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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第93話 意見の相違

挿絵(By みてみん)





 悪意を使ってみて、いくつか分かったことがある。負の感情を想起し、維持するのが思ったよりも難しい。出力にムラがあり、威力の波が激しい。得意系統は変わらず、基礎性能は意思と同じで能力も発動可能だけど、慣れないうちは安定しない。総評として、非常に使い勝手が悪い力だ。僕との相性が悪いと断言してもいい。使い込めば多少はマシになるだろうけど、そもそもとして、僕には負の感情というものがあんまりないのが最大の問題だった。


『―――――』


 頭の中で情報をまとめていると、襲い来るのは巨大蟷螂の鎌状の前脚だった。それを屈んで躱し、ブンと空振った音が頭上で聞こえる。コンタクトを新調したからなんとか見えるけど、視覚的には不安が残る。普段なら意思でカバーしているところも、慣れない力のせいでそこまで意識が回らない。


(思った以上に維持が難しい……。少しでも気を抜けば……)


 危機的状況を前にごくりと唾を飲み、額に汗が伝う。悪意以外の方法なら比較的楽に倒せそうなんだけど、後々のことを考えれば無理をしてでも慣れておきたい。……というか、砦のゴールを『チョモス』に設定するなら、悪意の習得は必須だった。現実から目を背けて、今を楽するようだとこの先で生き残れない。


「こいつは……。少々、骨が折れるな……」


 隣にいるソラルも苦い表情を浮かべ、メイスを振るう。高速で繰り出される蟷螂の前脚をどうにか対応してはいるけど、押されている。赤外線化する意思能力を発動できるほどの余裕もないみたいで、押し切られるのは時間の問題だった。


「――レクチャー2。――悪意のコツは爆発だ!!」


 そこに颯爽と登場し、跳躍するのはジュリア。


 右拳に安定した黒いセンスを集中させ、殴りつける。


『――――ッッ!!!』


 拳は巨大蟷螂の顔面に直撃し、大きく体勢が崩れていた。


 背中から廊下の地面に倒れ込んで、致命的な隙を晒している。


(そうか……。要点は常時安定じゃなく、瞬間火力!)


 言われたことを自分なりに解釈し、杖に悪意を込める。


 亡き姉の姿を脳裏に思い浮かべ、行き場のない感情を乗せる。


「「――!!!!」」


 放たれるのは、黒い悪意弾とメイスの振り下ろし。


 ダンクシュートの要領でメイスが弾を跳ね返し、急落下。


『――――――――ッッッ』


 無防備な巨大蟷螂の胴体を捉え、大爆発。


 期せずして連携技となり、敵は消し炭に変わる。


「命名権はくれてやる。どんなのがいい?」


「ファイナルダイナミックスペシャ……駄目だ。パクリだし、名前負けだな。シンプルにメテオメイスでどう?」


「おっ、いいねぇ。将来的には名前勝ちしそうだ」


 なんでもない雑談を交わし、僕たちは勝利の余韻に浸る。


 そこにジトッとした目線を向けるのは、蚊帳の外にいるジュリア。


「――私も連携したんですけど」


 聞き取れない程度の小声で何かを呟き、進行は再開。


 砦南西方向を目指し、僕たちは石造りの廊下を歩き出した。


 ◇◇◇


 砦の攻略は極めて順調だった。舞台の難易度と目標設定が絶妙に噛み合い、高い向上心を維持したまま、虫とキノコに満ちた一本道を進行している。……それなのに、妙にムシャクシャする。アルカナとソラルの話が弾んでいるところを見ると、胸の内がざわつく。嫉妬のように思えるけど、きっと違う。友達を盗られたような感覚。仲のいい人は自分だけじゃないんだ……っていう、一方的に私だけ損したような気分だった。もちろん、頭の片隅では分かってた。アルカナは人当たりがいいし、誰とでも分け隔てなく接することができるのは想像がついた。それなのに、なんだかなぁ。直近の会話が噛み合ってなかったのもあって、妙に気にかかる。不満をぶつけるのも違うし、これといって解決策もないから、割と詰んでいた。


「そうだ。ジュリアに聞きたいことがあるんだった」


 すると、アルカナは振り返り、後ろ歩きしながら話しかける。


 嬉しい気持ちはあれど、それで不満が解消されるほどチョロくはない。


「――なに? ――私のご機嫌取り?」


「半分正解。これは、僕のご機嫌取りかな」


「――ん? ――私に何か文句でもある感じ?」


「場合によってはそうなるかも。包み隠さず聞くけどさ、ジュリアってプレイしたゲームは正規の手順で一度はクリアしてる? ちゃんとプレイした上でバグらせるのはいいんだけどさ、苦労せずにバグらせてクリアするのは違う気がするんだ」


 前置きを挟んだ上で問われるのは、ゲームへの取り組み方。


 真っ当な攻略法を好むアルカナ視点だと、もっともな疑問だった。


「――うーん、なんて答えたらいいか。――気持ちは分かるんだけど、私の出自って結構特殊なんだよね」


「事情があるなら聞くよ。この際だし、話せる範囲で話して欲しいな」


「――結論だけ言うと、私は一度も正規の手順でクリアしてない。――ただ、無数のゲームをクリアした記憶はある。――誰の記憶を植え付けられたのかは分からないけど、正規の攻略は一通り試してあるから、私は別方向を極めたいと思った感じ。――結末をネタバレされた状態で普通にクリアしても面白くないでしょ?」


 嘘をつくことなく、私は本心を語る。嫌われたくないけど、嫌われてもおかくしない回答なのは自覚していた。ただ、ここで嘘はつきたくない。少なくとも、自分の専門領域に関する質問には誠実に答えたかった。


「………」


 アルカナの表情が固まり、ピタリと足が止まる。地雷を踏んだのか、それとも、別の事柄が引っかかったのか。予想することは可能だけど、彼の心を覗き見ることはできない。どういう反応を取るにしても、私の選択に後悔はなかった。


「――軽蔑した? ――別にいいよ、それでも」


「ごめん……今は答えられない。感情の整理がついたら教えるね」


 私の質問に対し、アルカナは歯切れの悪い回答を寄越す。


 それ以上、会話が弾むことなく、険悪なムードで道中は進行。


 重苦しい空気とは相反して、私たちは砦南西の倉庫に辿り着いた。

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