第94話 好み
旅路は順調。悪意の習得も好感触。砦南西の倉庫に辿り着き、散策が始まった。今のところ攻略には何の支障も問題もないが、一つだけ気がかりな点がある。
ジュリアはアルカナの地雷を見事に踏み抜いた。
しかも、話を聞く限り、悪気はないときた。……どうしたもんかね。俺はあくまで赤の他人だ。首を突っ込んでいい場面と、余計なお世話な場面の両方が常に存在する。俺が二人の親なら深く考えずに首を突っ込む一択だが、知り合って間もない以上そうはいかねぇ。適度に空気を読む必要があり、これでも背中は一度押してある。二度目の介入ってのはどうもハードルが高い。介入の回数を重ねるほどに余計なお世話度合いが増し、行き過ぎた干渉は不仲の要因にだってなり得る。
「…………」
棚に並べられた缶詰を手に取りつつ、俺は上の空で考える。今後の事を考えれば、関係改善はマストだ。今は大丈夫かもしれねぇが、不仲が加速すれば連携に支障が出る。砦がバグった以上、俺も無関係とはいかず、『チョモス討伐』を目指すなら無視できない要素になってくる。
(仕方ねぇ。もう一肌脱ぐか……)
視線を向けた先には、袖がなくなった黒いローブを着る悪魔ジュリアがいる。セミロングの緋色髪の毛先を人差し指でクルクルと回しながら、棚を探っている。心ここにあらずといった様子だ。声をかけるなら今だな。アルカナに世話を焼いたのは気付いてねぇだろうし、彼女の背中を押すのは一度目ってことになる。言葉選びを間違えなければ、どうにかなるだろう。
「よぉ、嬢さん。何か目ぼしいもんは見つかったか?」
まずはジャブだ。自然な流れで会話を仕掛け、様子を見る。無視なら重症だし、反応するにしても声色や表情でおおよその心理状態は把握できる。場合によっては、無理に関与しないという選択肢も十二分に考えられた。
「――余計なお世話。――さっさと自分の配置に戻ったら」
言葉の裏を読んだジュリアは、顔をしかめて俺を拒絶する。メタ読みというか、状況分析というか、至極真っ当な指摘だった。俺たちは倉庫の探索を三分割に分けて行っていた。左側をジュリア、中央を俺、右側をアルカナといった具合だ。合図を送るか、敵が現れない限り、誰かと一緒になることはあり得ねぇ。裏を返せば、接触を図った時点でワケあり確定。お節介を見抜かれた感じだな。問題は指摘を認めてこのまま引き下がるか、あるいは……ってところだった。
「俺の分の仕事は終わったよ。あんたらと違って、ここはホームだからな。それより、手を動かしながらでいいから少し雑談といこうや」
「――話題は?」
「好きな異性のタイプってのはどうだ」
「――高身長イケメン細マッチョ男子。――収入は問わない」
「外見至上主義か。見事に俺らとは縁がないねぇ」
「――なに? ――ナンパ?」
「いや、どちらかというと硬派だな。騎士団の原則は禁欲主義にある。その辺のチャラ男と一緒にしないで欲しいね」
「――あっ、そっか。――出家した坊さんと一緒か」
「階級によって違うが、似たようなもんだ。少なくとも嬢さんは眼中にねぇ」
「――じゃあ、どんなのが好みなの?」
「俺よりムキムキな奴だ。腕は太けりゃ太いほどいい」
「――あー、それは納得かも。――私じゃ無理なわけだ」
適当な会話のラリーを交わし、緊張した雰囲気が少し和む。
話題もひと段落つき、思い切って踏み込むには良いタイミングだ。
「好みの話はそれぐらいにするとして、アルカナのことはどう思ってる」
俺の質問に対し、探索していたジュリアの手が止まる。
お節介に片足を突っ込んで、引き戻せないところまで来た。
乗りかかった船だし、ここまできたら全力で背中を押してやる。
「――友達かな。――それ以上でもそれ以下でもない」
「だったら忠告だ。ゲームの話ならまだいいが、正攻法から逸脱する時はアルカナに必ず断りを入れろ。ショートカットなんざ論外だ。時と場合によってはやむなしだろうが、正規の攻略手順から外れることを奴は嫌ってる。今の関係性を維持したいんなら、最低限の義理は通してやってくれ」
「――邪道が私のアイデンティティだとしても?」
「それは…………」
互いの自我に関わる部分が不意に見え、思わず言葉を失った。王道だろうが、邪道だろうが、砦を攻略したいという思いは同じ。どちらが正しいとか、どちらが間違ってるみたいな浅い領域の話じゃなく、この問題の根っこは深い。少なくとも、赤の他人の俺が安易に結論を出すべき話じゃなかった。
「ひっ!?」
すると、突如聞こえたのはアルカナの悲鳴。ガシャンと物々しい音が鳴り響き、棚が倒れる音が響き渡る。俺たちは一瞬だけ顔を見合わせ、こくりと頷き、すぐさま音がした方に向かった。そこにいたのは、バグ世界の住民。黒髪ロングでオーバーオールを着た女性。顔の輪郭はクッキリし、筋骨隆々として、腕の筋肉だけでジュリアのウェストを上回るじゃないかと錯覚を覚えるほどに鍛え抜かれている。彼女は地面に落ちた缶詰を開け、中身を豪快に平らげている姿が目に入った。
(偶然にしては、出来過ぎだな……)
好みのドストライク。存在自体がパーフェクト。禁欲主義を掲げてはいるが、理想の女性像を前にして、興奮を禁じ得ない状態。もちろんそれは性欲由来のものではなく、もっと根深い。男性が本能的に抱いている強さへの渇望。もはや、性別の壁を通り越し、理性と判断力を奪い、俺は欲望のままに口走った。
「手合わせ願いたい。一対一で」
「力イズパワー。アイム、ドーピングエリート、OK」
彼女は支離滅裂な和製英語を用い、申し出は承諾される。
互いに黒の悪意を纏うと、どこからともなくゴングが鳴り響いた。




