表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/87

第71話 モンスターハウス

挿絵(By みてみん)





 独創世界『福音の扉』。マルタ・ヴァレンタインの心の内側を具現化した世界。私は大穴の底に導かれ、大量の魔物に囲まれていた。強弱にバラツキはあったものの、とにかく数が多い! 戦闘経験がレベル1に戻された私にとってはちょうどいい修行場であり、一瞬も気を抜けない修羅場でもあった。


「こんの――!!」


 以前の私に特別な意思能力は存在しない。肉体系だと勘違いしていたから、能力開発に意識を割かなかった。多系統の能力は基本技術の習得だけに留め、体術と刹光だけにフォーカスしていた。……今になって伸び悩みの時期がきている。以前の得意分野だけじゃ生き残れないところまできている。


「読みが、浅いよ!!!」


 魔物と魔物の隙間から叩き込まれるのは、マルタによる背面からの回し蹴り。一撃で戦闘不能になるレベルじゃないけど、着実に体力とセンスが削られる。すぐに魔物に紛れて姿を消し、接近戦に持ち込むこともできない。


 本気で殺しに来ている。


 彼女が作った最高傑作だろうが、生物学上の子供だろうが関係ない。とにかく、何がなんでも『生前葬』を成功させたいみたいだった。どこからそのモチベーションが湧いてくるのか。こちらの事情を話せば分かってくれるのか。そんな対話を試みる隙すら与えてくれない。今生き残ることで精一杯だった。


『――――――』


 そんな中、突如目が合ったのは、単眼の巨大な魔物。


 手足はなく、赤い瞳を怪しく光らせ、私に視線を合わせる。


(嘘……。あれって、邪眼……?)


