3話 父と息子
「ここは?」
恵の部屋から移動した場所は暗い洞穴のような場所だった。
「喋るな…。誰かいる……」
進の問いに答えず、猛は軽く腰を落とし、刀に手を添え居合いの形になった。
ーーー誰もいないような…。
次の瞬間、猛が進に居合い切りをしてきた。刀は空を切る音すら聞こえないくらいの速さで進の首をはねた。…はずだった。
「な……!」
猛は驚いている。当たり前だろう。首を跳ばしたと思った息子が彼と背中合わせに立っていた。
「どういうつもりですか? 父上…」
進は表情を変えずに問う。しかし、心内では疑惑が浮かんでいる。
「わかるだろう? お前は人ではない【鬼】だ」
鬼という単語に進は目を見開き、過度に反応する。しかし、猛は話を続ける。
「まだお前は不完全なのだ。だから、今の内に……殺す」
そう言うと彼は刀を鞘に納め、再び居合いの形をとる。彼の殺気が辺りを覆う。
ーーーなんて殺気……。一瞬の隙を衝いて…逃げる。父上にはどうやったってかなわない!
彼の考えは正しかった。実際、正面から戦えば勝ち目は皆無に等しいだろう。
「いくぞ…!我が一族の、呪われし業の塊よ!」
猛は居合い切りを地面と水平に放った。しかし、進は体を低くし剣閃を避け、後ろを振り向き必死に走った。
「逃がさん!」
猛も後を追う。進は逃げながら考えていた。
ーーー父上が俺を殺すのは納得できる。大きすぎる力は災いをもたらす。けど、納得いかない事がある。母上はどうなった? わざわざ俺を殺すなら食事に毒でも盛った後に庭に埋めればいいだけなのに…。【母上を探す】なんてことは要らないはず…。考えられるのは……。
考えを巡らせているが猛の剣撃を避けながらでは限界があった。
「くそ…!」
ーーー戦うしかないのか? だけど、相手は刀。こっちは素手! 戦い方が難しすぎる。
彼はそんな考えを巡らせながらも片手で印を組んでいる。
「させん!」
猛は袈裟切りを仕掛けてくる。しかし、進は体を捻り紙一重で避ける。そして、符の形成を終わらせた。
「完成…。【鬼符・爆】」
完成された符は猛の一歩前に張り付き、爆発がおきた。爆風で猛は後ろへ吹き飛んだ。
「くっ! 忌まわしき【鬼】め…!」
猛は体勢を屈め吹き飛ばされた勢いを殺した。進はその隙を衝き、瞬時に間合いを詰め攻撃に転じた。
「神薙流舞術 連舞双掌破!!」
進はまるで踊っているように攻撃を繰り出す。右足の上段蹴りから体を回転させ左足の足払い、そして猛の横腹に右フックの後には両掌で腹を攻撃した。
「なにぃ…!」
猛はすべての攻撃をまともに喰らい、刀を手から滑り落とした。彼は急いで取ろうとするが、進に額を蹴られ後ろへと跳んだ。
ーーーよし……。
進が刀を手に取った瞬間、空気が弾けた。弾けたそれは刀を中心に波紋のように広がった。
「儂は一体…、進!」
進は猛が近づいてきたため、反射的に体が動いた。刀の先端を猛に向けていたのだ。その行動に猛は驚いていた。
「進…! 何をするのだ!?」
「あ、すみません…」
とっさの行動に進は自分でも驚いていた。
ーーーやはり、【後催眠暗示】…。多分ここに来ることで催眠が始まったんだな。
後催眠暗示とは、一度なんらかの形で催眠をかけ覚醒した後に催眠時の指示通りに行動をとらせる暗示だ。
ーーーけど、あの言葉は…父上の本心なのかもしれない。元来、【鬼】は恐れられてきたみたいだし……。
「進。先へ行くぞ」
猛は進が考えていることをよそに先へ進んだ。
一方、進は落ちてある鞘を拾い刀を納めた後、父の後を追った。
この時、進は知る由もなかった。この先に待っているのが【惨劇】という運命に………。