第76話 情報開示
生前葬が開始してから一体どれだけ経った。
5分か、30分か、1時間か、それとも、丸1日か?
これが『空白の2年間』の正体なら笑えるが絶対違う。
どれだけ時間の流れが速く感じようが、過去には遡れない。
8年を10年と感じてたら辻褄が合うが、10年が8年にはなんねぇ。
――時の流れは一方通行だ。
寝て起きたら明日が来るが、昨日に戻ることはない。
今なら戻れる可能性はあったが、記憶にございませんだ。
少なくともこの8年で、僕が能動的に遡行した覚えはなかった。
(鍵を握るのはツクヨミか? それとも、イザベラか?)
心当たりがあったのは、僕の内に宿ってる二つの魂。
『切り取り』とは別口で、白き神の片割れと元教皇代理だ。
特にツクヨミは『月読』と書き、時間遡行できる可能性は高い。
実際に僕が接した限りでも、過去の映像を見せることは可能だった。
使い方次第で『空白の2年間』の真相を知れるんだろうが、今は無理だな。
――何度問いかけても無視しやがる。
向こうから接触することはあっても、僕からは無理だ。
一方的に餌を与えられ、飼い慣らされたペットみたいな関係。
まだ格下扱いなんだろうな。心も身体も及んでないってことだろう。
(……まぁ、今考えることじゃねぇか。それよか、そろそろ我慢の限界だ)
思考を切り上げて、僕は現在の状態を確認する。
場所は大聖堂の教壇の上だ。参列者は大勢の猫ども。
僕の首には白い鎖が巻き付き、それを握るのは白銀の鎧。
中身は多分ルーチオだが、猫の状態だと意思疎通は取れねぇ。
外の喧騒は激しさを増し、異様な音がここまで聞こえてきやがる。
事故待ちにも限度があり、外に逃げた方がワンチャンありそうだった。
「大人しくしててよ、ラウラ。この生前葬には世界の命運がかかってる」
そこに響いてきたのは、聞き馴染みのある声。
参列者の誰でもなく、隣から聞こえてきやがった。
思わず姿を確認する。そこにいたのは鎧兜を外す存在。
無口の設定が崩壊し、思いもよらなかった正体が判明する。
『ニャッ……!? (なっ……!?)』
黒髪褐色肌の少年。名前はジェノ・アンダーソン。
ここにいるわけがない因縁深い存在が目の前に立っていた。
◇◇◇
ここまでの道のりをどう話したものか。
僕は顔を明かしたけど、言葉がまとまらない。
全てを語れば長すぎるし、一つにまとめると短すぎる。
とはいえ、この先の展開を考えたら、話せるのは今しかない。
僕は口下手の自分自身を受け入れ、ありのままを伝えることにした。
「結論から言うよ、君のよく知るジェノは僕であって、僕じゃない。彼は偽物のクローンで、僕こそが本物のジェノ・アンダーソンだ。名称がややこしいから、僕はジェノα、彼はジェノβと呼称するね。……ここまではいい?」
『…………』
足並みを揃えようとするも、返事が返ってくることはなかった。
口をポカンと開けて、情報を受け止め切れていないのが見て取れる。
――気持ちは痛いほど分かる。
僕が彼女と同じ立場だったら、似た反応を示すはずだ。
言葉が通じたのなら、質疑応答の時間が始まっていただろう。
だけど、猫の彼女には不可能だ。だから僕は、一方的に語りかける。
「ターニングポイントは去年の12月25日。知っての通り、僕らの運命を変えた『血の千年祭』当日だ。あの日、白き神が降臨した。僕とラウラで二分割され、不完全な状態で復活を果たした。ラウラが気絶した後、僕はリーチェさんと闘った。僕は負けて、結果的にカモラさんの銃弾に殺された。その銃弾を用意したのは僕の妹のエリーゼだ。エリーゼは白教の教皇で、今の教皇はラウラになった。全部、繋がってるんだ。顔も形も立場も思想もバラバラで一貫性のない人たちだけど、一つも欠かすことはできない。今の僕……ジェノαを構成する大事な要素なんだ」
僕が最初に話したのは事の発端。こうなったきっかけ。
関係性を整理しないと伝わらない。必要不可欠な情報開示だった。
『…………』
青猫ラウラはこくりと頷く。疑問を全て呑み込み、受け入れる。
反論するにせよ、全てを聞いてから。そう彼女は考えているはずだ。
これ以上足並みを揃える必要はなかった。後は要点を話していくだけだ。
「『呪われし子供達計画』は知ってるよね。ソフィアさんを筆頭とする最先端の遺伝子操作技術を駆使した人体実験の総称だ。ジェノβはここから生まれた。僕の精子とナガオカ・ミア博士の卵子を使い、体外受精によって誕生した。0歳児からのスタートなわけだけど、当時の僕は『血の千年祭』の罪を背負わされ、裁判で半年間拘留されていた。それだけの期間があれば仕込みは十分だった。身体を強制成長させ、取捨選択された知識を共有し、僕の力と記憶の一部を継承させた。αとβが入れ替わったのは、裁判の終わり。僕に死刑が宣告された日だ。つまり、ラウラと『血の千年祭』を共にしたのはジェノαだけど、『ストリートキング』や『王位継承戦』を共にしたのはジェノβってことになる。……それに、『生前葬』の舞台が整ったのも偶然じゃない。ミア博士の母親がアミさんで、僕の動向は間接的に伝わっていた。ジェノαがマルタ共和国にいることは知っていた。マルタ騎士団総長の立場であることを分かっていた。だから大日本帝国で、『瀧鳴大神』が宿った夜助さんと『天照大神』が宿った椿さんを捕縛した後に、この舞台が選ばれた。『生前葬』により、邪神を天に送り返す準備が進められた。――全ては天界の陰謀を阻止するために」
質疑応答ができないから伝わり切ってるか分からない。
それでも不器用ながら言葉を並べた。事実を忠実に連ねた。
信じるかどうかは勝手だけど、彼女は見分ける術を知っている。
――僕たちは嘘が苦手。
両方に関わりのあるラウラなら分かるはずなんだ。
客観的な証拠や根拠を並べなくても伝わるはずなんだ。
『――――』
ラウラは返事の代わりに、爪でガリガリと教壇を削る。
鳴き声ではなく、書き文字を意思疎通の手段として用いる。
刻まれたのはシンプルな質問。彼女にとって優先度の高いもの。
――『その先は?』
ラウラはすでに未来を見据えていた。
生前葬が終わった後のことを考えていた。
抜け目がないというか、彼女らしいというか。
当然、無計画なわけがなく、僕には考えがあった。
「それは……」
騒動の核心部分に触れようとした時、気配があった。
姿を隠すことも、臆することもなく、堂々と現れた人がいた。
長い緋色髪をポニーテールにし、黒のエージェントスーツを着た女性。
「騙されちゃ駄目だよ、ラウちー。そいつには因果を入れ替える能力がある」
ソフィア・ヴァレンタイン。『正常』の魔眼を持つ……僕の天敵だ。




