2話 新たな人
今回なんと文字数がいつもの倍以上になりました。
「!!」
「きゃ!」
ベッドから急に起き上がる進を見てその隣に座っていた少女は軽く悲鳴を上げた。
−−−…ここどこだ?
彼は部屋を見渡す。そこは間違いなく自分の部屋ではない。殺風景とも言えないが華やかというわけでもない。とりあえずは生活出来るものが無造作に置かれている部屋。彼の脳内はきっと凄まじい速さでこの状況までの経緯を調べているのだろう。
−−−たしか…鬼が出てきて……。違う! その前だ!! えっと、周を斬って楓を刺して外に出て…。
?? それから…どうなった?
「あのぉ…」
「…?」
少女が進を見て話しかけてくる。だが、彼の耳にその声は届かず未だに過去の記憶へと遡っている。
「あのぉ!!」
「…!!」
大声で気が付いたのか進は少女を見る。次の瞬間、進は自分の目を疑った。
−−−えんな…。
「よかったぁ。気づいてくれて、あの…体大丈夫ですか?」
−−−燕奈じゃ…ない?
少女は固まったままの進を見て首をかしげた。しかし、進は自分だけ時が止まってしまったかのようピクリとも動かない。そんな彼を見て少女は顔を近づけ額と額を合わせた。
「熱はないようですね」
「…(な!!)」
不意の行動に進は驚きベッドから飛び降り少女と距離をとった。
「?? なんで離れるんですか?」
少女はまたもや首を傾げ無邪気な瞳で進を凝視つづける。
−−−なんでって言われてもな…。
声の出せない進には考えるしかなかった。声が出るなら言い訳ぐらいは出来たろうが今はそうはいかない。
【鬼】に声と身体を奪われ、声どころか体も前のようには動かない。それならまだしも彼はおそらく常人のそれよりも動かないかもしれないのだ。
「声が出せないなら口パクでもいいですよ。私は読唇術が出来ますから」
驚いた。彼女は、いや【彼女も】自分と同じで普通ではなかった。普通、読唇術なんか覚えようにも覚えられるものでは無い。
「…(本当なのか?)」
「ええ。本当ですよ」
進の声なき声はしっかりと【聞こえる】らしい。それがわかって安心したのか彼はベッドに座り話し始めた。
「…(さっきはすまない…。君があまりにも似ていたから)」
「誰にですか?」
彼は言おうか言わないか迷っていた。言ったところで違うと言われたら、改めて自分が妹を殺したという罪を認識してしまいそうで。逆に言わなければ妹は生きていると心でそう思わせることができる。しかし、おそらくこの関係は終わらないだろう。互いが互いを疑いつづける関係が。
彼は決心し口を開いた。
「…(俺が殺した妹に、君があまりにも似ていたんだ。顔とか、髪とかが…)」
「そうですか…。実は私があなたを助けようと思ったのも似たようなものなんです」
彼女は俯き、目に浮かんでくる涙を必死に止めようとしている。しかし、涙は止まらず彼女の足に大粒の涙が落ちていく。
「あなたは私の兄にとても似ているんです…」
「…(君のお兄さん? 名前は?)」
聞いてはいけないことかもしれない…。そんな考えは進の脳裏をよぎった。しかし、彼は知りたかった。もしそれが【進】と言う名前ならどれほど幸福なことか…と叶わぬ夢を胸のうちにしまい込み…。
「神…兄さんの名前は柊 神です」
やはり違かった。彼は溜め息なのか安堵の息かわからぬ吐息を漏らした。
「あの…あなたの名前と妹さんの名前を教えてくれませんか?」
「…(俺の名前は…)」
−−−本当の名前を言ったほうがいいのか? それとも俺とほぼ同じ顔の神って奴の名前を言ったほうがいいのか? それに妹だってそうだ…燕奈って名前を言うのかそれとも…。ん? そういえばこの子の名前…。
いろいろな考えを模索してる進だがある重要なことに気づいた。それは彼女の名前がわかっていないこと。名前がわからなければ妹の名前は一つしか出てこない。考えを諦め正直に彼は言った。
「…(俺は進。神薙 進だ。妹の名前は燕奈)」
「え!? 神薙って言いました?」
突然彼女が驚いた。その顔は歓喜ではなくまるで絶望のような顔だ。
「…(そうだけど…それがどうした?)」
「いえ…。何でもないです……。あ、お薬持ってきますね」
そう言うと彼女は足早に部屋を出た。進が不思議に思ったのは神薙のことではなく薬のことだった。自分はどこも怪我などしていないのになぜ薬がいるのか。傷があるか確かめるために彼は上着を脱いだ。
無駄のない筋肉があるわけでもなければ脂肪がつきすぎているわけでもない体は健康体そのものだ。しかし、彼は決して人前では己が裸体を見せなかった。その理由は…。
−−−こんな傷あったらみんな俺を人と思わないもんな…。
それは傷というよりも何かを封印しているように見える。心臓の周りに八つの円形状のえぐり傷。そしてちょうど心臓に位置する皮膚の部分にはただ一文字【鬼】と行書体で書かれている。
「進さんお薬……」
ガチャン!!!
