表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/89

第81話 不自然

挿絵(By みてみん)





 能力にアレンジを加えてみたものの、どこまで適用されるかは未知数だ。意思の力には想像したものを実現する性質があるが、自然の理から大きく逸脱するものや使い手のキャパを超えるものは当然ながら実現しない。能力名を変えるのは比較的容易だが、中身が伴うとは限らない。さて……ここからが本番だ。分身というありふれた能力をどこまで創意工夫できるか。全ては僕の手腕にかかっている。


「「「――――」」」


 まず試したのは意思弾の変化だ。想像した通りの仕様なら、二体の分身だけ通常とは異なる挙動を見せるはず。どう異なるかは僕自身の目で見定めるしかなく、概ねの性能を理解した上で使いこなさなければならない。さらに言えば、ジュリアの意思能力『黒物質バグマテリア』の干渉を受けた上で、その誤作動を差し引き、僕だけの挙動がなんなのかを見極める必要があった。


 三体の僕から打ち出されたのは、三発の紫色の意思弾。不自然な挙動を伴い、それぞれがフワフワと緩やかな軌道を描き、意図せぬ浮上をする。ここまでは予定調和だ。ジュリアの干渉を受けたと考えるべきであり、周りの意思弾とも同じ挙動をしていることから、僕固有のものではないと考えられる。


(不発、かな……? やはり、自然界に逆らうするのは無理があったか)


 特に落ち込むことはなく、目の前の現象を受け入れ、勝負に意識を向ける。できなくて当たり前だ。いくら規格外の成長を遂げたとしても、何事にも限界というものがある。実力が頭打ちした……という可能性も考えられなくはないが、今はよそう。マイナスの雑念を取り入れて勝てるほど、楽な相手じゃない。


「……?」


 視界の端に捉えたのは些細な違和感。僕の分身が放った二発の意思弾にノイズエフェクトのような不自然な色相が見えた気がする。だからなんだという話ではあるんだが、何かの予兆な気がしてならない。仮に成功していたとしても、意図的な誤作動を引き起こす挙動は僕の専売分野じゃないから見当もつかない。ジュリアなら予想を立てられるんだろうが、今の僕には異変があったことしか分からなかった。


 ◇◇◇


 あれは、ヤバイ……。ほんの一瞬、不自然な色味を放った意思弾を見つめ、鳥肌が立っていた。ヤバいには良い意味も悪い意味も含まれるわけだけど、これは当然ながら後者。コントローラーの制御から外れ、未知なる方向へ導かれているのが分かる。バグ技にはいくつかの典型的な挙動があるんだけど、恐らくあれは、数あるゲームタイトルの中でも共通して存在する、『最も有名な現象』に該当する。


(――くっ!!)


 すぐさま思考を切り上げ、私は介入しようと試みる。寄せ集めた意思弾を集め、動き始める前に叩き潰そうとする。……だけど、微動だにしない。速度や意思弾の威力に関係なく、すり抜ける。物質的な干渉力を持たない性質が付与されており、大抵の場合は製作側が意図せぬショートカットを可能とするもの。それは……。


(――やっぱり、『壁抜けバグ』か!!!)


 思い至ったと同時に、二発の意思弾はあらぬ方向へと移動を開始する。首都中央付近に位置するセントジョージ広場から離れ、壁を通り抜け、南西方面へと向かう。ここに来る前に首都バレッタの地理は頭に叩き込んだけど、あっち側に主要拠点はない。とはいえ、何も起きないとは考えられず、身体は勝手に動き出した。


「そうはさせませんよぉ!」


 間隙を突き、横蹴りを放ったのは大財務長グランドトレジャラー。恰幅のいい身体と迸る緑色のセンスが威力に加算され、ヘビーな一撃が顔面に振るわれる。


「――っ!!!」


 私は両腕を前に突き出し、反射的に防御を試みる。だけど、肩口に走るのは鋭い痛み。視界に入るのは、千切れたローブと私の両腕。段違いな威力を前に私の防御は通用せず、場を支配していたコントローラーごと破壊していた。


