第90話 逆行
先日行われた砦強襲の顛末は全部聞いた。一名の修道士が死亡し、手打ちの条件としてラウロの旦那が殺された。結果だけ見れば、痛み分けという形になる。あれだけの戦闘が繰り広げられれば、誰も死なずに終わる方がおかしい。だから、理解はできる。仕方ないと割り切って、いつも通りの仕事を果たすことが職務の一環として求められる。それが『道を修める』ってもんだ。人の生き死にで気を揉んでちゃ、仕事にならねぇ。極悪人が投獄される砦に配属された時点で、こうなることはある程度予想できた。身内が死ぬことも頭の片隅には入れていたはずだ。……だが、ああなるとは思いもしなかった。あんな出来事は、もう二度と繰り返してはならねぇ。能力をコントロールできないことなんざ、言い訳にならねぇ。
――だから!
「俺が先陣を切る!! あんたらはサポートを頼む!!!」
砦南東廊下に声を響かせ、小振りのメイスを握り込み、駆ける。
目の前には巨大な蛾。チョモスという名称がついたバケモンがいる。
殴りで倒せるかは不明だが、光化学スモッグに対応できるのは俺だけだ。
「――通常の方法じゃ、たぶん……」
「いや、まずは試そう。後方支援は僕らに任せて!」
否定と肯定が入り混じるが、方向性は一致する。
これ以上の意思疎通は不要。背中は任せていいはずだ。
『――――』
一歩ずつ着実に距離を詰める中、敵に動きがあった。
チョモスは視線を俺に定め、再び翅から鱗粉を飛ばした。
(相も変わらずスモッグか? いや、あれは……)
俺は扱う能力の性質上、光の性質変化には敏感だ。
特に紫外線、可視光線、赤外線は絶対に見分けられる。
さっきは紫外線の特徴である青紫色だったが、今回は違う。
赤い霧状の光。知ってか知らずか、俺の専門分野と同じだった。
「悪いがそいつは特許申請済みだ! 異議申し立ては弁護士を通せ!」
太陽光の届かない場所で、俺の身体とメイスは赤外線化した。
日に当たるのが条件だったが、首都が狂った今は関係ないらしい。
なんにせよ、これで敵の赤外線攻撃は躱せる。懐に近付くのは楽勝だ。
「……っ」
しかし、異変があった。俺の身体とメイスは元の状態に戻った。
仕組みは分からんが、結果としてそうなった。俺は今、裸も同然だ。
「――問題なし」
「任せてって言ったよね!!」
背後から頼もしい声が響き、生じるのは守りと攻め。
緋色の結界が俺の周囲を覆い、意思弾がチョモスを襲う。
おかげで敵の赤外線で焼け死ぬことはなく、難を逃れていた。
「助かった! だが、こっからはどうする! 俺の能力は効かんぞ!」
意思弾で周囲に土煙が舞う中、俺は判断を仰いだ。
体を張るのは得意だが、自分で作戦を考えるのは苦手だ。
能力だけでどうにかなると思ったが、見通しが甘かったらしい。
「――決まってる」
「アレは最後に取っておこう!」
その言葉と共に、目の前には平面状の緋色の結界が展開。
それが何重にも連なり、チョモスとの間に物理的な壁を作る。
意図は完全に理解した。奴との遭遇は時期尚早だったってわけだ。
「覚えてろよ、害虫! お前を倒すために、一から積み上げてやる!!」
中指を突き立て、結界から解放された俺は敵に背を向ける。
砦東に向かうルートは遮断され、俺たちは迂回を余儀なくされた。
◇◇◇
バグの起源は蛾だ。その意味と状況を考えれば、チョモスは砦のラスボスだと私は判断した。初エンカウントがラスボスなんてクソゲー過ぎるけど、バグった世界なら妥当だと言える。ただ、異常攻略を好む私にとっては見慣れた景色だったけど、通常攻略を好む人にとっては受け入れにくい結果だったらしい。
「最初の敵がラスボスって展開は熱いけど、蛾ってのはなんだかなぁ……」
隣を歩くアルカナも例外ではなく、首を傾げて疑問を呈していた。
さっきは急ぎだったから納得したけど、一息ついて引っかかったっぽい。
「――『悟空伝3』のカセットを斜めに挿した状態で起動させたことある?」
「うーんないかな。暗黒魔城のコンガが強すぎて、詰んだ覚えしかない」
「――分かるぅ……じゃなくて、その方法で起動するとエンディングに行く」
「へぇ……。それはそれで味気ない気もするけど、今と何の関係があるの?」
「――恐らく、バグのせいでエンディングから始まって、ラスボスが先に来た」
私は必要最低限の言葉で、バグの経験則をもとに結論に導く。
合っているかどうかはさておいて、一応の筋は通したつもりだった。
「ようするに、未来が逆行したってわけか。今の状況ならあり得るな」
納得を示したのは、ソラルと名乗った修道士だった。
堅物そうな性格に見えたけど、意外と物分かりはいいらしい。
「…………」
一方のアルカナは視線を落とし、考え込んでる様子。
受け入れられないという感情が手に取るように分かった。
まぁ、ここに関しては諸説あるし、意見の一致は求めてない。
彼が何を考えているにせよ、私たちのやるべきことは一つだった。
「――ひとまず今は、仕様把握と仲間集めだね。――方針はそれでいい?」
「……うん」
「承知した。道案内は俺に任せてくれ!」
歯切れ悪い返事と、歯切れのいい返事が同時に響く。
私たちは道端のキノコを採取しつつ、砦南方面に進んだ。




