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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第80話 遊び心

挿絵(By みてみん)





 夜のセントジョージ広場で飛び交うのは無数の意思弾。誰が味方で誰が敵か。そんなものは分からない。登場人物の関係性は頭の中で整理されているが、攻防は複雑化し、僕の想定から外れようとしていた。その中心にいるのは……身内。


「――――」


 ジュリア・ヴァレンタインは口元を緩ませる。口角を上げ、無邪気にはしゃいでいる。いつもは氷のように冷たい表情を浮かべているが、今や見る影もない。使命や目的から解き放たれ、肩の力を抜き、ありのままの自分をさらけ出す。


(遊び心か。久しく忘れていたな。そんな感情……)


 僕はどちらかと言えば真面目な人間だ。数字や目標を設定し、上から与えられた役割を全うする。初代王マーリンの魂を有すると言っても慢心はしない。謙虚に、したたかに上を目指し、僕自身が掲げる『目的』のために、日々邁進していた。


 果たして……それでいいんだろうか。


 僕はマーリンの一部であることは理解している。計画の実現――三界の門(トリニティポータル)の管理掌握をしたいという野望もある。……ただ、今を存分に楽しむ彼女を見ていて、羨ましく感じる自分がいた。自らの方向性を疑う僕がいた。安心安全と信じていた道が揺らいだ気がした。『目的』に沿った計画を推し進めたい気持ちに嘘はないが、それに心血を注ぐことが僕の『全て』でいいのか?


 心に浮かぶのは、些細な疑問。胸の内に生じるのは、小さな波紋。それがやがて、大きな波になるような感触がある。それが今なのか、遠い未来の話なのかは分からない。……だけど、一つだけハッキリしていることがある。


自己像幻視体ドッペルゲンガー反天則ルールブレイカー


 僕はこの戦闘を存分に楽しむことにした。


 その先に僕が抱いた疑問の答えがあると信じて。


 ◇◇◇


 クオリア・アーサーの意思能力は、分身を二体生み出すこと。数を制限したことで性能は劣化せず、分身体を回収した時に生じる『成長』が最大の強み。部下だから手の内は知ってる。成長は底知れないように見えるけど、能力の発展性がないのが最大の弱み。……そう思ってたけど、アレは何かが違う。同じようで規格が異なる。今までは正攻法だったけど、今は私の得意とする方向性に近い。


 ――バグ技。


 世界そのものに誤作動グリッチを仕掛けたような感覚がある。見た目は同じだけど、ほんの些細な違和感がある。恐らく、私にしか分からない。専門領域だからこそギリギリ伝わる。彼はこの戦闘を『本気』で楽しむつもりだ。


(――そうこなくっちゃ)


 アルカノイド用コントローラーを握る手に汗が滲む。たぶん、部下だろうと関係なく、この場にいる全員を敵だと見なしている。敵キャラを全て倒し切るまで終わらない『ゲーム』の始まりだ。本筋から逸脱し、成果や報酬には結びつかず、与えられるのは名誉のみ。おもろいじゃん。おもろいじゃん。おもろいじゃん!!


 上司と部下の関係に縮こまる必要はない。良い意味でも悪い意味でも無礼講。あんなにノリがいいやつとは思わなかった。与えられた役割に徹しろと一喝されて終わりだと思っていた。向こうがその気なら、感情と欲望を抑える理由がない。


「――!!!」


 コントローラーを握る手に熱がこもる。この『ゲーム』に言葉は必要なく、結果でのみ語られるべきだ。私は今に没頭する。目の前にあるものを全力で楽しむ。他には何も考えない。理想や信念はなくてもいい。あるのは剥き出しの感情だ。心から楽しみたいという本能だ。姉を……ソフィアを名実共に超えたいという個人的な思いが入り込む余地なんてない。今は出されたものを黙って食う。与えられたものを享受する。社会の思惑の外側で遊ぶ。『ゲーム』とは元来そういうものだった。


 ◇◇◇


 いやはやいやはや、『若さ』とはこういうことを指すのだろうか。長らく忘れていた感情が目の前には転がっている。『お金』を稼ぐことを至上命題とし、目を背けていたものが眼前で繰り広げられている。効率や優先順位を考えれば、必ずしも介入する必要はない。修道騎士『ルミナ・グレーゼ』の回収は果たされつつある。彼女は『金』になる。それだけが、この戦闘に参加した理由だった。


(勝っても負けても一銭にもならないでしょうな。――だとしても)


 使命と思惑の外側で心と体は躍り出す。常識や理屈に反して動き出す。非効率的な場に身を投じ、意思を放つ。今、この瞬間だけは自由だ。社会や肩書きに縛られる必要がない。感情を素直に吐き出せた時期……童心に帰れたような気がした。


 ◇◇◇


 戦闘は苛烈さを増している。二体の分身が投下され、飛び交う意思弾の数は今までの比にならない。制御できるかできないかで言えば、制御できない。予想を立てることもできなければ、誰が勝つかも分からない。


 僕はそれでいいと思ってる。


 計画された通りに誰かが勝つなんてつまらない。先が決まってないから面白い。個人的な目的も目標もあるけど、忘れたい時があったっていい。僕たちは機械じゃない。与えられた役割をこなすだけのシステムじゃない。心があって身体があって感情があって信念があって、たまには目的から逸脱したくなるような血が通った人間なんだ。未来を事細かに決められて、その通りになるような人生は歩みたくない。敷かれたレールの上を歩くのもいいけど、たまには脱線することがあってもいい。


 さて、アレは一体どんな能力なのかな。


 僕は胸いっぱいに期待を膨らませ、目の前の戦闘に意識を溶け込ませた。


 ◇◇◇


 クオリアの意思能力『自己像幻視体ドッペルゲンガー反天則ルールブレイカー』。


 詳細は不明。彼は『疑似的トリニティ反応』を重ねたことにより、規格外の成長を果たし、想定は困難となった。名称の意味から考察する他なく、着目すべきは『反天則』という用語。反を抜いた『天則』には、天が定めた法則という意味がある。そこに反がつくことで、天が定めた法則から外れるという意味となり、世界の理に逆らいたい意思を感じる。文字通りに考えるなら、恐らく、物理法則に反する挙動を可能とする類のもの。重力や空気抵抗などの身体能力の足枷となり得る自然現象を無視して、新たな境地に踏み込むことが考えられる。


 もしそうなら、神の領域に近い。


 類似する事例を挙げるなら、瀧鳴大神たきなりのおおかみが基本特性として備えている『歩法』。あれと似たような類だと予想され、比較検証することで神と悪魔の差を明らかにすることが可能だと考えられる。無論、大神クラスに第二級悪魔如きが及ぶはずもないが、『疑似トリニティ反応』に罪はなく、私情を挟まず、客観的に下々の成長を見守ることこそが天界から与えられた役割。使命に疑問を挟むことなく、今は観測しよう。答えは目の前に転がっているのだから。

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