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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第95話 タイマン

挿絵(By みてみん)





 砦南西の倉庫内で成立したのは、一対一のタイマン。自らをドーピングエリートと名乗った女性との戦闘だ。厳密な条件指定はなし。武器や能力の有り無し、時間制限やダウンした回数だけで勝敗は決まらねぇ。いわゆる、なんでもありだ。ただ、満足するまで殴り合い、最後に立っていた方が勝者っつう極めてシンプルなルール。相手の悲劇的な過去が分かって、お涙頂戴なんて展開は恐らくない。そもそも、人間かどうかすら怪しく、中身がなんなのか検討もつかねぇ。……まぁ、相手の正体がなんにせよ、やることは変わらん。勝負が成立した以上、実力を試すまで!!


「「――――」」


 俺たちは悪意を纏い、拳と拳を真正面からぶつけ合う。


 読み合いは一切なし。まずは、どの程度の力量かを見極める。


 悪意は不慣れだが、敵との実力差ぐらいは読み取れる自信があった。


(センスは俺がやや上、腕力は相手が上か。総合力なら彼女に軍配が上がる)


 拳を合わせた所感から諸々を差し引き、実力を計算する。


 厳密な計算式はないが、こんなもんはザックリ分かればいい。


 奥の手を隠し持ってる可能性もあるが、筋肉だけは嘘をつかねぇ。


 フィジカルでは彼女に負けている。それは疑いようもない事実だった。


(付け入る余地があるとすれば……テクニック。殴りに捻りを加えるか)


 頭の中で方針を定め、拳を弾き、俺は大きく距離を取った。


 ただの殴り合いを浅いとするか、深いとするかは使い手次第だ。


 意思能力を抜きにしても、創意工夫のやりようはいくらでもあった。


「踏み込みマッハ拳」


 一方の相手は意思能力を発動。ワープの如く距離を詰め、拳を放つ。


 間合い外と判断した場所からの突然のグーパン。単純ながら良い能力だ。


 すでに俺の左頬を捉えようと迫り、発声以外では前動作を察知できなかった。


「――――」


 俺は遅れて右拳を振り抜き、迎撃を図った。


 真正面から迎え撃つなんて安直な選択はしない。


 打点をずらす。それだけに俺は意識と悪意を割いた。


「……っっ」


 結果として、彼女のマッハ拳は空を切る。


 不意打ちを前提とした能力が瓦解した瞬間だった。


「悪くはないが、捻りが足りねぇな!!」


 致命的な隙を晒す相手の顎下に、左フックをくれてやる。


 重心移動と攻防力移動をスムーズにこなして、急所を狙った。


 直撃すれば、脳が揺れる。筋肉関係なしにダメージは通るはずだ。


「………………」


 俺の左拳は顎下を確かに捉えた。悪意は拳に乗った。

 

 ただ、びくともしていない。比喩抜きでガチの脳筋なのか?


「肩チャージ」


 束の間の油断に叩き込まれたのは、肩を使った突進。


 俺の胸下辺りを捉え、身体は宙に浮き、景色が遠ざかる。


 棚が高速で過ぎ去り、車窓から建物を眺める感覚に近かった。


 冷静に考えれば、時速数十キロ相当でぶつかられたのと同じ衝撃。


 恐らく、敵の能力は超加速。圧倒的な初動と圧倒的な筋肉で圧し潰す。


(馬鹿みたいなネーミングだが、驚くほど理に適ってやがる……)


 俺は意思能力込みで相手の力量を概ね把握する。


 悪意の爆発力を含めれば、まだまだ上振れるだろう。


 捻りは有効だが、ダメージが通らないのが致命的だった。


「――――」


 状況を整理し終えたところで俺は壁に衝突し、突き破る。


 位置関係から考えれば砦外に出るはずだが、すぐ戻ればいい。


 開いた大穴は結界で塞げば済む話で、問題は彼女の攻略法だった。


(…………あ?)


