第75話 情動
裏切り者とはコールしたけど、所属は明かしてない。
従事するのは白教でもなければ、マルタ騎士団でもない。
ましてや人類の味方でもなければ、悪魔に与する者でもない。
……私は天界の味方。『黒渦』の展開こそが私に与えられた使命!
「そこの修道女は何か後ろ暗いことを企んでおる。心当たりがある者は手を貸せ! そうでなければ、黙って見ておれ!!」
真っ先に動き出したのは、着物の女性。
長い黒髪を揺らし、華奢な身体で迫り来る。
経緯は省略されて、明確な根拠には欠けていた。
――でも、当たってる。
途中式はなくとも、解に辿り着いている。
その他大勢はともかくとして、彼女は私の敵だ!!
「持たざる者よ、等しく首を捧げて、慚愧の至りで朽ち果てよ」
右手を掲げ、虚空に向かい、私は詠唱する。
突如、眼前の空間から出現したのは、黒い蝙蝠。
精神化の位相が剥がれ、物質に囚われた形態に移行。
――力の根源は『調伏欲』。
精神を整えたい、障害を退けたい、敵を服従させたいという感情が鍵。
私のための武器と言っても過言ではなく、心の相性がこの上なく良かった。
「…………」
現出するのは、一対の音叉剣と全身を覆う灰色の鎧。
蝙蝠めいた羽根を鎧の背中に生やし、『獣化』が成立する。
私は白と銀の音叉を重ね合わせ、襲い来る敵に対し牙を剥いた。
「――――音響突破!!!」
私の言動に呼応し、前方に放たれるのは音の衝撃波。
カマッソソが有する『音』の能力の基本に位置するもの。
物理的な攻撃に留まり、特別な効果が付与されることはない。
単純な性能ではあるものの、全ては状況と使いどころ次第だった。
「……っっ」
技の性質と方向性を察し、引き攣る顔が見える。
受けるには重く、避ければ後方の参列者が犠牲になる。
――自分か他人か。
二者択一の状況が発生し、受け手に選択を強制する。
もしくは、両方を得ようとすれば、手の内を晒すことになる。
(さぁさぁ、実力を見せてみなよ。帝国が誇る六英傑が一人……八重椿!!)
ナポレオン並みに有名な偉人を前にして、心が昂ぶる。
避けられない対立と衝突を前にして、内なる魂が燃え上がる。
◇◇◇
銀と白の音叉が鳴り響き、迫り来るのは音の衝撃。
周りの反応は一歩遅れ、わらわが受けざるを得ん状況。
先のことは読めんが、この攻防だけは一対一の構図となる。
それも恐らく、避けられんことを見越して放った、探りの一撃。
特別な付与効果はなく、わらわがどこまでやれるかを見定めておる。
受け攻め色々と考えねばならんかったが、確定した事実が一つだけある。
――あの修道女は敵じゃ。
受ける受けない、倒す倒さないよりも重要な情報。
加減の基準となり、先に決めておいた方が何かとやりやすい。
「…………」
わらわが懐から取り出したのは、古びた筆。
筆先は茶色の鼬毛が使われ、持ち手は飴色の竹製。
なんの殺傷力も持たん代物であり、耐久力も極めて脆い。
特別な道具でもなく、誰でも手に入れられ、気軽に使用できる。
防御力は皆無に等しいが、筋力を必要とせんところがお気に入りじゃ。
「威転戯画」
わらわは筆で音の衝撃に触れ、黒い墨汁へと変換する。
技の所感をモチーフにして、無のキャンバスに筆を走らせる。
あるがまま、思うがまま、成すがまま、流れるがままに身を任せる。
描くのは輪郭部分だけ。完成までの所要時間はコンマ数秒を切っておった。
「――――鵺」
黒いフォルムのまま形作られたのは、四足歩行の妖怪。
顔は猿、胴体は狸、前後の肢は虎、尻尾は蛇になっておる。
起源を主張する気はサラサラないが、音のイメージに合う存在。
鳥のような奇怪な鳴き声が響くと、その周囲には何も残らんらしい。
――恐らく、同種の能力持ち。
見えない因縁が結びついて、鵺をここに呼び寄せた。
原理も仕組みもよう分からんが、妖術とはそういうもの。
直感に従うからこそ上手くいく。自己という檻を超えられる。
自意識と世界が直結し、最適な答えを導いてくれると信じておる。
「覚悟はよいか? わらわはお前を喰ろうてやるぞ」
◇◇◇
始まろうとしてるのは、『獣』対『妖怪』の異種格闘技。
割って入りたいのは山々だけど、それだと空気読めなさすぎだよね。
(目的不明だし、傷負いだし、ひとまず静観っと……)
私は十字路西にある建物にもたれ、両腕の傷に意識を向ける。
現状は治療に専念しつつ、物珍しい闘いを近くで見守ることにした。
◇◇◇
右腕の傷がじくりと痛む。原因を作った存在が近くにいる。
生前葬の最前列に位置しており、和服の男を槍で捕縛している。
