第84話 コマンド
変わった。敵には確かな変化があった。三名の悪魔が一名の悪魔になった。分身の戦闘力を加算させる能力だとすれば、数倍から数十倍の成長が見込まれる。厄介ではあるものの、今の私なら倒せる自信はある。……ただ。
「4F 6A 3C 9D FF 00 12 8A 7B D4 FA 01」
羅列されるのは、数字とアルファベット。見るからに不自然な挙動を起こし、正気を保っているようには思えない。詳細の把握は困難であり、この後、何が起こるかの予測は不能。叩くなら早いうちがいい。頭では分かっているものの、すぐに動けない理由が足元に転がっている。
「――私はまだ、死んでない!!」
起き上がるのは、黒のローブを着た緋色髪の悪魔。身体には無数の傷があるものの白い煙を伴いながら再生し、蒼色の瞳には確かな活力があった。両手にはコントローラーがしっかりと握られ、ボタンを入力している。形状が変わっており、何らかの改善が加えられた様子。
こちらも何が起こるか分からない。……ただ、視線は空中にいる金髪坊主の悪魔に注がれ、操ろうとしているのが分かる。恐らく、特定のゲームに起因した能力であることが考えられるが、造形は深くない。これもまた予測は困難であり、結果でしか判断することはできない。
一つ聞きかじった知識で無理やり予想を立てるとすれば、『乱数調整』。プレイヤーにとって都合のいい『偶然』を『必然』に変える技法。例を挙げるとすれば、とあるRPGで逃げるコマンドを入力し、八回連続で逃走失敗を繰り返すと、次ターン以降の味方の攻撃が全てクリティカルヒットになるというものがある。
仮にそれに近しい事象が起こるとして、問題はどちらを先に叩くべきか。コマンドが成立する前に『プレイヤー』を倒しておきたいものの、根本となる『キャラ』を優先するのも捨てがたい。ただ……。
「臥龍岡流――【擬刃爽籟】」
必ずしもどちらかを選ぶ必要はない。
◇◇◇
辺りに吹いたのは、穏やかな風。優しく頬を撫でるような、心地いい感触があった。苛烈な攻めを予想していたけど、想像とは真逆。恐らく、今度は守りに特化した能力のような気がする。……なんにしても関係ない。私が意図的に入力したコマンドはすでに成立している。
(――ずらし入力。――戦うコマンドの情報を逃走コマンドに付与する)
胸の内で種を明かし、行く末を見守る。バク挙動にバグ挙動をかませ、想定不能の領域に踏み込んだ。何が起こるか分からないのを楽しむのがバグの趣であり、再現性のある乱数調整はつまらない。都合のいい結果だけを引き寄せられるなら、内容が読めるし、チープになる。……とにかく、死ななければ安い。意識したのは殺されないようにするだけで、倒せるかどうかは一か八か。ある種のギャンブルのようなものであり、遊びだろうが本気だろうが私はそこに命を賭けていた。
「command > /dev/null 2>&1」
バグったクオリアはコマンド入力を受け付け、情報処理。内容は専門じゃないから分からないけど、私の意思能力との互換性により、連動したのが分かる。何らかの効果が付与されたと見るべきであり、恐らく次の挙動で分かる。
「――――」
彼は何事もなくフワリと着地し、地面に突き刺さる小刀を見つめていた。近くに立つ紫髪の女性は刀の下段に構えたまま、硬直している。動きを封じられたというよりかは、ショックを受けているような印象を受けた。恐らく、敵の行動阻害に特化した能力を発動したが、失敗した。そよ風に当て、なんとなくこっちに行きたくないなという気持ちを増長させる類のものが不発に終わった。無害にしたからこそ出力を高め、成功すると彼女は高をくくっていた。
「くっ!!」
痺れを切らした彼女はクオリアに斬りかかる。下段の構えから繰り出される無数の斬撃を、私は何もせずに見ていた。あの戦闘に近付くことは出来なかった。敵の能力が機能しているのもあるんだろうけど、心情は別。
「――――」
あるのはクオリアへの絶対的信頼。彼は刀を手で弾き、敵の懐に拳を叩き込む。それだけで勝負がついた。バタリと倒れ、その場で気絶し、私たちの予期せぬ闘いはあっけなく終わった。それでも、彼の歩みは止まらなかった。規則正しい挙動で一歩ずつ近付き、目的地に到着すると停止する。私は動けなかった。恐れからくるものか、能力からくるものか分からなかったけど、とにかく身動きが取れなかった。
「command > /dev/null」
そして、クオリアは読み取れない呪文を口にし、小刀に触れる。グラグラと地面が揺れ、地面が捻じ曲がり、周囲の建物が湾曲していくのが分かる。それでも、彼は微動だにしなかった。なんの影響も受けていなかった。効果がなかった。ダメージがなかった。あらゆる物理法則に反し、独自の理を展開していた。
(――あれが……反天則……)
結論に至ったと同時に、首都バレッタの崩壊が始まった。