 しかし、目の前に広がるのは不可思議な光景だった。


 さっきと位置関係は違っていたが、俺は倉庫の中にいた。


 彼女が平らげた缶詰が見え、倉庫の右側にいるのが分かった。


 たださっきは、左側の壁を突き破ったはずだ。明らかにおかしい。


「これってたぶん……アレだよね」


「――うん、間違いない。――アレだよ」


 それを見ていたアルカナとジュリアは、口を揃えて反応する。


 答えを先送りにして、二人にしか通じないやり取りを交わしている。


「「――アーバンチャンピオン!!!」」


 同時に口にしたのは、ゲームのタイトルと思わしき名前。


 理解が一向に追いつかず、すぐさま意味を尋ねようとした時。


「ストレングス膝」


 いつの間にか正面に現れた彼女は、高速の膝蹴りを放つ。


「……くっっ!!!」


 両の掌を正面で構え、受け止めるが、勢いまで殺し切れねぇ。


 身体は宙を浮き、同じ軌道を描き、空いたばかりの大穴を通過する。


「「…………」」


 左から右へ。地球を一周したように再び同じ位置へと戻る。


 どうにか耐えられる痛みで済んでるが、どうも嫌な予感がする。


「初期の残機は3! 画面端に相手を追いやったら1機減るルール!」


「――つまり、残りは1機で相手は3機。――紛れもない、万事休す」


 二人による補足説明が加えられ、ようやくルールを理解する。


 俺が『なんでもあり』と思ってただけで、ゲームは成立していたらしい。


(次、画面外に飛ばされたら、俺は……)


 言葉にする余裕もなく、追い込まれたことを自覚する。


 嫌な予感が裏打ちされた恐怖へと変わり、身体が強張った。


 恐らく一対一の勝負を望んだ以上、味方の助けは認められない。


「――――」


 ドーピングエリートのニヤリと笑う姿が目に入る。


 再び正面に現れ、フィニッシュブローを決めようとしている。


(認めよう。俺は彼女より弱いし、追い込まれたのも事実。ただ……)


 訪れた窮地を前にして、俺は冷静に状況を分析していた。


 分が悪い。筋力不足。悪意もまともにコントロールできない。


 マイナスの材料ばかりが脳裏に浮かんだが、諦めるつもりはねぇ。


 問題は、何に着目するか。悪意の起爆剤とするには、何が適切なのか。


「肘バズーカ」


 熟慮する時間が与えられるはずもなく、放たれたのは肘鉄。


 例の如く、超加速され、身体能力も合わさり、凶悪な性能を誇る。


「――――」


 俺は相も変わらず、捻りを加えた左拳で迎撃した。


 繰り返して同じ戦法に頼り、肘鉄をいなすように放った。


 前回と同じなら結果は変わらねぇ。いなせても有効打に欠ける。


「……………?????」


 だが、人は同じ作業を繰り返すことで強くなる。


 筋トレしかり、芸術しかり、感覚しかり、神経しかり。


 前回と同じであって同じではない。俺は先の攻防で成長した。


(強さの渇きを悪意に変える。この欲望は底無しだ)


 心を支える根幹を思い浮かべ、それが現実に現れる。


 内が先で外が後。逆はあり得ない。だから上手くいった。


逆巻く黒点(ペシミズモ)


 俺が放った左拳に付与されたのは、安定した黒い球体。

 

 捻り属性が加えられ、相手の威力を殺し、そして、跳ね返す。


「――――っっっ!!!」


 ドーピングエリートを吹き飛ばし、右側の壁外へと追いやった。


 辿るルートは想定済み。俺は左側の壁際へと移動し、彼女を迎える。


 受け身を取ってはいるが、何が起こったのか分かっていない様子だった。


「今のは合気道の究極系みたいなもんだ。相手の力を利用して、ぶっ飛ばす。仕組みはそれだけだ。簡単だろ? 分かった上でどうするかは自由だが、真正面から突破してみろよ。その筋肉がお飾りじゃないんならな」


「アルドステロン! コルチゾール! エストロゲン!」


 挑発に対し、彼女は期待に応える。奥の手を披露し、筋肉は膨張。


 力対技の衝突。舞台が整った上で、ゲームは最終ラウンドへ移行した。

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