闘いに参加するよりも、周囲を警戒して、我々の出方を探っていた。
「…………」
余計な感情を押し殺し、私は頭の中で状況を整理する。
最優先事項は、青猫と化した『教皇ラウラの奪還』となる。
現在は大聖堂に囚われ、総長が護衛を務めるが、攻略は難しい。
原因と結果を入れ替える能力を封じなければ、こちらに勝機はない。
奴の天敵となり得るのは――ソフィア。
あの風貌とセンスを見る限り、魔眼が使えるようになった可能性は高い。
今までに知る彼女の性格なら事情を説明すれば、恐らく協力してくれるはず。
「強襲? 聴衆? それとも、応酬?」
隣にいるビリーが韻を踏み、提示したのは三択だった。
生前葬に介入する時点で、いずれ両者とは闘うハメになる。
とはいえ、ここで乱入すれば双方のヘイトを買う恐れがあった。
(敵同士が潰し合ってくれるならそれでいい。今は――)
思考を切り上げ、早々に結論を導き出す。
身体は勝手に動き出し、ビリーは後に続いた。
◇◇◇
結論から言えば、俺が介入することは可能だった。
イブを仮想世界に閉じ込め、生前葬を進行できるはず。
ただそれを実現するには、クリアしておくべき問題がある。
(ソフィアと枢機卿との情報共有は必須。特に『黒渦』の件はマストだ)
最前列の参列者に紛れていた俺は跳躍し、行動を開始。
残念ながらイブの件は、椿とその他大勢に任せるしかなかった。
◇◇◇
十字路の中央に現れたのは、墨で描かれた四つ足の妖怪。
使い手は八重椿。能力の根幹となったのは、ただの古びた筆。
我は参列者から外れ、建物の屋上から戦闘を細かに観察していた。
(アレは……我の術式に近いが、恐らく妖術であろうな。能力に理屈がなく、まるで再現性がない。感覚に身を委ね、自意識に縛られることなく、無意識領域下の先にある得体の知れない『何か』に接続しているような御業。情けないがついてはいけんな。我が行ったところで足手纏いにしかならん。それよりも……)
早々に見切りをつけ、目の端で捉えた対象に意識を向ける。
今の実力でやれることと言えば、他にパッと思いつかなかった。
◇◇◇
戦闘に乱入したいのは山々。
現れた修道女は生前葬における敵。
参列者で総攻撃をかけることだって可能。
とはいえ、瀧鳴大神をこのまま放置はできない。
気を抜いてリリースすれば、バレッタの崩壊が始まる。
(目に見えるものが全てじゃない。何事も余白が重要ってね)
私は虎視眈々と戦況の変化に備える。
現状は目の前の闘いに手を出す気はなかった。
◇◇◇
ボクの心の一部は確かに殺された。
断頭台に備わる意思の刃で削ぎ落とされた。
おかげで解放された。久方振りの自由を堪能できた。
息を吸うだけで満ち足りる。身体を動かすだけで心地いい。
「アハハハハハ。ボクは生きてる。ボクは何者にだってなれる!!」
首都上空の風に揺られ、生を実感する。
今日は9月9日の22時過ぎといったところか。
赤い満月がボクを照らし、祝福してくれている。
ありふれた景色と自由がボクに彩りを与えてくれる。
不自由から解放されたことによって、幸福を感じ取れる。
当たり前の日常が、こんなに愛おしいとは思いもしなかった。
「伝えなきゃ。ボクの幸福を他の人にも分けてあげなきゃ」
興味関心が向かう先は、都市に住まう一般人。
承認欲求に囚われ、風情を楽しむものは限られる。
あるものを愛でればいいのに、常にないものを求める。
資産、権力、地位、外的評価に依存して、心は曇っている。
人生を彩るコンテンツの一つではあるが、それが全てではない。
目を覚まさせる必要がある。世間に彩りを与えてあげる必要がある。
「――――」
左目のモノクルを起動させ、ボクは最適解を模索した。
世間に不自由さを伝えられる最善で最効率の方法を探した。
答えは足元に転がっていた。無から作らずとも、すでにあった。
「アレを悪用すれば、ボクの願望は実現する……!!」
目に留まったのは、首都南西方面の道路に刺さる小刀。
未知の超常現象の源泉となり、不自然に停止するのが見える。
能力の根幹には覚えがあり、以前の僕と間接的に繋がっている人物。
――八重椿。
彼女を倒せば、全てが動き出す。
未曽有の災害が、人々の目を覚まさせる。
「……月が、綺麗であるな。お主もそう思わんか?」
思考に耽る中、唐突に聞こえたのは、覚えのある声。
刀を握る和服の男が突如として現れ、何の気なしに尋ねた。
これもまた幸福。感性を同じくした者と、首都上空で巡り合えた。
「完全に同意する。月見と洒落込もうじゃないか。佐々木小十郎!!!」




