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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第88話 三度目の正直

挿絵(By みてみん)





「――あいたたって……痛くない?」


 鳩尾に食らったのは、金髪美女の頭突き。不思議とダメージはなく、満腹状態。温泉に入った後のような美肌効果も発揮された気がした。全身からは軽い湯気が生じ、血行が促進され、体力とセンスが全回復した……感じもする。


「――歓迎された痛み(おはようダメージ)って感じか。――それよりここは」


 起きた現象を幸運と受け止め、私は辺りに目を向ける。


 見慣れない景色が広がり、南西方面の道路じゃないのは確か。


 恐らく北東方面に位置し、目の前には石造りの要塞が広がっている。


 ――聖エルモ砦。


 マルタ騎士団の自治領に指定され、独自の裁量で罪人を収容する場所。


 用は全くないけど、バグを解析するためには、寄る価値のある施設だった。


「やぁ、奇遇だね。君ならこの奇妙な現象に心当たりがあったりする?」


 そこに声をかけてきたのは、アルカナだった。


 良縁というのは、一度離れたぐらいじゃ切れないらしい。


「――あるよ。――上司の悪魔と私が作り出したバグだね」


「それって意図したもの? それとも……」


「――完全な想定外。――今、仕様を解析中ってところ」


「そっか。何か分かったことはある?」


「――バラバラになった都市を繋ぐ移動用のギミックがある。――金髪美女に話しかけて、質疑応答したらここに飛ばされた。――南西から北東へ、体力が全回復する効果もあり? ――未検証だけど、センスのない一般人は狂ってるかも」


 思いつく限りの情報を並べ、アルカナに伝える。


 顎に手を当てており、首を傾げ、眉に皺を寄せている。


 思ってみれば、『私は諸悪の根源です』と言ったようなもの。


 責められることはあったとしても、褒められる要素は一つもない。


 怒られるか、もしくは、絶交される可能性も視野に入れて、身構える。


「いいね。ようは『ムーンサイド』みたいなもんでしょ。バグったおかげで救われた命もたくさんあるだろうし、今は満喫しようよ。この狂った都市を!」


 その予想に反し、アルカナは目を輝かせ、屈託のない笑みを浮かべる。首を傾げていたのは、類似した情報を捻り出すためだったとすぐに理解できた。能天気というか、怖いもの知らずというか、ネジが飛んでるというか。良くも悪くも趣味嗜好が似ている。探求心と遊び心に溢れ、否定的な側面は一切ない。


「――そだね。――じゃあ早速、探検開始だ」


 温かな気持ちのまま、私たちは再び足並みを揃える。


 向かう先は多重構造の結界が展開されている聖エルモ砦。


 そこには現実世界と同じようで違う景色が広がってるはずだ。

 

 ◇◇◇

 

 聖エルモ砦北部。大病院長室。


「…………」


 デスク上のモニターに表示されるのは、二名の侵入者。誤動作された気配はなく、結界の反応が正しいのであれば、連日に渡って繰り返された予期せぬ訪問者となる。一度目の主役はラウロ。二度目の主役はリディア。三度目の主役は……。


 思いを巡らせ、小生は席を立つ。不思議と煩わしい気持ちは一切感じない。むしろ、その逆。得も言えない高揚感があった。自分でも信じられないが、おおよその心理分析はできている。ラウロの死によって、大病院長としての面子は保たれた。都市がどうなろうと小生の管轄は『聖エルモ砦内』に限られる。外で何が起きようとも責任が及ばず、内で何が起きようとも一度ぐらいの失態は許される実績を得た。


 ――今の小生は自由だ。


 立場と肩書きに縛られてはいるが、業務の延長線上であれば好きにやってもいいレベルの権限を得ている。侵入者が誰なのかは想像もつかないが、外側で起きた問題に関係がある可能性は極めて高い。自ずと知的好奇心がそそられ、未知との遭遇に心躍らせるのは自然の道理ではあった。ただ、自分らしくもないという感情も共存し、複雑な心境であることは確か。


 ……出会えば、分かるであろう。


 相手のこと。都市のこと。そして、小生のこと。大病院長という立場に縛られる必要がなくなった時、個人としての感情がどう動くのか。理性と本能の狭間で揺れながら、小生は部屋を後にして、見慣れた廊下に足を踏み入れる。


「ランチはお好き?」


 そこで声をかけてきたのは、ここにいるはずのない金髪美女。侵入者の意思能力かと思ったが、違うな。センスを封じる砦の神秘が発動されている今、その可能性は極めて低い。都市に起こった不可思議な現象の一部だと思われる。兵器長ウェポンマスターと同じような仕様であれば、質問の回答次第で能力の中身が変わる。無難に済ませたいなら、肯定的反応を示すのが最も適切と思われる。


「答えはノーだ。ランチだろうが、ディナーだろうが、B級グルメだろうが、三ツ星レストランだろうが、行き着くところは同じ。生きるための栄養摂取に過ぎん」


 だが、何度でも言おう。今の小生は自由だ。相手の顔色を伺い、媚びへつらう必要はなく、思いのままの感想を告げる。……これでも、数千年は生きている。仮にどのような罰則が生じようと、いくらでも対応できる自信があった。なんせ、こちらの常識が通用しない存在と出会うのは初めてではない。能力の詳細が分からないなら、敵に先手を譲り、見てから処理できるぐらいの場数は踏んでいる。


「アアアアア、アスパラ。レンゲの御浸し」


 予期せぬ回答だったのか、金髪美女は意味不明な言葉を並べ、フリーズ。がくりと肩を落とし、気絶したようにも見えるが、不穏な空気を醸し出している。


「…………」


 体内で維持されるセンスの圧を高め、小生は何らかの能力の発動に備える。内容や条件によっては突破されるが、取るに足らない能力だった場合は防げる。何も起こらないというのは考えにくく、何らかのアクションを起こすのが自然。


「冬虫夏草! 聖エルモ砦添え!!」


 金髪美女は両手を地面につけ、詠唱を開始。


 真に受けるなら、対象は小生ではなく、施設全体。


(間に合い給え……っ!!)


 予期せぬ窮地に、右手中指をパチンと鳴らす。


 字面通りになるのであれば、センス封じはノイズ。


 意思の力が使えなければ、出入り困難になると読んだ。


「「――――」」


 両者の能力と思惑が、北部廊下で交錯する。


 砦に異変が生じ、新規コンテンツが追加される。


『『『『――――』』』』


 発生したのは大量の虫と、大量のキノコ。


 それがどんな効能を秘めるか、想像もつかなかった。

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