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昔馴染の犬系クール美人が俺にベタ惚れなせいで修羅場になった  作者: 夏目くちびる


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003 とある雨の日の出来事

 家に戻って一通りの家事を済ませてから、俺は風呂に入り、その後でようやく有坂へ電話をかけた。恐らく、あの頃から数えても初めてのことだ。一年近く一緒に居たのに、なんだか奇妙な話だと思った。



「城田君?」



 有坂は、スリーコール目で電話に出た。



「こんばんは、改めて久しぶり」


「……うん、久しぶり」


「同じ会社にいただなんて知らなかったよ。俺、今年から入ったからさ」


「私は社内報で読んだから知ってたよ」


「……なら、教えてくれてもよかったんじゃねぇの?」


「何度か会いに行ったけどね。城田君、ずっと忙しそうだから話しかけにくくて」


「そうか」



 なんだ。



 会いに来る理由をでっち上げた上、事前にメモまで用意してデスクまで来た割に反応が薄いな。てっきり、昔みたいに「元気しちょったぁ!?」とか言い出すと思ったのだが。



「……城田君、今どこ?」


「家」


「……」


「なんだよ。お前だって、とっくに家にいるだろ」


「私、まだ会社だよ」



 なんだ、それ。もう八時過ぎだぞ。いくら月末だからって、そこまで忙しいのは頼られ過ぎなんじゃないのか。



「仕事、大変なのか?」


「うぅん、そんなことないよ。楽しいし、いつもは定時で帰ってる」


「じゃあ、なんで」


「一緒に帰ると思ってたから」


「……は?」


「一緒に帰ると思って電話待ってた!!」



 こいつ、バカなのか。



「一緒に帰るって、用事もねぇのにするわけねぇだろ。大体、今のお前は総務部の人気者なんだろ? そんな奴と連れ立って歩いてたら俺まで目立つじゃないか」


「たくさん話したいことあったのに!!」


「だから、そんなことしたら――」


「ずっと待ってたのに!! 私だって気づいてくれること!!」



 ……あぁ。



 だから、社員証を見たらダメだったのか。



「城田君はやっぱり悪い子だよ!! カンニングするなんて、絶対にありえないから!! そういうズルはダメっ!!」


「おいおい、会社で俺の名前を喚くなよ。聞かれたらどうする」


「こんな時間に誰か残ってるわけないでしょ!?」



 ……まぁ、こうなってしまったら贖罪が必要なんだろうな。あいつ、普段は穏やかな分、怒ると妙にガキっぽくなるし。そういう根っこの性格って、大人になっても変わらねぇんだろうから。



「分かった、迎えに行く。ちょっと待ってろ」



 ――プツッ。



 ラフな格好に着替え、俺は部屋を出た。会社までは鈍行で五駅、急行で一駅。早く行ってやったほうがいいのだろうから、スムーズに急行へ乗れることを祈っておこう。



「……そういや、前にもこんなことあったな」



 ふと蘇る記憶。



 あの日は、雨が降っていた。教室の掃除が終わった頃、有坂は教室にいなくて。だから、俺はてっきり、あいつは先に帰ったのだと思っていた。



 俺は、必死こいて家まで自転車を漕いで帰った。朝は晴れていたし、天気予報を見忘れたせいで傘を忘れたからだ。そうして、ようやく帰りつきシャワーを浴びた後で、ケータイに何件も着信が入っていることに気が付いた。



