3話 月と鬼
−−−体が動かしづらいな…。
進がかなの家を出たときはもう夜だった。これから家へ帰り荷物を運びまた来るのを考えると少しうんざりすると思いながら進は夜の道を歩いている。
−−−喋れないって不便だな。手話でも習うか?
そんなことを本気で考えている進はある違和感を感じ家までの歩みを止めた。
−−−気配がする…、1,2,3,…いや、それ以上か。
彼が息を細く吐き、深く吸った。そして、肺に充分以上の空気を溜め左足で強く地面を踏み右足を後ろへスライドさせ両手は自然体にする。
−−−…来るなら来い。神薙流の真髄、見せてやる!!
あたりは静寂。そこにはただ一人の人間がいるだけ。普通のものにはそう見えるがちょっと目の良いものには少年の周りに黒い影がいくつも飛び交っているのが見える。それもそのはず。彼の周りには【狼】族の狼たちが彼をとり囲んでいるのだ。
「その首、貰い受ける!!」
一筋の黒い閃光が進の首に当たる。当たった部分からは赤い液体が首をつたい服に赤い染みを作る。それでも進は平然と立っている。
−−−今は様子見。次の攻撃は…上!!
進はバックステップし、上から攻撃を避けた。
−−−何故かわせる? 我等の攻撃は無音のはずだ…。
−−−上がかわされれば、次は横からの一閃。そして、間髪をいれず同時に上からの攻撃…。
瞬時に答えを導き出した進は右後ろへと跳ぶ。彼の予測に狂いはなく【狼】族の攻撃はすべて空を切る。
「何故だ! 【鬼】よ貴様は何故我等の行動がわかる!?」
攻撃が当たらず痺れを切らした一匹の狼が進に問いかける。だが、進は今声が出せない。問いかけるだけ無駄。当然答えは返ってこない。
−−−攻撃に移りたいけど…体が動かない。集中して攻撃を避けるので手一杯だ。
簡単に攻撃を避けているようにも見えるが実際、進は全神経を集中させ相手側の考えを読み取り事前に攻撃の殺気を感じ取り避けるしかない。いつまにか、進は全身に疲労という名の蛇を体に巻きつけていた。
「おや? どうした動かなくなったぞ? 先ほどまでの動きはどこへ消えうせた」
【狼】族の言葉に反応する体力すら進むにはなくもはや立つこともかなわなかった。片膝をつき肩で呼吸をしている。
−−−くそ…。【鬼】がいれば!!
進の周りを回っていた黒い影はいつの間にかなくなり、進の目の前には数人の人が立っていた。
「こやつ、本当に【鬼】の末裔か? ただの小僧ではないのか?」
−−−言いたい放題言いやがって…。ま、今の俺は【鬼】じゃなく人間…、待て。俺さっき何て言った? 【鬼】がいれば!? 【鬼】を追い出した矢先にか。最悪だな…。この運命を呪うよ。
進は初めて自分の運命を呪った。【鬼】と【進】はまるで磁石のように引かれあってしまうものだと知ってしまったのだ。
そんななか、【狼】族の一人が進を蹴り飛ばした。進は受身すら取れず仰向けに倒れた。
「弱いな。これが楓様を殺した男か…」
−−−楓が死んだ? 嘘だろ…、俺は骨や内臓を避けるようにして腹を刺した。出血死は考えられない。死亡が考えられるのは周の方だ! あの時は情け容赦なく背中を斬った。普通に考えて死ぬのはそっちだろ?
仰向けのまま空を見て考える進。彼の目に映った空は何もなく文字通り虚空だった。
「はは…」
「なんだ? この小僧いきなり笑い出したぞ? ついにおかしくなったか」
進の口から自然に出た【声】。これすなわち、【鬼】の力の一部が戻ったことだった。それを頭で理解した進は更に声量を上げ笑い出した。
「ははははははははははははは!!!!!」
「こいつは…!! 危険だ直ちに抹殺する!! 【狼】族に伝わりし秘技、狼槍で!!」
進の前に立っていた人達は全てが狼に変わった。それでも、進は仰向けのまま笑い続ける。
「喰らえ…。狼槍!!!」
全ての狼が進へと向かってくる。すると進は、笑いを止めゆらりと立ち上がり右手を前に出した。
「お前たちにとって【生きる】ってどういうことだ?」
−−−ただ聞きたかった。
「愚問だな!! しかし答えよう。【生きる事】、それは我等が【狼】族を消さぬことだ!!!」
−−−そんなことは知らない。お前たちのように【無駄に生きている】奴らが許せない。死ねよ。子犬ちゃん♪
彼の考えは狂っていた。まるで、【鬼】に取り憑かれたようだ。
「お前は【生きる】ということをどう捉えるのだ【鬼】よ!!!」
さらに速度を上げ進目掛けて…いや、【鬼】目掛けて突っ込んでくる【狼】たち。鬼の答えを聞かずに彼らは鬼の体を貫いた。あたりは砂煙が舞って何も見えない。
「俺は【生きる】ことをなにも考えちゃいない。しいて言うなら嘲笑い事だ」
「なっ……」
【狼】族の一人は驚きの声を上げた。それもそのはず彼らは間違いなく【鬼】を貫いたと思っていたのだから。
「何故生きている!? 我等が貫いたというのに」
声を荒げて男は鬼に問いかける。しかし、鬼はそれを鼻で笑った。
「後ろ見てみろよ。お前が貫いたのはあいつだろ?」
男は恐る恐る後ろを振り返る。するとそこには二つの黒い物体があった。
「煉!!!」
雲が晴れ満月が道を照らした。すると、二つの物体は胴から上と下に切り離された女性だった。よく見ると女性は進と同い年にも見える。男は煉と呼ばれた女性に駆け寄り名前を呼び続けた。
「無駄だ。もう死んでるのはわかってんだろ? よかったじゃねぇか、【種族】なんて世知辛い柵から開放されてよ?」
「貴様ぁ!!!」
男は人間に戻り、怒りに身を任せ腰に挿していた短刀を逆手に持ち鬼に斬りかかる。しかし鬼は体を少しだけ横にスライドさせ避ける。
それでも、男はあきらめず短刀を振りまわす。
「飽きた。死ね。…【鬼の牙】」
鬼はそういうと男の首あたりに噛み付き皮膚を食いちぎった。男の首から盛大に血が飛び男は力なく倒れる。
男の周りには赤い水溜りが出来上がった。
「さて、次…。いねぇ。逃げたか、つまんねぇ奴らだ」
−−−だが、ちょうどよかったな。今、また襲われてたら危なかったかも知れねぇ。【こいつの体】が限界だ。さて、消えるとするか。
何かに気づいたように顔をハッとさせ片膝をつく進。彼の顔は蒼白で今にも倒れそうだ。
−−−なんだったんだ!? 今の感覚、まるで、闇に飲まれるような…。
必死に詮索する進だが、それは机上の空論。まったく意味はなかった。
−−−それに、なんか凄い気持ち悪ぃ…。
途端に、彼は咳き込み血を吐いた。地面に倒れそうになる体を両手で支えゆっくりと立ち上がり彼は自宅への道を歩き始めた。
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