第83話 三位一体
変わった。そう思わざるを得ないほどの変化があった。見た目は何一つ変わっていないが、センスに乱れが一切感じない。恐らく、力みや流れから剣筋を読むことは不可能。達人の領域に到達し、それに加えて、何らかの意思能力が発現したと考えられる。……触らぬ神に祟りなしだ。作戦に関係なければ、スルーすべき相手なのは間違いない。それでも、闘わなければならない事情がある。背を向けるべきではない理由がある。無理をしたいと思えるだけの因縁がある。
「「「……僕たちは三位一体でね」」」
僕たちは動き出す。『反天則』の具体的な仕様も分からないまま、三方に散り、それぞれが建物の屋上に着地し、両手の掌を敵に向ける。刀相手に近距離戦に応じるほど、理性は失われてない。遠距離戦に徹し、処理する。この戦闘中に何らかの不具合が生じても、僕は責任を取らない。
「「「卑怯とは言わないでくれよ!!!」」」
僕と分身体が放ったのは、無数の意思弾。
道路中央で刀を下段に構える紫髪の女性に迫る。
「…………」
迸るのは閃光と爆風。辺りは煙に満ち、生死は不明の状態。
もちろん倒せるとは思ってない。移動を促すための小手調べだ。
彼女との決着はつけたいが、刃影の死体は回収しておきたいからね。
意思弾に不自然な挙動があったとしても、あの様子なら対処するだろう。
次第に煙は晴れていき、周囲を十分に警戒しつつ、彼女の行く末を確かめる。
(……っ)
目の前に広がる光景に、僕は絶句した。
焼き焦げた女性の遺体が地面に転がっている。
あれが現実なら、弔いの半分は完了したことになる。
だが僕は知っている。あの異様な光景には心当たりがある。
(もうそこまで使いこなしたのか……。この短期間で……っ!!)
【羅刹・真打】は抜刀時、空気の層を纏うことができる。
光の屈折率を調整して透明化するのが基本だが、応用も可能。
恐らくアレは、現実とは異なる光景を映し出す鏡。空気層の変化。
プロジェクションマッピングに近く、光の出力はセンスで調整できる。
――つまり彼女は、抜刀状態に特化した。
納刀による空気層の解放は使わず、己がスタイルを確立した。
一発目で思い至る発想じゃない。通常なら年単位の鍛錬が必要だ。
(感心してる場合じゃない。本物の彼女はどこに……!!)
僕は分析を終えた後に周囲を見渡し、痕跡を辿る。
彼女本体が透明化状態であることも考慮に入れ、警戒した。
「チェストォォォオオオオッッ!!!」
突如、背後から響いたのは、示現流特有の掛け声。
姿は見えないが、狙いは恐らく上段からの振り下ろし。
「フゥゥゥ!!!!!!」
続けざまに聞こえてきたのは、吐息。
安いマイクで拡張されたようなノイズが響く。
それに呼応するように空気層が剥がれ、彼女が見えた。
――刀は下段。
振り上げのモーション途中で、僕の脳を狙っている。
助力がなければ死んでいた。刃の切り口を誤認していた。
とはいえ、僕はまだ生きている。優秀な仲間に恵まれている。
「残念賞をくれてやる!!」
斬撃を見切った僕は懐に忍び込み、右の掌を伸ばす。
彼女の腹部に押し当て、意思を集中させ、零距離で放つ。
「――違う!! ――そいつは!!!」
鬼気迫る様子でジュリアは声を張り上げている。
今更止まれない。意思は炸裂し、彼女の腹部を抉った。
(なっ!!)
しかし、手応えがない。僕の意思は空を切っている。
恐らく、空気層の分身。掛け声も斬撃も全てがフェイク。
声だけ本物で、本体は別の場所に隠れ、様子見に徹していた。
――この後の奇襲が本命。
もしそうなら理屈は通るが、嫌な予感が拭いきれない。
ジュリアの言葉が引っかかる。あの後に何を言おうとした。
「残念賞は謹んでお返しします」
すると、紫髪の女性は消えゆく狭間に応答した。
文脈を理解した上で、ウィットに富んだ返しをした。
手応えがなかったのは、事実。本体じゃないのも、確実。
だとすれば狙いはなんだ。僕が彼女と同じ立場だったら……。
「――――!!!!」
直後、全身を斬り刻まれるような痛みが走る。
いや、比喩でもなんでもない。実際に斬られている。
青い血が飛び散り、見境なく身体の部位が切断されていく。
――空気層の解放。
僕の攻撃が発端となって発動した、風の斬撃。
恐らく納刀を必要とせず、敵の出力を利用した返し技。
「――!!!!」
僕は黒い墨上の煙を発生させ、離れた屋上に瞬間移動。
大事には至らず、再生に意識を向け、周囲に気を配っていた。
(とんでもない使い手だ。似た能力だが、発想力だけなら僕よりも上)
素直に今の攻防の負けを認め、敵を称賛する。
初めてでこれなら、更に成長すれば止めようがない。
(いや、褒めてる場合か。次の手を考えないと、今度こそ……)
「――ぁぁぁあああッッ!!!!」
息が詰まる思考の中で聞こえたのは、ジュリアの叫び。
恐らくだが、焼死体が彼女の本体。標的を変え、刃を振るった。
(くそ……っ。僕の分身体は何をしている!!!)
ジュリアは悪魔だ。今ので絶命したとは考えたくない。
急ぎ足で戦場に戻りつつ、僕の分身体の居場所を確認する。
「「……………」」
彼らは建物の屋上に半分埋まっていた。
物理演算が機能せず、使い物にならない状態。
典型的なバグだ。僕にとってはなんの優位性もない。
(結局、頼りになるのは自分か。死ぬなよ、ジュリア!!)
僕は地面を蹴りつけ、跳躍し、道路へ急行する。
敵の奇襲も想定していたが、起きたのは予想外の現象。
「「――――」」
弦から解放された矢の如く、分身体は飛翔する。
地面と壁にぶつかり、反射し、意図せぬ挙動をする。
起きた現象の意味は理解できるが、思考が追いつかない。
僕の頭は敵で手一杯だ。僕の分身体に意識を割く余裕がない。
「「「……………」」」
混沌とする戦場の中、僕たちは互いに干渉する。
似た者同士を引き寄せ合い、疑似的反応を引き起こす。
(よりによって、今か!!!)
幸か不幸か分からないが、起きた現象は理解できる。
三位一体の構造となり、訪れるのは成長が見込める体験。
ただ、今回に関しては、理性が保証されることはないだろう。
「4F 6A 3C 9D FF 00 12 8A 7B D4 FA 01」




