第7話 偶然か必然か
現在、白教が保有する『シビュラの書』には確定した未来が記される。個々人の些細な運命を知ることはできず、『世界的危機』、または、『神々』にまつわるものが予言の対象とされる。
『そろそろ返してくれるかい。白教から盗んだ『シビュラの書』をねぇ』
『……分かりました。お返しします』
『物分かりのいい子だねぇ。これさえ返ってくるなら何も危害は――』
『……ただし、一つだけ条件があります』
白教に所属していたジルダは一時的に『シビュラの書』を盗み、後に当時の教皇代理イザベラに返還。結果として、数か月前の『ストリートキング』中に起こると記された『白き神の完全復活』+『世界人口半分の犠牲』は阻止された。それにより、『シビュラの書』の内容は大幅に改訂された。
『ページの一部を貰うです。いいですね?』
改訂が起こる前。予言が外れると見越して、ジルダは手を打った。重要そうなページになると山を張り、改訂前の一部をちぎり、自身の懐にしまった。当時の教皇代理イザベラないし、現教皇であるラウラは知らない。改訂された後に記されたマルタ騎士団や、水中都市ラグーザの顛末をジルダ以外知る由もない。
確定していることがあるとすれば――。
「ボクは誰にも縛られない。例え、『シビュラの書』であっても!」
上空にいるジルダは、改訂されたページを破り捨てる。
水中都市ラグーザで犠牲になるという未来に抗う意思を示す。
「……覚えました。あなたはワタシに勝てない。何をやっても!」
空中で対峙する大政務長は、物理的障害として立ちはだかる。
その間にもドーム状の天井に開いた大穴から深海の浸水が始まる。
復旧するにせよ、このまま滅びるにせよ、両者の見解は一致している。
「「――ッッッ!!!!」」
互いの拳に思いと信念を乗せ、ぶつけ合う。
遮る者が誰もいない空中では、激しい閃光が迸った。
◇◇◇
都市の浸水が始まった。ゲートが設置されるここは、地理的に山頂に位置する。海に沈むとすれば最後であり、今すぐ避難しなくとも生き長らえるだけの猶予がある。考える時間は残されているわけだが、状況がそうさせない。
「始まったか……。逃げるぞ、早く!」
勝手知ったるジャコモは、腕を引っ張り、ゲートに寄せる。計算され尽くした脚本。大脱出劇のクライマックスなんだろうが、どうも気に食わねぇ。ピタリと足を止め、ほんの数秒だろうが、納得できる答えを導く時間を稼ぐ。
「…………」
ふと見上げた上空には、戦っているジルダと修道士がいた。意識を散らして逃がすことが狙いだろう。恐らく相手は、逃亡を遮る障害。多少の被害と自分の身を犠牲にする覚悟で、戦いに挑んだ。尊重してやりたい気持ちもあるが、同時にどうしても見過ごせない問題も存在する。
「おい、番人! 今から住民全員の避難は可能か?」
「まず不可能だ。助けられて全体の三分の二が限界だろう」
告げられるのは、残酷な数字。ポジティブな要素を抽出してはいるが、言い換えれば三分の一が犠牲になるって意味でもある。見ず知らずのやつだから関係ねぇって切り捨てるのは簡単だが、それだと道理に反する。その選択をした時点で、人としての何かが欠ける気がした。『神』なら自然の摂理だと割り切るんだろうが、僕は『人間』でいたい。ラウラ・ルチアーノとしての個を貫きたい。
だからこそ――。
「ジャコモ……数秒だけ僕に時間をくれ。終わったら言うことを聞いてやる」
スラックスのポケットから取り出すのは、裁ちばさみ。
それを左手で握り、相手を納得させられるだけの条件を添える。
「何かあるならやってみろ。……ただし、チャンスは一度きりだ」
苦い顔をしながらも、ジャコモは案の定、許可。
掴んできた腕を放し、与えられたのは数秒の猶予時間。
どれだけ速く動けようが、今の僕だとワンアクションが限界。
――だが、それで十分だ。
「………………」
全身に纏うのは白光。全力全開の意思の力。
全ての技の出力と精度を左右する、基礎の基礎。
足りなければ失敗に終わり、足りれば成功に終わる。
単純明快な理だ。創造性も操作性も全て光量に依存する。
以前とは比べものになんねぇほどの光が満ち、僕を包み込む。
――教皇になったからか、なる前に色々あったのか。
何も分からねぇが、使ってやらない道理はねぇ。
正真正銘、僕の所有物だ。誰にも文句は言わせねぇ。
心を整え、意思を安定させ、見るのは足元。都市の地面。
左手に余りある力を全て集め、大きく息を吸い、準備は万端。
上空で行われる戦いから目を背け、僕は感情を込めて言い放った。
「切り取り――ッッッ!!!!!」




