第91話 課題
『――時間の逆行。それが『永遠』の軸さ』
頭によぎるのは王位継承戦の記憶。初代王マーリンと対峙し、彼の独創世界で行われた情報開示が頭によぎった。あの世界は直接的な攻撃力は持たず、あの場の仕様が特別印象に残ってるわけでもない。……ただ、今の状況と類似している点がある。仮説の仮説でしかないけど、『時間の逆行』という部分が共通している。これは果たして、偶然なのか? 初代マーリンには最低でも12人の『魂の転写体』がいると予想される。もし、彼の生き写しが関与しているとしたら僕も無関係じゃ済まない。バグった世界の中心にいるジュリアの上司とやらが、仮に初代王の魂を受け継いでいたなら、これが偶然なんてことはあり得ないと断言できる。
彼女の上司がマーリンなら、僕は……。
「ここが父さんの部屋よ→わしじゃでエンディング……って聞いてる?」
砦南方面に向かう中、ジュリアの声が耳に入る。
ここで変に誤魔化す必要もないな。正直に答えよう。
「ごめん、聞いてなかった。なんの話だっけ」
「――もういい。――興味ないなら建設的な話しよ」
ただ、機嫌を損ねてしまったみたいだ。
彼女はそっぽを向き、気落ちした声だけが残る。
フォローを入れたいところだけど、感情に嘘はつけない。
「じゃあ、砦のざっくりとした位置関係の整理でもするか?」
そこで間を取り持つように割って入ったのはソラルだった。
間とテンポと空気の読み方が完璧で、人当たりの良さを感じる。
微妙に噛み合わない部分を穴埋めする、潤滑油として機能していた。
「――そだね」
「うん。お願い」
廊下を歩みつつ、僕たちの精神的足並みは再び揃う。
砦攻略に意識が向き、視線は前方にいるソラルに注がれた。
「聖エルモ砦は星型の形状だ。チョモスがいる南東から東方面の廊下をゴールに設定するとして、ぐるっと一周すれば辿り着ける構造になってる。曲がり角ごとに要所が存在し、南方面は食堂、南西方面は倉庫、西方面は通信室、北西方面は兵器庫、北方面は宿舎、東方面は牢屋っつう配置になる。どの面にも接してる中庭に出れば、ショートカット可能だが、囲まれたらヤバイ。前後を警戒するだけでいい廊下を進むのが正攻法って形になる。で、これから向かう先は食堂だな。本来なら目ぼしいものはないが、ここまで砦の中身が変化すりゃあ、経験にしろ知識にしろ、何かしらは得るものがあるだろう。……ちなみに、どこかに隠し部屋があるって噂もあるが、眉唾物だし、詳細は不明だな。北方面の宿舎の一角にいると思われる大病院長なら何か知ってるかもしれねぇ」
語られるのは耳寄りな情報。強襲に備えていたこともあって大半は知っていたけど、『隠し部屋』ってのは知らなかったし、興味をそそる。状況から考えて、今度は大病院長と敵対することはないだろうし、面白くなる要素しかないな。
「まずは目の前の一歩を着実に、だね。慣れる時間も十分ある」
「――概ね把握。――ただ、順路通りにはいかないと思った方がいいよ」
真面目な話し合いを重ねる中、ジュリアは警告する。
ここは彼女の専門領域だ。きっと嘘でもハッタリでもない。
質問形式による強制ワープが存在してる時点で普通じゃなかった。
「だろうな。まぁ、なんにしてもまずは、肩慣らしといきたいね」
ソラルは右肩を回し、来たる敵を待ち構えている。
さっきは消化不良で終わったし、バグの仕様も不確か。
僕らの戦闘法がどこまで通用するかを試すのは必須だった。
『『『―――』』』
そこに都合よく現れたのは、三匹の巨大百足。
ほどよい緊張感が満ち、各々はセンスを纏っていった。
「おいでなすったな、害虫ども」
「僕たちの実験台となってもらうよ」
「――経験値になる、覚悟はいいかな?」
◇◇◇
廊下に転がるのは、倒された三匹の百足。結論から言えば、全く苦戦しなかった。僕たちの戦闘法は十分に通用し、キノコもいくつか試し、得るものしかなかった。だからこそ浮き彫りになるのは、ラスボスと思わしき巨大蛾の異様さ。
「やはりと言うべきか、チョモスは別格だね。ステータス表記もまともじゃなかったし、能力もまだ奥行きがあるように感じた。……というか、この百足とは違って、HPがマイナス表記だったんだよな。ああいう本格的にバグった敵の場合って、真っ当な攻略法って存在するの?」
状況整理をしつつ、僕はチョモスを仮想敵として掘り下げる。
先ほどとは違って、バグ専門家の知恵を頼るべき適切な場面だった。
