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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第92話 消化

挿絵(By みてみん)





 厨房にいたのは、包丁を握りしめた悪意剥き出しのコック。能力は不明。肉入りかどうかは置いといて、まともじゃないのは確か。詳細が分かるまで一人でやりたかったけど、どうあがいても敵対は避けられない。仲間の介入があるかどうかを勘定に入れないなら、私は意思能力抜きで戦う必要がある。


(――やるっきゃないか)


 緋色の意思を纏い、戦闘モードのスイッチを入れる。人間時代も悪魔時代も基本的に後衛が担当だったけど、前衛ができないわけじゃない。


「まずは一切り。微塵を整えます」


 先に動き始めたのはコックだった。


 淀みない機械的な動作で包丁を振り下ろす。


「――――」


 私は身を逸らし、単調な斬撃は空を切る。


 敵は致命的な隙を晒しているが、油断は禁物。


 距離を詰め、右拳を振りかぶりつつ、出方を伺う。


「十切り」


 拳が左頬を捉えようとする中、コックは口走る。


 初動はこちらが上。言葉通りの能力でも、対処可能。


 仮に姉ならそう考える。自分の実力を過信し、強行する。


 避けるごとに数が増えるなら、早めにケリをつけた方がいい。


「…………」


 だけど私は右拳を止め、後方に跳んだ。


 近くにある中華鍋を拾い、十の斬撃を防ぐ。


 切り刻まれた鍋を捨て、私は厨房から離脱する。


 カウンターテーブルを飛び越え、手広い食堂へ移動。


 そこには仲間二人が身構え、私の情報共有を待っている。


「――敵は近距離戦特化! ――次はたぶん百の斬撃!!」


 すぐさま予想を伝え、集団戦へと移行する。


 一対一に固執する必要はなく、私は姉じゃない。


 足りない部分は誰かで補う。それが最善と判断した。


恒河沙ごうがしゃ切り」


 しかしコックは、私の想定を超える。


 結果論だけど、後退が悪手だと露呈する。


 厨房は細切りにし、周囲を際限なく切り刻む。


「――微塵を整えるって、そういうこと」


 コックの発言が勝手に腹落ちし、ポンと手を打つ。


「何か策があるなら、聞くよ」


「専門家の御高説を賜りたいもんだね」

 

 それが変な期待を持たせてしまったのか、二人は反応。


 考える時間はあるっちゃあるけど、敵は徐々に迫っている。


 逃げるのも選択肢の一つではあるけど、どうせ後でツケが回る。


「――せっかくだし、調理してもらおうよ。――コックならさ」


 思考を切り上げ、視線を送るのはソラルが持つ黄色のキノコ。


 あの狂った相手と真っ向から戦うのは、必ずしも正しいとは限らない。


「あいよ。仰せのままに」


 ソラルは疑うことなく、即断即決。


 手にしたキノコを斬撃の渦中に放り投げる。


 木っ端微塵に刻まれると、コックの手が止まった。


 キノコの効能か、それとも、私の読みが正しかったのか。


「西洋風微塵の出来上がり。感想求む」


「――笑える。――じゃあ、いこっか」


 悪意が鎮まるのを見届けて、私はコックに背を向ける。


「え? 倒さなくていいの?」


「キノコ料理は放置でいいのか?」


「――レクチャー1。――解消された悪意に害はない。――キノコの効能は重要じゃなく、食材を調理したいという行き場のない感情を消化させたのが肝」


 人差し指を立て、私は彼らに講釈を垂れる。


 バグだろうがそうでなかろうが、通用した理論だった。


「裏を返せば、行き場のない感情が悪意のトリガー」


「消化されてないもんをセンスに変えて、燃やすイメージか」


 食堂を後にして、二人は今の攻防で得たものを噛みしめる。


 今思えば、悪意のチュートリアルにちょうどいい相手と言えた。


「――そういうこと。――次は実戦形式」


 南西方面に向かう廊下に差し掛かり、目の前には一匹の巨大蟷螂。


「……キノコに頼るのはいったんなしだね」


「シンプルでいいや。まずはお前で、悪意を馴染ませる!」


 覚えのいい二人は黒いセンスを薄っすら纏い、戦闘態勢。


 この調子で行けば、打倒チョモスも遠い未来の話じゃなかった。

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