4話 「さよなら」
「――む…――すす―――進!!」
後ろから聞こえた声に進は驚いた。
「早くやろうぜ」
振り向いたほうでは周が刀を抜き仁王立ちしていた。
「あぁ…。そうだな」
それにあわせて進も道場の壁に立て掛けてあった刀【鬼刀・神薙】を手にとり鞘から刀身を引き抜く。
「いくぞ。進…」
そう言うと周は右手に持っていた刀を目の前に刺し片膝をついた。
−−−?
進は彼の行動に違和感を感じ咄嗟に横に跳んだ。すると、周の正面―――約5m―――が吹き飛んだ。
−−−家の道場壊しやがって…。
軽くぼやき、進も行動に移った。刀を上段に構えそこから一気に振り下ろす。
「神薙流剣術 参の太刀 三爪痕」
刀の先端から出た衝撃波は周の体目掛けて一直線に飛んでゆく。しかし、それは彼の体手前で弾けた。まるで、周の体の周りには【絶対不可侵】の結界が張ってあるようにも見えるほどに。
「そんなもんか? まぁ、いい。こっちもいくぞ。 神楽流剣術 神鳴」
周はそう言うと、進の視界内から姿を消した。彼は驚き回りを見渡しても周の姿は無い。すると、何かを感じ取ったのか進は後ろに跳び刀を逆手に持ち替えた。
「逆薙 逆一文字!!」
彼は上に跳び刀を振った。すると、鉄と鉄のぶつかり合う音が響き渡る。
「やっぱりな」
「なんでわかった!?」
空中から姿を現したのは周だった。思うに、彼は道場内をかなりの速さ、尚且つ無音で跳びはね進の死角を狙うつもりだったのだろう。
「そんなのどうでもいいだろ? 神薙流剣術 二の太刀 十文字!!」
進は逆手のまま刀を左に振りきりすぐに刀を持ち替え、上から振り下ろした。この攻撃を周は空中にいるため、捌ききれず一撃目は防いだが二撃目は喰らい床に着地する。
「ぐっ!!」
痛みのあまり床に片膝をつき肩で呼吸をする周。しかし、進はすぐ後ろに立っていた。
「俺の負けだな…」
周は悔しそうにその言葉を吐いた。だが、進は刀を振り上げる。
「何言ってる? 剣士の【負け】は【死ぬ】ことだ。これは手合わせでもケンカでもない。【殺し合い】なんだよ」
そう言い、彼は周の背中を切った。それを見ていた楓は急いで周に駆け寄る。
「周! 周!! なんでここまでするの!!?」
目に涙を浮かべ必死に訴える楓。しかし、進は眉一つ動かさず答える。
「【因縁】なんだよ。【天使と悪魔】、つまり【狼と鬼】のな」
そう言うと彼は道場の入り口へと向かう。楓は底知れぬ怒りに身を任せ、周の持っていた刀を持ち進目掛けて走り出した。
しかし、彼女は走るのを止めた。それは進が振り向いて笑って、いた微笑んでいたからであった。その微笑みは全てを癒し、包み込むような笑顔だった。そして次の瞬間、彼は楓の視界内から消えた。
「楓、さよなら」
それは、神薙 進の最後の【人間】としての言葉だったのかもしれない。そして彼の刀は楓の腹部を無残にも貫いた。
進は道場を出た。横たわる二人の【友達】を見捨てて。
外は雨が降っていた。しかし、そんなことは気にせず進は外に出た。
「【鬼】…か」
彼はぽつりと呟いた。そんな時、ふと父親の言葉を思い出していた。
(【鬼】を継いでいなければ…殺す)
−−−父上は俺の力を封印していたのになんで殺すなんて…。!!! なるほど…あの時、父上は俺がいることを知っていてあんなことを言ったのか。だから、母上は次の日の朝俺に聞いてきた…。納得したよ。
彼は雨が強くなるのも気にせずただ独りでたたずんでいる。そして、空を見上げてただ叫んだ。
「俺は一体なんなんだよ!!!!!」
彼の叫びは鈍色の空に悲しく吸い込まれていった。そして、進は意識をなくした。
「怒り、憎しみ、悲しみ。よく集めてくれたな我が苗床よ…」
誰もいない暗い空間で声がした。
「おかげで我も力を戻すことが出来た。感謝する」
声は続く。
「お主は我が苗床となって存分に仕事を果たした。しばしの間眠るがいい。起きた時は人になっているだろうからな…。ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」
暗い空間に下卑た笑い声だけ響いていた。
あなたを恨みたい 俺を鬼にしたあなたを
あなたを恨みたい 俺を混沌に突き落としたあなたを
けれど あなたを許したい あなたを苦しませたのは俺だから……
第4章 完