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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第73話 天授恩寵

挿絵(By みてみん)





 魔眼の呪いは、対象の心理的抵抗の有無によって成否が決まる。そのため、知性を持たない相手なら同意が不要であり、知性を持つ相手なら同意が必要となる。八重椿が有する『時空』の魔眼は強制のように見えるが、受け手が心の中で能力を承諾することによって成立している。実際のケースとして、彼女がニュース番組に出演し、帝国民の約5000万人が対象となった『時間停止』。あれは、椿の知名度と安心感が持つ産物に他ならない。帝国民が無意識的に彼女を受け入れたことにより、能力は発動した。全くの無名であれば不発で終わる可能性が高い。一方で、椿のような有名人が相手でも強固な意思を保てる『相応の理由』があれば抵抗は可能だった。


 大病院長グランドホスピタラーが有する『真実』の魔眼は、対象に自白を強要する呪いに該当するが、あくまで囚人への尋問という体裁を保っている。これが一種の舞台装置として働き、嘘をつけない状況が対象の心理的抵抗力を下げる。これが発動に必要な『相応の理由』のモデルケースであり、それ以外の場面では通用しないことが多い。ただし、場や状況が整っていない場合でも『代償』と『リスク』によって補強することは可能だった。


 リーチェが有する『反転』の魔眼は、その典型だ。能力を意識的に発動するための『代償』を必要とし、無意識の反転による『リスク』を許容することで成立している。以上の事柄を踏まえると、魔眼は『強制型』と『任意型』の二つに分けるより、『半強制任意型』という一つの分類にまとめる方が収まりがいいと言える。


 ただ、ソフィアが有する『正常』の魔眼はどうか。


「……超一方的暴力スーパードメスティックバイオレンスの時間だよ」


 黄金色に輝く左目を見せ隠れし、彼女は地上に降り立つ。


 圧倒的自信を有しており、相対する存在に威勢よく言い放つ。


「血は逆らえないか。来なよ。あたいにソレは効かないから」


 心理的抵抗を内に秘め、マルタは受け答える。


 『半強制任意型』か『強制型』か。『母親』か『娘』か。


 ソフィアが例外かどうかを見分けるモデルケースとしては十分。


「「――――」」


 両者は右拳を振るい、各々の意思をぶつけ合う。


 検証し甲斐のある貴重な戦闘が本格化しようとしていた。


 ◇◇◇ 


 天授恩寵ディバイングレース。神の恩寵を授かりし、特別な子を指す言葉だ。魔眼の良し悪しや遺伝子の優劣に関係なく、突発的に現れる個体。超常的な力を宿し、現代科学や体系化された意思の力では推し量れない場合がほとんどだ。最初は可能性の一つとしてしか考えてなかったが、今確信に変わった。


「……っ」


 ソフィアは恵まれている。恐らくだが、あらゆるマイナスの事象をプラスに変換する特性を備えている。得意系統の選択に失敗すれば、それに余りある恩恵が与えられたり、戦闘経験の記憶がなくなれば、それに余りある成長が促された。失敗は成功の母という言葉があるが、彼女は地で行くスタイルなんだろう。紆余曲折を経て、艱難辛苦を乗り越えた果てに、ソフィアは更なる進化を遂げた。


「今の私に刹光は通用しっなーい!!!」


 迸るのは緋色の閃光。雲耀に劣る反応速度だったが、あたいは打ち負けた。センスが練れなかった。『正常』の魔眼によって打ち消された。意思と精神のおかげで、今までは効かなかった。それを上回るだけの変化が彼女にあったということ。魔眼を使えない期間を溜めとして、使えるようになった瞬間に規格外の恩恵が与えられた。


