第86話 シャッフル
建物が崩壊する。首都の構造が変化する。街そのものの作りが変わっていく。私がいる大聖堂前も例外じゃなかった。パズルのピースのように分解され、組み替えられ、天に散らばる。生前葬組とも分断され、私は孤立していた。
「「……」」
異常を察知し、衝突寸前の拳が止まる。相手は黒の修道服を着た黒髪ロングのひょろガリ男。恐らく手応えからして……大政務長。ルール作りや社会の秩序を保つことが求められ、最も実力が求められる肩書き。たぶんだけど、腕っぷし限定なら四大官職の中でもいっちゃん強い。予期せぬ強敵に私情がダダ漏れになって敵対したわけだけど、事情が変わった。
目の前に広がるのは、紛れもない『超常現象』。
予想が正しいなら、私たちの目的は共通している。
「やめよっか。遊んでる場合じゃないかも」
「概ね同意、ですねぇ。一時休戦といきましょうか」
最低限の意思疎通を図り、センスを鎮める。
自ずと目線が向く先は、青猫ラウラと総長ジェノα。
都市の問題は後回しにして、片付けておくべきことがあった。
「状況整理の時間だね。ひとまず私が知る限りの情報を教えるよ」
◇◇◇
騎士総長宮殿前。セントジョージ広場。
「「……………」」
そこで繰り広げられていた戦闘。僕と大財務長との対決は突如として終わりを告げた。どちらが勝って、どちらが負けた。そんな短絡的な決着がついたわけじゃない。物理的に進行するのが不可能になったんだ。
広場の断裂。僕がいる北側と彼がいる南側との分断。
上空数百メートルに散りばめられた星々の一部となり、接触するのが困難になる。それはまるで、七夕にだけ再開を許された織姫と彦星のようだった。もちろん彼とは初対面に近いし、ロマンチックな関係でもないけど、状況的には似てる。
「この決着はいずれ、また……」
「うん。今はこれを何とかしないとだよね」
去り際に言葉を交わし、僕たちは背を向け合う。
バトルフェイズは終了した。次なる工程へと移行した。
謎解きの時間だ。都市の構造を理解しないと何も始まらない。
◇◇◇
「――ばしゃと、きれぼし……」
首都バレッタの常識は変わった。反天則クオリアによって、空に疑似的な海が生じ、そこに都市の建物が散りばめられた。見たところ、殺傷能力はない。ランダムにマップを切り分けられ、適当に配置された感じ。何らかの理屈や法則があるかもしれないけど、バグに常識や道理を求めるのは素人のすること。玄人ならあるがままを受け入れ、その上でどう調理できるかを考えるしかない。
「――私の専門分野がこんなところで役に立つなんてね」
小刀の前で停止するクオリアを見つつ、私はしみじみと考える。バグに関する知識は、あくまで個人の範疇で留めていた趣味。それがこんなところで意味を持つなんて思いもしなかった。これも神の気まぐれか、運命のいたずらか。……なんにせよ、都市の構造の原因を知り、バグを解析できる可能性があるのは私だけ。
「――うっし、いっちょやったりますか!!」
ない袖をまくり、私は柄にもなくテンションを上げる。
腐っても姉妹。本質的な性格はソフィアと変わりなかった。
◇◇◇
「……」
私は十字路で行われる主戦場を眺めていた。一歩引いた目線で物事を客観的に見ていた。共通点は『音』。介入する余地はあった。運命じみた接点はあった。でも、参加しなかった。できなかったという方が正しいのかもしれない。
方向性の違い。
きっかけは、黒髪アフロの悪魔との戦闘。『音』と『音楽』は違う。当たり前のことながら、本質的な部分は全く別物であることに気付かされた。点と線の違い、キャラとストーリーの違いと言い換えてもいいかもしれない。趣や思想が異なるキャラを適当に配置しても、それはただの点と点の羅列に過ぎない。何の意味も法則も一貫性もなく、必然性に欠けている。その場限りでは楽しいかもしれないが、いずれ飽きが来る。意味も法則性もない『音』を無作為に奏で続けても、耳障りなだけだ。テーマやジャンルや舞台に沿い、何らかの共通点を見出し、キャラとキャラを繋げるのがストーリーであり、エンタメ。私が思う『音楽』にも大なり小なり通ずるものがあった。どちらも観衆を楽しませることが根っこにあり、それに欠けるのであれば、私が彼らに迎合する必要性は感じられなかった。私の見立てでは生前葬組の有利は変わらず、あのままいけば敵を退き、儀式は果たされたはず。
ただ、潮目が変わりつつある。
首都の構造は大幅に変化し、生前葬組は分断され、上空にまばらに配置されている。見た限り、誰と誰が一緒にいるか把握できないほど入り乱れていた。線が点になった瞬間であり、私如きが干渉できるかどうかも分からない。でも、根っこは変わらない。世界がどうなろうと揺るがない信念がある。
(ラウロ様の遺言は果たす。……何がなんでも!!)
点と点を線にする決意を示し、私は荒ぶる都市の波に乗る。
何が起こるか分からない。それでも、亡き主の忠義は貫きたかった。




