第96話 最終ラウンド
俺の残機は1で、相手の残機は2。倉庫外に相手を押し出せば、1機減るルール。概ね状況は理解した。互いの手札と得手不得手が出揃い、真価が問われる場面。俺は悪意の根っこを掴んだ。弱さや劣等感が前提にある『強さへの渇望』が俺の実力を一段階引き上げた。至ったのは、ムラのある悪意の安定と捻り属性の付与。新しい必殺技を引っさげ、俺の左拳には黒い球体が展開されている。
「……………」
対する相手は筋力に特化した。恐らく、ドーピングが施され、筋肉に血管が浮き出ており、男性顔負けの常軌を逸した肉体を有している。……今までの戦闘と同じようで違う。延長線上にはいるが、結果がどうなるかは予想がつかない。捻りは相手の力を利用できる技だが、規格外の肉体に通用するかは不明だ。残機で追い込まれた状況も相まって、心理的な重みとプレッシャーが身体にのしかかる。
「惜しいな。ありのままの肉体でも良かったのによ」
どうしてそんなことを口走ったのかは分からねぇ。今更、言ったところでどうにもならないことは分かってる。ただ、漏れ出たのは紛れもない本心だった。
「――――」
ピクリと彼女の眉が動く。言葉が通じたのか、顔の筋肉が強張っただけなのかは判別がつかねぇ。あの状態で意思疎通が取れるようには見えねぇが、まぁ、いずれにせよ、拳を交えれば分かる。
「「………………」」
俺たちは言葉を交わさず、視線を交わし、間合いを計る。場外となる壁は俺の方が近い。相手に壁を背負わせてもよかったが、なんとなく俺は左側。相手は右側という認識を持っている。律儀にルールやマナーを守る必要もないのかもしれねぇが、彼女がそれを頑なに守っていた以上、反故にはできなかった。
倉庫内は自ずと静寂に満ち、足運びと呼吸の音だけが響く空間と化す。残機が1のこちらとしてはワンミスが命取りだ。安易に仕掛けることはできねぇし、敵の力みを利用する技の性質上、カウンター型に該当する。一方的に攻め立てても理論上は発動するが、フィジカルが向上した彼女に通用するかは分からねぇ。
(どれだけ待てばいい。……いや、待ったところで、反応できるのか?)
抱くのはふとした疑問。今まではどうにかなった。経験則と反射神経だけで、対処は可能だった。ただ、今となっては成功する保証がない。筋力と敏捷性が必ずしも両立するとは思えないが、身体能力が向上すれば意思能力の性能も向上する。つまり、敵の超加速が反応できないレベルにまで仕上がっている可能性があった。
「…………っっ」
張り詰めた空気の中、動きがあった。相手が発端じゃない、俺に問題が生じた。胸下辺りが妙に疼き、痛みで顔が歪んだ。恐らく、さっき受けたダメージが今になって響いた。肋骨が何本か折れてんな、こりゃあ。戦えないほどじゃないが、これだと反応速度が一段落ちる。脳筋の彼女が狙っていたとは考えられねぇが、戦闘が長引けば長引くほど俺にとって不利になるのは確か。
「踏み込みマッハ蹴り」
絶妙なタイミングで仕掛けたのは彼女だった。
もはや視認することは難しく、受ければゲームオーバー。
「……んのっ!!」
痛みを堪え、俺は左拳を振るう。
目で追えない蹴りを捉えるのは困難。
だから俺は、別の場所を狙うことにした。
「「――――」」
空中で逆さまになった俺と正面に駆ける彼女はすれ違う。
勢い余った敵は制御が効かず、大穴の外まで退場していった。
ルール通りなら、残機は互いに1。どうにか急場はしのげたらしい。
(位置的にどうにかなったが、次も上手くいく保証はねぇな……)
自分で殴った左頬がズキズキと痛みながら、状況を整理する。
彼女は今頃、倉庫右側の大穴あたりにリスポーンしているはずだ。
こことは反対側に位置し、今までと違ってそれなりに距離が開いてる。
――状況は同じようで全く違う。
それなりに広い倉庫のスペースを存分に使った戦闘。
恐らく、不意打ちに特化した攻防が繰り広げられるはずだ。
敵の意思能力からして距離は関係なく、いつ来てもおかしくない。
(さて……どうするか……)
ここにきて頭ん中は白紙に近かった。
これ以上考えることがないと言ってもいい。
俺らの能力は極めてシンプルで問題はタイミング。
いつどこで仕掛けるのか。気にすべきはそれだけだった。
「………………………………」
俺は耳を澄まし、感覚と神経を研ぎ澄ませる。
後ろ暗い感情を身に纏いながら、心は静かだった。
善なる心と悪なる心が内と外で分離されたような状態。
意思と悪意は表裏一体で、両方扱えてやっと一人前かもな。
最初から悪人はいねぇし、最後まで善人で終わるやつもいない。
この世に生まれ、あらゆる人生経験を経て、どちらかに偏るだけだ。
(そうか……。もしかすれば……)
思い至るのは一つの可能性。試すべき価値のある選択肢。
リスクと緊張感は増す一方だったが、思いついたもんは仕方がねぇ。
「踏み込みマッハ――」
「俺はお前が好きだ! ドーピングなんかしなくても十分魅力的なんだよ!!」
振るわれる拳に対し、俺は代わりに喉を震わせる。
無謀だとは分かっていたが、気持ちは止められなかった。
例え、言葉が通じず人生が終了したとしても、悔いは残らない。
「…………」
その思いが通じたのか、拳はピタリと止まる。
俺の額に届くか届かないかのところで、停止している。
「なんだ……。話せばちゃんと分かるんじゃねぇか……」
それを見届け、大の字になって地面に倒れ込む。
体力と気力の限界だ。ちょいと無理し過ぎたみたいだ。
もはや勝敗なんてどうでもいい。今のを見れただけで腹一杯だ。
「来世でまた逢おう――――」
暗転する視界の中、ハッキリとした言葉が聞こえる。
それが夢なのか現実なのか。今の俺には判断がつかなかった。




