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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第70話 落としどころ

挿絵(By みてみん)





 首都上空で行われていた、三対一の攻防。


 追い込まれたレイピア女は、意思能力を開発した。


 元職場の知識と経験をフル活用し、警棒に意味を持たせた。


「第二級殺人罪を適用。本戦闘中に限り、私は全てを相殺する」


 これは困ったことになった。彼女の言ってることが仮に事実とするなら、僕がいくら物理的に強くなろうと通用しない。崩すなら精神的方面になるだろうが、指摘されたのは現在進行形の罪。過去の罪なら有耶無耶にできたかもしれないが、それも厳しいだろう。突っ込む余地があるとすれば……。


「「――!!!」」


 思考の狭間に瞬いたのは、レイピアによる黄色の閃光。僕の分身体が脳を貫かれ、消滅していったのが目に見える。……どうやら、本体かどうかを見分ける副次効果がある上に、反応速度も増している。状況限定の可能性もあるが、『疑似的トリニティ反応』を繰り返した僕の成長曲線に追いついていた。もし、素の戦闘力すらも引き上げてしまったなら、かなりまずい状況になっている。こちらのあらゆる物理攻撃は相殺される上に、精神攻撃に持ち込もうとも付け入る隙を与えない容赦のなさ。


 ……僕はとんでもない化け物を生み出してしまったのかもしれない。


「「…………」」


 重力に引かれた僕たちは、石畳に迎えられる。たどり着いたのは、セントジョージ広場。白い堅牢な建物に四方を囲まれており、すぐそばには騎士総長宮殿が見える。ここで戦闘を長引かせば、更なる化け物を呼び寄せる危険性もあったが、気にしている余裕がない。余計な思考に意識を割いた瞬間、殺される。そんな濃厚な死の気配と異様なプレッシャーが広場には満ちていた。


「何か言い残すことは?」


 レイピア女がピシャリと言い放った一言には、揺るぎない自信に満ち溢れていた。微塵も負けるとは思っておらず、死刑執行前の囚人に慈悲をかける余裕すらある。実際、強気な発言を伴うだけの戦闘力と対応力を兼ね備えている。生半可な手を選べば、彼女の思い描いた通りになるだろう。


「刑法125.25条はニューヨークの州法だ。ここはアメリカではない上に、君は裁判官でもない。つまりその警棒は、ただの張りぼての権威ってことになる。州法を笠に着るのは勝手だが、それを押し付けるには分不相応じゃないのかな」


 僕は諸々の事情を分かった上で崩しにかかる。少しでも意思を揺るがすことができれば、能力は機能しない。この後、僕がどんな手を講じるにせよ、警棒による相殺を無効化しなければ勝機がないのは確実だった。


「……」


 しかし、彼女の表情は揺るがない。感情を見せることなく押し黙り、右手のレイピアを強く握りしめている。聞き届けた段階で話は終わり、刑を執行するモードに移ったのだろう。彼女が最高のパフォーマンスを発揮すると考えれば、数回の攻防でケリがつく。僕にターンが回ってくることはなく、レイピアの攻めと警棒の守りによって完封されるだろう。ただ、それはあくまで予想。結果は起きるまで分からない。


「「――――」」


 無言の間が続く中、互いの身に纏うのは異色のセンス。紫色と黄色の異なる色味を広場で輝かせ、睨み合った。もはや、分身体を使うつもりもなく、一対一で決着をつける気概を見せる。純粋な戦闘力なら僕の方が上だろうが、能力込みなら相手の方が上というのが下馬評だ。勝敗予想の賭けが成立し、観客に条件が全て開示されていたなら、オッズ人気はレイピア女になるだろう。


(やれやれ。気負うのは柄じゃないんだけどね)


 不利を承知の上で、呼吸を整え、意思を漲らせる。ここまでお膳立てされ、手札が開示された上で負ければ言い訳ができない。悪魔側の面子が潰れる。総長グランドマスターレベルの使い手ならまだしも、ぽっと出の使い手に殺されることなどあってはならない。最悪の事態を避けるためには、生き残る必要がある。


