろに問いかけた。
「おかしくなった。って言ってたけど、具体的にはどうなったんだ?」
「どうって言われてもな…。【雰囲気】……かな? 言うなればな」
進は雰囲気と答えたが実際にはそんな生優しいものではなかった。
放っておけば人を殺しかねない形相、殺気、そして殺意。どれも人から発せられるものとは思えないほど強く、危険だった。そして、二人は三階西口の保健室に辿り着いた。
周は楓をベッドに寝かせ、折れた腕を固定するために木板と包帯を探している。進は、空いているベッドに座り先刻の楓の豹変について考えていた。
ーーーあの目、人間じゃなかったな……。なんか取り憑かれたような目だった……。
「あった。これだな」
進が考えているのを知らずに周は捜し物を見つけ、寝ている楓の右腕を真っ直ぐ伸ばし腕の外側に木板を密着させ、包帯で固定した。
素人目に見ても手慣れた手付きで処置をしていく彼に進は驚いていた。
「これで……終わりっ♪」
「お前ん家、医者か何かだっけ?」
つい口から出てしまった言葉。しかし、周の家は医者は一人もいない。そのことは進もわかっていた。
「ちげぇけど? なんでだ?」
「いや、骨折の治療をあんな早くするから…な」
「適当だよ。てきとー」
その言葉を聞いて進はベッドから落ちそうになった。そして、周は質問をしてきた。
「なぁ進? この地の昔話…って知ってるか?」
「? いや?知らねぇ」
なにを言ってるんだ? 彼の頭には疑問が溢れていた。
「昔さ、ここらへんって鬼狼村って呼ばれてたらしいぜ」
「きろう……。 漢字は?」
「鬼と狼。 今から言うことはおとぎ話みたいな話だけど本当の話だ」
進はゴクリと生唾を飲む。外で鳴いていた蝉も、この時だけは静かになった感じがした。
『昔、この村には天使と悪魔がいた。 天使は人に従い、人を護った。 悪魔も人に従った。 しかし、悪魔は負の感情を悦びに変えてしまった。 だから悪魔に憑かれた人間は同族を殺した。 それを見かねた天使は憑かれた者を殺した。 それが引き金になり人々は殺し合いを始めた。
大人から小さな子供まで。
大人は武器を持ち大人を殺し、子供は石を持ち子供の頭を潰した。
天使派の人は殺すのはよしとしない。 しかし、悪魔派の人は殺すどころか死すらも喜ばしき事だと思ってしまい、自ら死ぬ者も少なくはなかった。 殺戮は約20年続いた。 それが終わった頃には両派の生き残りは、一名ずつだった。 その二名は天使と悪魔そのものだった。 そして二名は共存ではなく、決別の道を歩んだ。』
「天使と悪魔? なんか話がおかしくないか…?」
「だけど、これがこの村…二神村の歴史らしいぜ?」
今の話は進には信じられなかった。いや、村の人間全てに聞いても9割は信じないだろう。
「話に出てきた【天使と悪魔】ってなんなんだ?」
「俺が小さいとき、バアチャンから話だと…」
周は急に楓のベッドの方を見た。なぜか、いるはずの楓がいなかった。そして、次の瞬間。進の肩にメスが入ってきた。