「――単純な問題だよ、ワトソン君。――マイナス×マイナスは?」
「プラスだね、チャールズ卿。ってことは……通常の攻撃手段は逆効果ってこと?」
「――恐らく、ダメージを与えるほどにHPの最大値が上昇する。――だから、マイナスの攻撃手段に頼る必要がある」
「理屈は分かるが、マイナスの攻撃手段ってのは、具体的になんなんだ?」
ジュリアを中心に議論は深まり、一つのワードに注目が集まる。
恐らく、避けては通ることはできず、今回の道中で向き合うべき課題。
「――負の意思。――ネガティブな感情による出力。――つまりところ、悪意のコントロールだよ」
専門家から結論だけを告げられ、僕たちは食堂前に到着した。
◇◇◇
悪意。存在は認知していた。悪魔が有する『邪眼』の発動条件だと知っていた。ただ、それ以上があるとは考えてもなかった。意思の力に通ずるものとは思いもしなかった。本は山ほど読んだつもりだけど、知らないことはたくさんあるな。恐らくこれは、氷山の一角だ。悪魔界、煉獄界、天界……いわゆる『三界』に関して、僕は何も知らないに等しい。
「…………」
手広い食堂を散策しながら頭を回すと、僕の未熟な点ばかりが思い浮かぶ。イギリス国王はゴールじゃなくて、スタート地点に過ぎないんだろうな。そもそもとして、『初代王マーリンを王霊守護符で倒せ』というルールを無視して攻略した僕は、正式な王位が継承されたのかも分からないし、王位の恩恵がなんなのかもよく分かってないし、百年後に王位継承戦が開かれるかも分からない。
僕はあまりにも世の中を知らなすぎる。
自分のことをちゃんと理解していないのに、世界のことが分かるわけがない。悪意の習得も必須だけど、僕は僕を知らないといけない。現時点で何ができて、何ができないかを再定義する必要がある。それが世界に通じるかどうかの最低条件だ。
「……何か目ぼしいもんはあったか?」
すると、何の気なしに声をかけてきたのはソラルだった。
すでに収穫があったようで、手には黄色のキノコを持っている。
「何もなしだね。……というか、正直言うと、考えるのに夢中だった」
なぜだろう。僕は偽ることなく、彼に心情を吐露していた。
信頼できるって判断したからかな。出会って日は浅いんだけどな。
「何に悩んでる。よければ聞かせてくれ」
おせっかいなアドバイスをすることなく、ソラルは聞き役に徹しようとしている。心情を決めつけられたわけでもないから、すごく話しやすくはあるんだけど、どこまで話すべきかな。親身になって情報を引き出そうとしてるって線も考えられるし、抱えているもの全てをさらけ出せるほど信頼できるわけでもない。かといって、何も相談しないのは失礼だし、ちょうどいい塩梅が重要だな。
「実は……ジュリアのバグ談義はあんまり好きじゃないんだ。正規の攻略法でクリアしないとクリエイターに失礼な気がして」
「あーなるほど。会話がぎこちなかったのはそれが理由か」
「うん。悪気がないのは分かってるんだけど、どうもね……」
「優しいな。まだ若いのに、空気と関係を壊さないことに比重を割いてる。今のままでも十二分に魅力的なんだが、嫌なことは嫌って言ってやらねぇと自分のためにも相手のためにもならねぇぞ。もちろん嫌と感じる度合いにもよるんだが、一方が我慢を強いられる関係は続かねぇ。徐々にひびが入り、いつかは壊れる。それを望んでるなら話は別だが、あんたらはそうじゃねぇだろ?」
ソラルは本質的な問いを投げかける。背中を押してくれる言葉を添える。真剣な物言いだったけど、どこか温かみを感じた。年相応の人生経験がもろに出ている気がした。悪意の習得や自分の掘り下げも大事だけど、こっちも頑張らないとな。
「……ジュリア、ちょっと話があるんだけど、いい?」
小さな勇気を振り絞り、厨房にいる彼女に声をかける。
「――こないで」
そこに響いたのは、恐怖で喉を震わせたような声。
僕個人が嫌われたならいいけど、この反応はたぶん違う。
虫に襲われている可能性を考慮しつつ、僕は中を覗き込んだ。
「ココココ、コンソメ。アサのフライ。カツヨのタタキ。弩弩弩」
中にいたのは、白い調理服を着た男性コック。
縦長のコック帽を被り、右手には包丁が握られる。
それに加え、体表面には黒色のセンスが纏われていた。
一目見て分かった。敵だと理解した。力の源を感じ取った。
「あれが……悪意……」