 期せずして出会ったのは、魔眼の対極にいる存在。


 上位の悪魔が使えると言われている異能を有していた。


 加護と呪いの可動域に縛られる魔眼とは違い、能力は単純。


 目が合うのを発動条件とし、対象者は不幸や困難に見舞われる。


 個々の思想によって内容にバラツキがあるけど、本質は変わらない。


 ――悪意。


 それが邪眼を発動させる根本的なエネルギー源。


 それに紐づくマイナスの事象が自然と引き寄せられる。


「…………っっっ」


 奥歯を噛みしめ、起こるべくして起こる困難に備える。


 邪眼の厄介な点は、一度目が合えば発動が強制されること。


 もちろん例外はあるだろうけど、意思の力だけで防御できない。


 魔眼とは違って、相手の同意を必要としないのが最大の強みだった。


『…………』


 次の瞬間、視界が大きく揺らぎ、飛ばされた先には黒龍がいた。


 空中に転移させられたと気付いた頃には、容赦ない攻撃が振るわれる。


「――ッ!!!!」


 テールウィップ。尻尾を鞭のようにしならせ、叩きつける。


 反射的に両腕でガードしたものの、それを上回るとんでも威力。


 私のセンスとスーツを貫通し、裂傷を伴い、地面に落下していった。


『『『『…………』』』』


 そこに待ち受けていたのは、四体の魔物。


 巨鎌、巨杖、巨刀、巨盾を扱うユニークな面々。


 各々の特徴を活かし、畳みかけるように襲い掛かった。


『――』


 真っ先に振るわれたのは、横薙ぎの巨鎌。


 死神めいた見た目の魔物が命を刈り取りにくる。


「……よっと」


 私は鎌の軌道を見切り、平らな側面に手をつき、受け身兼回避。


『―――カァ!』


 次に動き出したのは巨杖を持つカラス的な魔物。


 杖先が輝くと、赤い光が私に向けて一直線に迫った。


 恐らくデバフ型の魔術。当たれば行動制限を食らうはず。


「なんの!!」


 グルンと身体を回転させ、空気抵抗を作り、浮上。


 赤い光は私のちょうど真下を通過し、空を切っていく。


『――坐合ざあい!!!』


 そこに襲い来るのは斬撃。侍めいた魔物の正座からの抜刀。


 斜め下から切り上げ、回避中で隙を晒している私に容赦なく迫った。


「白刃砕き……ってね!!!」


 角度とタイミングを見切り、私は両拳を突き合わせる。


 その中間にあった巨刀は砕かれ、侍魔物のターンは終わった。


『――――』


 次に行動を開始したのは、門のような巨盾を装備する魔物。


 カラスの魔物が放った赤い光を盾で受け、私に照準を向けている。


(反射か。ありきたりだな)


 私がそれに後れを取ることはなかった。


 瞬時に特性を察知し、次なる一撃に備えていた。


「頭でっかちだね。知識に頼ると痛い目を見るよ!」


 そこで聞こえてきたのは、マルタの声を張った忠告。


 仕掛けてくるかと思ったけど、遠くで見てるだけだった。


(ここにきてアドバイス? ……いや、ハッタリかな)


 私は私の判断と決断を全面的に信用する。


 腕は衰えたとしても、勘は鈍ってないと信じる。


 敵の言葉には耳を貸さず、次の行動に移そうとした時。


『――――』


 そこに割り込んできたのは、一匹の丸っこい魔物だった。


 黒色のフォルムで、尻尾と長い獣耳がついた弱そうな小動物。


 無視してもよさそうだったけど、無視できない要素を持っていた。

 

 ――身に纏うのは『黄金のセンス』。


 俗に言う、『神醒体』。肉体系の極みに到達している。


 多分、相手が人間なら何も思わなかった。スルーしていた。


 しかし、相手は魔物。意思を持たないはずの存在が持つ意思の力。


(綺麗……)


 私はその姿に魅了されていた。目を奪われていた。


 魔物の常識から外れ、矛盾を有する存在に釘付けになっていた。


『ヘケっ!』


 そこに振るわれるのは、優しい尻尾攻撃。


 痛みはなく、慈愛に満ち溢れ、私は落下する。


 魔物の言葉は理解できないけど、意図は伝わった。


 脳内で状況を察した瞬間、赤い光が放射状に広がった。


(反射じゃなく、放射……。あのまま避けていたら、私は……)


 私は落下しつつ、丸い魔物が赤い光に照射される姿を見ていた。


 放射状に広がる光の射程圏外から、自らの判断ミスを痛感していた。


『…………』


 身を挺してかばってくれた魔物は口を閉ざす。


 物理的に口が開けないような状態異常がもたらされる。


 全身は硬直し、眼球運動が止まり、声すらも上げられなくなる。


 ――石化。


 単純明快なデバフが発動し、丸い魔物は重力に引かれる。


 あのまま着地すれば粉々。恐らく、二度と元に戻れなくなる。


「…………」


 気付けば、私の身体は動いていた。


 小結界を展開し、蹴りつけ、受け止めた。


 できるだけ緩やかに着地し、優しく抱きしめる。


「ありがとう……そして、ごめんね。私が弱かったせいだ」


 聞き届けられないと分かっていながら、私は声をかける。


 近くの地面にそっと置き、嫌な現実に向き合う覚悟を決める。


 視界に入ったのは、黒いワンピースドレスを着る長い白髪の女性。


「魔物に命を救われた感想は?」


「最悪で最高の気分だよ。矛盾してるよね」


 マルタの意地の悪い質問に対し、私は本心で答える。


 不思議と心は落ち着いていた。怒りは込み上げてこない。


 関係性がなかったからかもしれないけど、向き合うべきは敵。


 全盛期の力を遥かに上回り、原点を超えるのが私に課された宿命。


「良い目をしてるね。……だったら、一対一サシでやろうか」


「……ええ」


 私は静かに腹をくくる。ここが私の一世一代の正念場。


 あの魔物が教えてくれた、『黄金の精神』が試される舞台だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