 表示された名前は、もちろん『有坂美鶴』。その中の一つのログを押してリダイアルすると、有坂は――。



「どこにおるの!?」



 そう、騒いでたっけ。



「家だよ。凄い雨だし、寄り道なんて出来るわけない」


「なんでよ!? 一緒に帰る決まりやけ!!」


「はぁ? お前、教室に居なかったじゃん。大体、決まりってわけでも――」


「ちょっと髪直し行っちょっただけでしょお!!」



 なんだそれ、バカか。



「まぁ、悪かったよ。また明日の朝にでも改めて――」


「今日は話たいことがあったのに!! 帰っちゃうなんておかしいがね!!」


「……お前、傘あんの?」


「ない!!」


「じゃあ、迎えに行く。待ってろ」



 そうして、通学路を一日に二往復もした。



 無駄なことが嫌いな俺にしては、珍しい徒労を踏んだものだ。その日から、必ず折りたたみ傘を鞄の中に入れておくことと、何があっても有坂を待っていることを学んだっけ。



 ……あぁ、やっぱ思い出に深く入り込むとダメだな。



 どうしようもなく、あの頃に戻りたくなる。



「待たせた」



 総務部のフロアに入ると、有坂は弄っていたスマホを鞄の中に素早くしまってすぐに立ち上がった。三十分以上経ってしまったが、彼女は急に満足そうな笑顔を浮かべて。



「うんっ!!」



 そう言った。



「飯でも食っていくか?」


「あ、寄り道? 城田君は本当に変わらないね」


「お前も見た目以外変わらないじゃねぇか、有坂。優等生だが、ちょっとしたスリルも好きな融通の利く人気者」


「私のこと、そんなふうに思ってたんだ」


「間違ってるか?」


「ふふ。うぅん、大正解。やっぱ、城田君は私のこと分かってくれてるね」



 偶然も毒を喰らわば皿までということなのだろうか。住んでいる場所の最寄り駅まで同じだったため、俺たちは駅前の安居酒屋へ入ることにした。まさか、住んでるマンションまで同じだったりしないだろうな。



「カウンター席がいいです」



 そういえば、こいつは昔から隣り合って座りたがるところがあるっけ。俺の部屋で本を読むときも、デスクチェアやベッドではなく、俺と同様に壁に背をもたれて座っていたように記憶している。

 個人的にはボックス席の方が広くて快適だと思うのだが、彼女が言うのなら仕方ない。大人しく従っておくこととしよう。



「先にトイレ行ってくる、生頼んどいてくれ」


「うん!」



 戻ってきた時、凛としたスーツ姿で黒髪の美人がメニューを見ながらニコニコしている姿を見て思った。なんて、似合わないのだろう。もう少し下品な格好をしてくれた方が、俺も周囲の目を気にせずに済むというのに。



「飲み物だけ頼んどいたよ」


「サンキュー、腹減ったか?」


「うん、減った。城田君の前なら気にしないで食べられるし、楽しみ」



 やっぱり、イメージのために色々と苦労しているようだった。



「お前、鳥刺し好きだったよな。頼むか?」


「好きだけど、こっちではあんまり食べないんだよね」


「……まぁ、向こうとは味が全然違うもんな。決め切らないなら、俺が適当に頼んじまうぞ」


「うん。じゃあ、任せる」



 適当に注文を終わらせて、俺はソケットにタバコを差した。十秒後、肺に吸い込んで薄い煙を吐く。久しぶりの外食に一週間の終わりを感じると、なんだか気が抜けて座る姿勢も深くなった。



 疲れた。



「ねぇ、城田君。結婚した?」


「してねぇよ、苗字変わってないだろ」


「あははっ、それ男の子のセリフじゃないでしょ。……じゃあ、コイビトは?」


「それもいない。言い訳じゃねぇけど、最近まで弟のことでいっぱいだった」


「ふぅん、そっか」



 俺は、しばらく下手なことを言わないように聞き役に徹することにした。



 有坂は、大学に進学した時に上京したこと。今の会社には新卒で入ったこと。仕事は楽しいが、そろそろ実家に戻るべきかと迷っていること。そして、実はコンタクトレンズを入れているだけで家ではメガネをかけていること。



 普段クールを気取っているせいか、彼女は洪水のように感情溢れた言葉を連ねた。頬杖をつき、ボンヤリと有坂の忙しなく動く唇を眺める。時々愛想笑いを浮かべると、彼女はまた、楽しそうに別の話をするのだった。



