第87話 カオスワールド
僕は今、すっごく怒っている。
都市ラグーザを過去に送った程度で気絶してしまったこと。首都バレッタが少し目を離した隙にバラバラになってしまったこと。マルタ騎士団総長としての務めを果たせなかったこと。色々と思うところはあるんだけど、今回ばかりは自分だけを責めて終わらせるわけにいかない。僕が白銀の鎧兜越しに視線を向けた先には、一匹の青色猫がいた。
「やりすぎだよ、ラウラ。僕を信頼してくれたのは分かるけど、失敗したらラグーザとバレッタが対消滅してた。数十万規模の人間が一斉に死ぬ可能性もあった。……それだけ、『正常』の魔眼の意図せぬ修正に怯えてたってことだろうけど、何事にも限度ってものがある。事前に相談することもできただろうし、思いつきでやるにしては巻き込まれる人間の数があまりにも多すぎる。善悪の境界は人や世界によって違うんだろうけどさ、さっきのは僕目線だと紛れもない『悪』だよ。僕がどうにかできたから良かったけど、実際に大量の人が死んでいたら、ただの虐殺者だ。どんな動機や経緯があろうと、社会は主に事件の結果で物事を判断するし、騎士団内の独自の裁量でもかばいきれなかったはずだ。それをちゃんと分かってる?」
内から溢れ出す怒りを理屈に変換し、僕は諭すように言った。
『ニャア……』
青猫ラウラは肩を落としながら、反省した様子で喉を鳴らす。言葉で意思疎通は取れないけど、今のはさすがに理解できた。動作の節々から謝意を感じ、責任逃れのために発したような薄っぺらさはない。これ以上は責められないな。
「仕方ない……今回は許すよ。その代わり、次やったら本気で怒るからね。小さな問題だったら何をやってくれてもいいけど、もし、今のと同程度の大きい問題を解決したい時は、僕か信頼できる誰かに必ず相談すること。……いい?」
質問に対し、ラウラはこくりと頷き、一件落着。水中都市から空中都市になったラグーザの件の説教は終わった。ソフィアと大政務長との話し合いも、ちょうど終わった頃だろう。次のステップに進む時だ。
「状況説明終わったよー」
目線に気付いたソフィアは片手を上げ、陽気な反応を示す。首都がこんな状況なのに、全く焦ってない。『黒級』の彼女にとっては日常茶飯事なんだろう。恐らく、世界で問題が起きる度に、水面下で『正常』に修正してきた経験の賜物。場数と実績から裏打ちされた揺るぎない自信ってやつだ。今回の件も例に漏れず、『きっと、なんとかなる!』と前向きに受け止めているのが言動で伝わる。
「……首尾は?」
僕は楽観的な彼女とは対照的に、悲観的な態度で隣に立つ細身の男に尋ねる。限りなく低い確率だろうけど、ソフィアと敵対する可能性を考えているからだ。『血の千年祭』以降の約9か月。品行方正な僕のままじゃ生き残れなかった。僕自身が手を汚すことはなかったけど、誰かに汚い仕事を任せる場面は確かに存在した。その大部分を担ってくれたのが、質問を飛ばした彼に他ならない。
「上々。騒動が終わるまで手を組むことになった次第ですねぇ、ええ」
大政務長は丁寧な物腰で反応する。ひとまず、ソフィアとの衝突は避けられたと見ていいだろう。大した条件もないみたいだし、利害関係は一致してる。あらすじは説明してくれたみたいだし、これでようやく一つの物事に集中できる。
「よし……だったら、原因を特定しようか。そこからは僕の出番だ」
◇◇◇
「――もしもし。――聞こえてる?」
私が真っ先に行った検証は、反天則クオリアに話しかけることだった。騒動の中心であり、問題を解決するための手段を持っている。コントローラーで干渉することもできたけど、これ以上バグらせるのは正直怖い。制御を失い、地球の重力が機能すれば、都市は真っ逆さまだ。そうなったら責任は取れないし、人間界における悪魔の立場は極めて危うくなる。だからこそ、真っ当なプレイでバクを検証するのが正規の攻略法だと言えた。
「夢現。円天。抱擁。終幕。ケース929。招待コードを入浴してください」
駄目だ。完全にバグってる。かつての上司は、意味のない文字列を吐き出すNPCと化した。私もこうなったきっかけを作ったわけだけど、どうにもできない。バグを起こすことはできても、バグを直すのは専門外だった。隣り合う要素ではあるから、成長と改善の余地はあるかもだけど、過度な期待は禁物。
「――ここから離れたくないけど、リスクとるっきゃないか」
バグの原因から背を向け、気絶した女サムライを置き去りにする。
慎重に辺りを散策しながら、たどり着くのはマップの切れ目。道路の端。
「…………」
道は途中で分断されており、半透明の海と島々が浮かんでいる。落ちればどうなるか分からない。羽根を使えば渡航は可能かもしれないけど、私自身がバグる可能性は極めて高い。私の経験則と照らし合わせて仮説を立てるなら、『正規の渡航手段』が用意されているはず。目に見える都市はバラバラになっても、目に見えない繋がりが残っている可能性が高い。恐らくどこかに……移動に通ずるスイッチがある。
「……………」
導き出した仮説をもとに、私はマップの端を練り歩く。羽根を使い、飛翔し、石造りの建物の屋上沿いを散策する。街は驚くほど静かだった。生前葬のために一般人の入場規制があったとはいえ、不気味なほど静まり返っている。建物がグチャグチャになった以上、野次馬や映え狙いが一人や二人いそうなもんだけど、まるで見かけない。……もしかしたら、意思の力を扱えない素人は、正気を保てないのかもしれない。そんなことを考えていると、ようやく第一村人が目に入った。サングラスをかけた金髪ロングの美女で、建物屋上にポツンと立っている。半袖のアロハシャツに紺の短パンを履いており、ザ・米国のイメージが誇張されたナイスバディ。首都バレッタの人間かは判別不能。勇気を出して、話しかけてみるしかない。
「――は、はぁい」
そこで露呈したのは、致命的なコミュ力不足。姉とは違って、私は対人関係が極端に苦手だった。身内は大丈夫だけど、赤の他人とは何を話していいか分からない。外向きより、内向きに特化したからこそ生じた弊害だった。……ともあれ、苦手を言い訳にして何もしなければ、そこでゲームオーバー。欠点を受け入れつつ、私は必要最低限のコミュニケーションを図った。
「ランチはお好き?」
私は一言目で察した。こいつは断片化された都市の繋がりの一部だ。生成と削除を繰り返してHDDが分断化した時に整理する役割を持つ……デフラグのような機能を持っているはず。肉入りかどうかはともかくとして、何らかの出力があると断定していい。返答次第によって、用意されたバグが引き起こされる仕様。再現性があるのかないのか分からないけど、今は飛び込んでみるしかない!!
「――モチのロン」
グッと親指を立て、私は肯定的な反応を示す。
郷に入っては郷に従え。恐らく次の反応が、ここの本質だ。
「ウサギの煮込み、お待ち!!!」
「――ごはっ!!!!?」
金髪美女が放つのは、脱兎の如き突進による頭突き。
それは否応なく私の腹部を直撃し、視界は暗転していった。