 ――魔眼の能力向上。


 ――対象の心理的抵抗すら無視する絶対的な『正常』だ。


「くっっ」


 結論に至ると同時に、拳の衝撃が身に迫る。


 まともに受け切ってしまえば、右手が吹っ飛ぶ。


 あたいは一歩踏み込み、彼女の腕を掴み、外に返す。


 有り余る敵の力を全て利用して、ソフィアを投げ倒した。


「合気か……やるね!!!」


 即座に両手で受け身を取る彼女は、不安定な姿勢から足払い。


 一方的な暴力を継続する意向を示し、あたいの足元に踵が迫った。


「――――」


 あたいはセンスを纏った状態で、重心となる手元を蹴る。


 今度は『正常』の魔眼が輝くことなく、あたいの攻撃が通った。


「…………っとと」


 ソフィアはバランスを崩しながらも、数度バク転して距離を取る。


 思った通りというべきか、セオリー通りの戦法は修正されないらしい。


 ――センスを身に纏うのは『正常』だ。


 ――打撃衝突時にセンスを纏うのは『異常』だ。


 そういう区切りがあの子の中ではあるんだろう。


 判断基準が彼女の主観に左右されるってのが厄介だね。


 若い子の感性に付き合わされる身にもなって欲しいもんだよ。


「さすがはマイマザー。……でも、これならどうかな!!」


 生じるのは無数の結界。緋色で塗りつぶされた障害物。


 透明度はなく、移動を繰り返し、死角から攻めるのが狙いかね。


「粛清烈斬刀。北辰流――【秋水】」


 あたいは疑似的刀を具現化し、一回転して、意思を乗せる。


 延長された斬撃は、周囲に展開された結界を真一文字に斬り裂く。


 物陰に隠れていたソフィアにも衝撃が迫り、攻防一体の技と化していた。


「遠近両用か。だったら――!!」


 低姿勢の状態で飛ぶ斬撃を避け、そのまま疾駆。


 一気に距離を詰め、センスを絶ち、右拳を振りかぶる。


 意趣返しのつもりかね。あたいの得意分野で決めたいらしい。


 意地を張るのは親としての務め。ここで負けてやるわけにいかない。


「北辰流――【蝉時雨】」


 あたいは共有させた覚えのない技を用いる。


 地面に振り下ろした刃が震え、不協和音を奏でる。


 蝉が耳元で大量に鳴くような声。鼓膜を突き破る音の刃。


「――――っっ」


 ソフィアは顔を歪めるも、前進を続ける。


 一直線にあたいの懐に忍び込み、拳を振るう。


「刹光!!!」


「北辰流――【朧】」


 満を持して衝突するのは、緋色の拳と紫色の刃。


 刀が押されるのを感じる。威力はソフィアの方が上。


 刹光を使えないあたいの方が不利。だからコレを選んだ。


「――――」


 霧のように刃は揺れる。実体がないように不自然な挙動を見せる。


 これは『異常』だ。意趣返しだ。斬られたと気付いた頃には死んでる。


 いかな『正常』の魔眼であろうと、発動速度を上回れば通用すると踏んだ。


「舐めんなぁぁぁああああああ!!!」


 腹の底から声を出し、ソフィアは叫ぶ。


 根拠のない気合いか、見通しのある魂の咆哮か。


 いずれにせよ決着がつく。この攻防の果てに答えはある。

 

「――――」


 パキンと刀が折れる音がした。実体のない刃が崩れる感触があった。


 今までの魔眼の展開速度では間に合わないはずが、どうにか間に合った。


(この土壇場で、まだ……)


 視線を落とし、理解する。起きた現象の原因を発見する。


 彼女は左目で刃を受けた。『異常』を肌で検知し、対応した。


 失明するリスクを抱えて、困難を突破した先に広がる新たな景色。


「自浄作用……!!! 肌に触れた『異常』を『正常』に……」


 魔眼の能力と彼女の特性が合わさった、離れ業。

 

 もし、この予想が事実であるなら、神にすら届き得る。


「私を生んでくれて、ありがとね」


 感謝の一言が添えられ、拳が懐に振りかざされる。


 独創世界が崩壊し、彼女は再び最強の座を自ら掴み取った。

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