「……ふぅ」



 気が付けば、二時間も経っている。俺はすっかり酔っ払ってしまったが、俺よりも飲んでいるはずの有坂はいつもと変わらなかった。



 こいつ、酒強いんだな。



「ところで、なんでお前クールキャラやってんの? 全然俺のイメージと違うぞ」


「これ? これはね、上京してきた頃に方言が恥ずかし()くて黙ってたら、いつの間にかそう見られるようになって引っ込みがつかなくなったの!! あははっ!!」


「あははって」


「でもさぁ。私、大学で自己紹介した日、転校してきた時の城田君のこと思い出したんだぁ。初めて見た時から『かっこいいなぁ』思ちょったけぇ。クールで頭よくて、言葉は冷たいけど、やる時はやる子やったろぉ。だから、方言が治るまでは、ただ黙ってるだけじゃなくてね。城田君みたいに、縁の下の力持ちになろう思ったんよ。そうしてるうちに、背も伸びたけぇ。こうなったってわけやね」


「俺への買い被りはさておき、いい心がけだったと思うぜ」


「ふふ。城田君が本のこと、いっぱい教えてくれたからやけ。ありがとねぇ」



 いつの間にか、方言に戻っていた。相当に気が緩んでいるのだろう。



「よせよ、照れる」


「あははっ、かわいいねぇ」



 たちの悪い冗談だ。



「そういえばお前、初っ端からいきなり恋愛の話したよな。思い返してみれば本棚にも結構ラブコメ小説が差してあったしよ。そういうの、実は好きなのか?」


「うん。でも城田君は恋バナ嫌いでしょう、やけ城田君の前ではしなかっただけ」


「じゃあ、他の奴とはどんな恋バナしてたんだ?」


「城田君の話」


「俺の質問、ちゃんと聞いてたか?」


「聞いてたよぉ、だからちゃんと答えた」



 水を差し出すと、有川コクコクと飲み干してニヘラと笑った後、彼女は徐に、懐かしむように話を始めた。



「覚えてる? 夏にさぁ、二人で電話ボックスの中で雨宿りしたこと」



 覚えているとも。



 傘を持って出歩くようになったはいいものの、あの地域には傘が意味をなさない程の凄まじいゲリラ豪雨が降ることがあった。



 あの日も、そうだったな。



「ひでぇ雨だ、前も見えない」


「本当だねぇ、ビチャビチャだよぉ」


「げっ、教科書が濡れちまって読めねぇ。これ、注文しないとダメだよな」


「私は置き勉したからセーフ、なんか危ない気がしたんよねぇ」


「運いいな、お前」



 聞こえてくるのは、地面を叩く激しい雨粒の音だけだった。有坂が身を捩るたびに体が触れ、濡れたシャツが吸い付い合うような感覚があった。



 騒音に慣れてくると、今度は有坂の吐息が聞こえる。何度かに一度、深く吸って静かに吹いている。観察して分かったのは、俺の背中に触れている間だけ息を止めていることだった。



「雨、弱くなってきたね」


「お、見ろよ。向こうの方は晴れてるから虹が見えるぜ」


「本当!?」



 背中合わせに立っていた有坂が、俺と同じ面から外を見る。体が密着し、俺まで息が詰まりそうになる。景色がどうだなんて迂闊なことを口にしたと思ったが、無邪気な有坂が気にしているわけもないと考え、俺は黙って雨と晴れの境界線を眺めた。



「綺麗だねぇ」


「そうだな」



 やがて、雨は止んだ。



 電話ボックスから出た瞬間の爽やかな涼しさを、俺は今でも忘れられない。閉所の熱気と緊張から解放されたからだろう。霧となって舞う雨粒と野道を吹き抜ける風が、火照った体を優しく冷ましてくれた。



「ねぇ、城田君」


「なんだ?」


「……また、あそこで雨宿りしようね」


「何言ってんだ、お前。風邪引いたんじゃねぇの?」



 有坂の額に手を当てると、彼女はポケッと口を開けて俺を見上げていたのが印象的だった。



 帰り道。有坂は時々一人で勝手に笑うだけで、俺たちの間に会話は無かった。

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