コップの割れる音が部屋に響き渡り割れたガラスのコップは中の水を溢れ出させる。無理もない先程まで少女は当たるはずのない憶測を考えていたのが当たってしまったのだから。
話は彼女が薬を取りに行った時に遡る。
―――――――――――――――――――――――――
−−−まさか…、神薙の家の人だったなんて神薙の人は人だけど人じゃない。【鬼】の化身だって聞いたことがある。まさか、私食べられちゃうとか!?
少女は震える右手を左手で抑え薬が置いてある部屋に向かっていた。
−−−ううん。まさか、そんなことあるわけない。兄さんに似ているんだから人を食べたりなんて…。……あ、あの人・・進さんは妹さんを殺しているんだ。もしかして、殺した後に食べちゃったり…。
勝手な考えが彼女の頭を支配する。人間の想像力とは恐ろしいものだ。噂に流され、たとえその噂が嘘だとしても真実を知るまでその嘘の情報が脳を支配し勝手な想像を生んでしまう。
彼女は薬を薬包紙に包みコップに水を半分ほど入れ進がいる部屋に戻った。
―――――――――――――――――――――――――
「進さん…。あなたのその胸の文字…【鬼】って」
見られてはいけない。…いや、見られたくないものを見られ進は動揺している。
「…(これ…は、う・生まれつきなんだ。元々こういうあざが出来てて…)」
−−−なんで今戻ってくるんだ!! 仕方ない…。
彼の右手は彼女の死角、つまり進の背中に隠し印を組む。
−−−【縛】で少しだけ動かなくなってもらう!! その後に記憶をいじれば…。
印を組み集中させる進。一方少女は進の胸の文字を見たまま震えている。相当怖いのだろう。
符を作っている進だが一分すぎても符が作れない。それどころかそういう類の力が使えなくなってしまっているのだ。
−−−!!! そうだ。俺は【鬼】を追いやったから鬼の力がまったく使えないんだ。くそっ! 仕方ない本当のことを話すか。
「…(なぁ、君の名前は?)」
「…………」
進が問うが口を開く様子がない少女。この文字が恐ろしいのか? そう思った進は上着を着てまた問う。
「…(君の名前は?)」
「私は…」
−−−どうしよう、私食べられちゃうのかな。もしかして頭からバックリ!? それとも足からゆっくり!? 名前を聞くのもやっぱり美味しくいただくため? でもいいや、いざとなったら【そら】に逃げればいい。
観念したのか落ち着いたのか少女はゆっくりと口を開く。
「私は神薙。柊 神薙」
「…(かな、か。漢字はどう書くのかな?)」
「あなたの…進さんの名字と一緒。神を薙ぐ。で、神薙」
−−−珍しい漢字だな。ま、俺の家も同じか。それにしても…【柊】聞いたことがあるような・・。
「あの…」
「?」
かながおびえた声で進に話し掛けてくる。それを見た進は表情を和らげ少しでも彼女の怯えを緩和させようとする。
「進さんは、えと…お・【鬼】なんですか?」
かなの発した言葉は進の胸を貫き【鬼】の映像を頭に喚びおこしてしまった。しかし、その映像はすぐになくなり進は口を開いた。
「!!!…(俺は【鬼】だった…)」
「だった?」
「…(あぁ。俺は【鬼】を体から取り除いた人間だ。そのために体の動きと声を対価として払ったけどね)」
その答にかなは安心し進に近づく。そして、おもむろに質問した。
「これからどうするんですか?」
「…(一回家に帰るよ。荷物を持ってまた来る。ダメか?)」
進の問いにかなは耳まで真っ赤にして否定した。
「そ・そんな!! ダメなわけないじゃないですか! でも、ご両親はどうするんですか?」
「…(両親は数年前に事故で亡くなって…な)」
「あ…、ごめんなさい。私いけないこと聞いてしまって…」
進の言葉に罪悪感を感じ俯くかな。しかし、それ以上に罪悪感を感じたのはほかならぬ進だった。
−−−かな、ごめん。嘘だ、本当はついこの前死んだ…いや殺したんだ。俺が。父上、母上すみません。
進はかなの肩を軽く叩き自分の用件を言った。
「…(じゃあ俺そろそろ帰る。また来るから)」
「わかりました。家まで送りましょうか?」
「…(いや、いい。一人で帰るさ。いまは一人になりたいんだ)」
その言葉にかなは納得したのか顔を縦に振り玄関まで案内し進を見送った。
「ごめんなさい、進さん。私はあなたが神薙家の人とわかっていました…。気をつけてください何人もの同胞があなたを狙っています。それに【狼】族も…」
彼女の忠告は進の耳には入らなかった……。その数時間後、進は【鬼】を再び体に取り込むことになるのであった……。
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