(まぁ、文句も言ってられないか。僕が死んだら悪魔界は人間界に牙を剥く)


 負けられない理由を頭の中で浮かべ、心と舞台が整う。


 悪魔側の代表としての責任を背負い、両の拳を握り込んだ。


「「――――――」」


 駆け出したタイミングは同時。


 レイピアと警棒に拳二つで立ち向かう。


「――、――――、――――――」


 先に仕掛けたのは彼女だった。


 レイピアを巧みに操り、刺突を繰り返す。


 直撃を避けるべきは脳だ。それ以外なら再生される。


「…………」


 だから僕は避けなかった。甘んじて切っ先を受け入れた。

 

 刺突の痛みを噛みしめ、致死の一撃だけを避け、防戦一方となる。


 ――僕は拳を振るわなかった。


 ただ耐えた。ひたすらに耐え忍んだ。機を伺った。


 能力が崩れるタイミング。良心の呵責。心理的な隙間。


 それを成立させるために、人間なら数度死ぬ猛攻に堪えた。


 ――原理的には非暴力不服従運動に近い。


 抵抗しない者をいたぶり続けるのは心が痛むものだ。


 死刑囚であろうとなかろうとも、限度というものがある。


 どこかで心が綻ぶ。切っ先が揺らぐ。僕なら真っ先に分かる。


 そんな感情の臨界点を見極めるために集中した。全神経を注いだ。


 生死の狭間を揺蕩いながら、水のような心を保ち、様子を伺っていた。


「…………っ」


 見えたのは動揺。表情のわずかな揺らぎ。暴力への抵抗感。


 それがためらいを生み、圧倒的攻勢の中に一瞬の隙を作り出す。


「――――」


 狙い澄ましたように叩き込むのは、左拳のボディブロー。


 非暴力主義の体裁を取っ払い、露骨な暴力が女性に振るわれる。


「――!!!」


 しかし、彼女は相殺する。警棒で拳に対抗する。


 完璧なタイミングで弾かれ、能力が健在のように見える。


 並みの使い手なら折れるだろう。万策尽きたと嘆くかもしれない。

 

「――――――――」


 ただ、僕は折れなかった。真っ向から右拳を振るい、何度も打ち付ける。


「――――――――」


 同様に彼女も相殺する。レイピアを振るいつつ、攻防を成立させる。


 一息つく暇もなく繰り出されるのは互いの連撃。終わりは見えてこない。


 ――ただ、綻びは見えた。


 警棒の相殺でカバーしきれず、拳を頬に掠めた。


 予感は当たった。やはり、彼女の意思能力は張りぼてだ。


 音を立てて崩れるのが分かる。嘘で成り立った脆弱な城が崩壊する。


「……何か、言い残すことはあるかい?」


 右拳は彼女の懐を貫き、僕は言われたことを言い返した。


 よくやったと褒めてやりたいところが、最低限の礼儀はある。


 騎士なら騎士らしく死なせたい。それがせめてもの手向けだった。


「ぺっ、地獄に帰れ……この下郎が」


 血が混じった唾を飛ばし、彼女は期待通りの反応を示す。


 終わらせるのは惜しい。ただ、この結末は彼女が望んだことだ。


「やなこった。僕は人間界で一旗あげるよ」


 最後のやり取りを交わし、僕は左手に意思を集中させる。


 情けをかけるつもりは一切なく、何の容赦もなく撃ち放った。


「――――」


 レイピア女の顔面に迫り、意思が炸裂する。


 そんなわずかな隙間に割り込んだのは、別の意思。


 緑の光弾が僕の攻撃を弾き、明後日の方向に飛んでいく。


「…………」


 目線を向けた先には、恰幅のいい金髪長耳の男。


 黒い修道服を着ており、右肩には黒い猫を乗せている。


「騎士総長の御膝元で暴力沙汰とはいけませんねぇ。不躾ながら、この大財務長グランドトレジャラーがお相手させていただきましょうか」


 語るのは肩書き。総長に次ぐ実力者が目の前に立ち塞がっていた。

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