第92話 消化
厨房にいたのは、包丁を握りしめた悪意剥き出しのコック。能力は不明。肉入りかどうかは置いといて、まともじゃないのは確か。詳細が分かるまで一人でやりたかったけど、どうあがいても敵対は避けられない。仲間の介入があるかどうかを勘定に入れないなら、私は意思能力抜きで戦う必要がある。
(――やるっきゃないか)
緋色の意思を纏い、戦闘モードのスイッチを入れる。人間時代も悪魔時代も基本的に後衛が担当だったけど、前衛ができないわけじゃない。
「まずは一切り。微塵を整えます」
先に動き始めたのはコックだった。
淀みない機械的な動作で包丁を振り下ろす。
「――――」
私は身を逸らし、単調な斬撃は空を切る。
敵は致命的な隙を晒しているが、油断は禁物。
距離を詰め、右拳を振りかぶりつつ、出方を伺う。
「十切り」
拳が左頬を捉えようとする中、コックは口走る。
初動はこちらが上。言葉通りの能力でも、対処可能。
仮に姉ならそう考える。自分の実力を過信し、強行する。
避けるごとに数が増えるなら、早めにケリをつけた方がいい。
「…………」
だけど私は右拳を止め、後方に跳んだ。
近くにある中華鍋を拾い、十の斬撃を防ぐ。
切り刻まれた鍋を捨て、私は厨房から離脱する。
カウンターテーブルを飛び越え、手広い食堂へ移動。
そこには仲間二人が身構え、私の情報共有を待っている。
「――敵は近距離戦特化! ――次はたぶん百の斬撃!!」
すぐさま予想を伝え、集団戦へと移行する。
一対一に固執する必要はなく、私は姉じゃない。
足りない部分は誰かで補う。それが最善と判断した。
「恒河沙切り」
しかしコックは、私の想定を超える。
結果論だけど、後退が悪手だと露呈する。
厨房は細切りにし、周囲を際限なく切り刻む。
「――微塵を整えるって、そういうこと」
コックの発言が勝手に腹落ちし、ポンと手を打つ。
「何か策があるなら、聞くよ」
「専門家の御高説を賜りたいもんだね」
それが変な期待を持たせてしまったのか、二人は反応。
考える時間はあるっちゃあるけど、敵は徐々に迫っている。
逃げるのも選択肢の一つではあるけど、どうせ後でツケが回る。
「――せっかくだし、調理してもらおうよ。――コックならさ」
思考を切り上げ、視線を送るのはソラルが持つ黄色のキノコ。
あの狂った相手と真っ向から戦うのは、必ずしも正しいとは限らない。
「あいよ。仰せのままに」
ソラルは疑うことなく、即断即決。
手にしたキノコを斬撃の渦中に放り投げる。
木っ端微塵に刻まれると、コックの手が止まった。
キノコの効能か、それとも、私の読みが正しかったのか。
「西洋風微塵の出来上がり。感想求む」
「――笑える。――じゃあ、いこっか」
悪意が鎮まるのを見届けて、私はコックに背を向ける。
「え? 倒さなくていいの?」
「キノコ料理は放置でいいのか?」
「――レクチャー1。――解消された悪意に害はない。――キノコの効能は重要じゃなく、食材を調理したいという行き場のない感情を消化させたのが肝」
人差し指を立て、私は彼らに講釈を垂れる。
バグだろうがそうでなかろうが、通用した理論だった。
「裏を返せば、行き場のない感情が悪意のトリガー」
「消化されてないもんをセンスに変えて、燃やすイメージか」
食堂を後にして、二人は今の攻防で得たものを噛みしめる。
今思えば、悪意のチュートリアルにちょうどいい相手と言えた。
「――そういうこと。――次は実戦形式」
南西方面に向かう廊下に差し掛かり、目の前には一匹の巨大蟷螂。
「……キノコに頼るのはいったんなしだね」
「シンプルでいいや。まずはお前で、悪意を馴染ませる!」
覚えのいい二人は黒いセンスを薄っすら纏い、戦闘態勢。
この調子で行けば、打倒チョモスも遠い未来の話じゃなかった。




