第1章 1話「眠い……」
「何でこんなことに……」
左肩から溢れる血を抑え両膝をつく少年。彼の前にはまだ幼い少女が妖艶な瞳で彼を見下していた。
「だって…、お兄ちゃんが悪いのよ?」
はっきりと聞こえる声。ところが……。
「進!! 進!!! 起きなさい」
突然の大声で少年……進は起こされた。
「あ? なんだよ?」
明らかに不機嫌な進はゆっくりと突っ伏していた机から顔を上げる。
「なんだよじゃないわよ! あんたが魘されてたから起こしてあげたのに」
「余計なお世話」
軽く無愛想に返事を返す進。しかし、話しかけてきている同世代の少女、宮崎 楓はそれが気に入らず机を強く叩き立ち上がった。
「なにその態度!? 少しくらい感謝しなさいよ!」
「はいはい。ありがとぉございましたぁ。楓様」
「あんたねぇ……」
「はい! そこまで。 子供達がおびえているよ」
先生の声が聞こえ二人は喧嘩を止めた。正確には止めざるをえなかった。
「この決着はいつもの【アレ】で決めるわ」
「いいだろ」
そう言い楓は椅子に座り、進は前を見た。
この学校はクラスが一つしかない。つまり、その分生徒数が極端に少ないのだ。そしてこの学校の不思議なところは小学から高校までの年の子が一緒に授業をするということ。そうは言っても学年ごとにテキストが配られ、それをやっていくだけだ。
キーン コーン カーン コーン
授業終了のチャイムが学校に鳴り響く。このクラスには日直などはいなくチャイムがなれば即授業は終了だ。
「眠い……」
進は欠伸をしたあと目を擦り呟いた。そんなとき右隣から彼を呼ぶ声が聞こえた。ちなみに楓は左隣だ。
「お兄ちゃん。眠いの?」
話しかけてきたのは進の妹金木 燕奈だった。まだあどけなさの残る瞳が進を見つめる。
「あぁ。 少しな……」
「次、体育だよ」
「そうか。 ありがとな燕奈」
そう言い燕奈の頭を撫でる進。すると燕奈はエヘヘと笑い教室をあとにした。
「さて、俺も行くか」
進はようやく立ち上がり剣道場を目指し歩き始めた。
剣道場は大して広くもない。試合場は二つありそこでは竹刀を持ちチャンバラをしている生徒がいる。外見から小学生くらいだろう。二人は進を見ると足早に駆けつけ竹刀を渡してくる。
「今日こそ勝ってよ!」
「まかしとけ!!」
彼は力強く言い試合場に入った。そこには女とは思えない程の闘気を放つ楓がいた。
「今日は勝たせてもらうわ」
「毎度のことながら台詞変えたら?」
そんな会話も束の間。楓は真正面から竹刀を振り下ろしてくる。その攻撃を進は軽く右に避けるが、楓は勢いを殺すことなく攻撃を繋げる。ちなみに楓は剣道有段者だ。
「ふぅ。 さすがだな」
「あんたもね」
横薙の竹刀を防ぎ、数秒の静寂が訪れた。二人は後ろへ数歩下がり間合いを空ける。その間にも楓は闘気を放つが進は感じていない。まさに【柳に風】・【暖簾に腕押し】とはこのことをいうのだろう。
他の生徒は周りに座り二人の勝負を観戦している。先生すらも。
先に動いたのは進だ。銅狙いの突きが楓めがけて繰り出される。しかし、楓は体を半身ずらしそれを避け進の腹に竹刀を叩き込もうと竹刀を振る。が、進は【それ】を読んでおり体を反り竹刀を避ける。
「あんた。なんて体してんの? あの体勢から反るなんて不可能…よっ!!」
話しながらも竹刀を垂直に振り下ろしてくる楓。だがその攻撃は空を切った。確実に当たると思っていた攻撃が外れたのだ。
「……よっと」
進は反った姿勢から逆立ちになり腕の力のみを利用して後ろーー進から見て腹の方向ーーへ跳んだのだ。そして彼は竹刀の先を楓の頭に置いた。
「俺の勝ちだな。 楓」
悔しさのあまり楓は声が出ず両膝を折り、座り込む。進は自分と彼女の竹刀を他の生徒に渡していた。
「お兄ちゃん凄いよ! 楓さんに勝っちゃうなんて!!」
「ま、あいつが技を使わなかったから勝てただけだな」
未だ興奮が冷めない燕奈に対して進はえらく冷静だった。
「わざ?」
「そう。 楓は【剣道】じゃなくて【剣術】を習ってるはずだ」
進は一回の試合でわかっていたのだ。本来、剣道では半身をずらしても防具の部分が当たる。しかし、実践は防具は付けずなおかつ真剣での切りあいだからだ。
「なんだ。 じゃああたしたちの家と
(言うな。 家のことは誰にも言っちゃいけないんだ)
何か言いかけた燕奈の口を手で押さえ妹にしか聞こえないように進は囁く。
キーン コーン カーン コーン
チャイムが鳴り体育の授業は終わった。というよりは、今日の授業は終わった。この学校は朝のHRはあるが帰りのHRはないのだ。
「終わりか。 眠…」
進は欠伸をして帰る支度をしている。そんな中、悔しさから立ち直った楓が進に話しかけてきた。
「じゃあね。 明日は勝つから!」
「おう。 じゃあな。 燕奈、帰るぞ」
燕奈を呼ぶ進だが眠気は頂点に達している。そして呼ばれた燕奈は友達と話している。
「少し寝るか」
そう呟き進は浅い眠りについた。どうか燕奈が遅く起こしてくれるように。そんなことを思いながら。