 もちろん、勝敗に直結する要素ではなく、両腕の再生は可能だった。白い煙を上げ、悪魔の基本特性により、ゆっくりと腕が元に戻っていくのが分かる。ただ、再生の速さには個体差があり、得意不得意や努力や才能の優劣がもろに出る。……私は再生が苦手だった。悪魔になって日が浅く、得意だったわけでも才能があったわけでもない。努力したわけでもなく、端的に言えば、サボっていた。再生能力を向上させるには、自分自身を傷つけ、再生を繰り返すのが最も効率的な修行法と言える。上位の悪魔は一部の例外を除き、ほぼ全員が通る道だけど、私は好まなかった。

 

 楽したツケは後で回ってくる。


 再生の遅さは、致命的な行動阻害を伴い、『バグ弾』に干渉することは困難になる。それどころか、目の前にいる相手が加減してくれるとも思えず、拳を振りかぶり、なんの工夫もないシンプルな一撃をぶつけようとしていた。


「そうは、させない!!!」


 そこに割り込んできたのは、アルカナだった。木彫りの杖を盾代わりにして、放たれる拳を防ぐ。ありがたい展開ではあったけど、魔術師タイプに防御は期待できない。顕在センスより、潜在センスの方が優位に働く傾向があり、体外的な防御は苦手なイメージがある。当然、個人差はあるんだろうけど、アルカナの身体を貫通して、私をも貫く……二枚抜きの展開だってあり得た。


「「――――」」


 しかし、幸か不幸か想像していた展開は訪れない。杖と拳は拮抗し、均衡を保っている。アルカナが想定以上に実力があったのか、大財務長グランドトレジャラーが手を抜いているのか。なんにしても、それだけ時間を稼げれば、十分。


「…………」


 私の両腕の再生が完了する。戦闘に復帰できるだけの力を有し、気掛かりな点はあれど、目の前の友人を助けるぐらいは可能になる。


「僕のことはいい! アレを追って!! 早く!!!」


 すると、心情を読み取ったかのように、アルカナは鬼気迫る声で反応する。一択だった選択肢が急に二択になり、頭の中は混乱する。どちらを選ぶべきか……なんて悠長に考えている暇はなく、私は流れと直感に従い、背を向ける。


「――ありがとう」


 去り際に感謝の言葉を言い放ち、私は羽根を使い、飛び立った。

 

 ◇◇◇


 幻術と思わしき空間は解除された。生前葬は再開され、多少の衝突や障害はあれど、計画通りの流れに向かう気配があった。だから私は離脱した。専門家と当事者に任せ、一歩引いた。全ては俯瞰して状況を見守るため。『生前葬』ばかりに注目を浴びる環境から離れ、特異点となり得る場所を監視するため。


 私が拾うのは一振りの刀。白鞘に刀身が納められた状態となり、持ち主を失っている。吸い寄せられるように、喪服の腰に帯刀し、私は構える。見様見真似ではあるものの、本質は理解している。彼の生き様を通して、作法は心得ている。


「この運命に、この困難に、心より感謝します」


 何かが迫る予感を覚えながらも、私は感謝の意を示す。言わずにはいられなかった。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。時代と異なる世界を通して、刀と魂は継承される。これを必然と言わずに、どう表現するのだろうか。……私は『黒渦』の発生原因となった臥龍岡夜助の遠い子孫。『滅葬具』を作った臥龍岡常道とも同じ家系に名を連ねる。巡り巡って私に辿り着いた刀。これはきっと『滅葬具』。言われずとも分かる。聞かずとも名が伝わる。もはや理屈は不要。行き着く言葉は感謝に集約され、それはすでに伝え終えている。


 ――残すべきは。


「己が系譜を力で示せ!!! 【羅刹・真打】!!!!」


 私は来たるべき脅威に向け、抜刀する。


 見えない刃が露わとなり、見えない実体を捉える。


「…………」


 切り捨てられたのは、壁を通り抜ける二発の意思弾だった。


 『黒渦』を制御する小刀に向かってきた攻撃を、私は阻止する。


「「「「――――」」」」


 そこに期せずして訪れたのは四名の悪鬼。


 羅刹と名を連ねることができる運命的な存在。


 厳密な分類は違うものの、縁があるのは違いない。


「事情は問いません。……ただ、この小刀に干渉するようなら、斬る」


 特に感慨にふけることもなく、私は現れた彼らに警告する。


 返事を聞かずとも分かる。ここが修羅場になると刀は知っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