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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第69話 回帰

挿絵(By みてみん)





 日本神話を深く掘り下げれば、二つの体系に辿り着く。天照大神あまてらすおおかみを中心とした皇帝家の起源を記す『記紀神話』と、大国主大神おおくにぬしおおかみを中心とした国造りに関する内容が記された『出雲神話』じゃ。転換点となったのは8世紀頃。日本という名が成立し、国家として機能し始めた頃、当時の政権にとって都合のいい形で各地の神話を編纂し、『記紀神話』が出来上がった。都合の悪かったものは排除され、強い風当たりを受けたのが『出雲神話』と言われておる。主に国家が成立する過程で起きた面倒事、それにまつわる伝承や伝説などは闇に葬られたらしい。


 その中心にいたのが、『瀧鳴大神たきなりのおおかみ』だと読んでおる。


 当時を経験したわけではなく、当時を知るであろう天照と直接会話できるほど親しくないため、これは予想でしかないが、恐らく『黒渦』と似たようなことが起きた。地震か、火事か、津波か、噴火か。一般人の見え方はなんでもいいが、大勢の犠牲者が出たはず。それをそのまま記すわけにはいかんわな。仮にも『大神』と名のつくものが、無辜の民を大量虐殺した事実などあってはならん。最初は政権側が後ろめたいことを隠すために『記紀神話』を編纂したと思っておったが、事実は逆じゃな。裏の『出雲神話』があまりにも過激な内容すぎて、後世に伝えるわけにはいかんかった。『瀧鳴大神』という邪神を信仰させるわけにはいかんかった。天災として暴れ回る神をどうにかして止めなければならんかった。


 だから出雲は国を譲った。


 当時の政権に統合される見返りとして戦力を借り、両陣営が協力して邪神を封印したってところが真相じゃろうな。結果的に『瀧鳴大神』の名は廃れ、最近まで活動は制限されていた。そう考えれば、一応の辻褄は合う。神は有名であればあるほど力を増し、忘れ去られるほどに力を失う。長期の封印を試みるなら、存在そのものを知られない状態にするのが最も手堅く、自力で復活されるリスクを抑制できる。『記紀神話』が主流になったのも頷けるな。社会的にも政治的にも理に適い、神対策としてもバッチリじゃった。


「…………」


 歴史は繰り返す。『瀧鳴大神』の復活をもってして、混沌の時代が訪れようとしている。それを阻止するために、敵対していた陣営が手を結び、神送りの生前葬が行われようとしている。上手くいけば天災は免れる。首都バレッタに住まう大量の一般人が救われる。頭では分かっておる。最善だと理解している。……それでも。


(嫌な予感がしよる。このまま何も起こらんといいが……)


 異様な緊張感と共に、わらわたちは首都の道路を進む。


 聖マルタ大聖堂を目指し、各陣営は足並みを揃えていった。


 ◇◇◇


 首都上空。そこで繰り広げられるのは、因縁の闘い。


 個人的な感情をぶつけ合い、本筋から逸脱しつつあった。


「「――――」」


 正面でレイピアと警棒を受け止めるのは、金髪坊主姿の悪魔クオリア・アーサー。白スーツに袖を通し、大した武器は持たないものの、二体の分身を呼び出せる意思能力を持っている。現在は元の状態に戻り、一対一の状況に持ち込めているものの、追い込んだ気がしない。三対一の状況と比べれば楽なはずなのに、攻防を繰り返すごとに敵は急激に成長し、むしろ追い込まれている気がしていた。


「思考に耽るとは……いい度胸だ!!!」


 するとクオリアは得物をいなし、空中で一回転し、踵落としを放つ。


「――――ッッッ」


 どうにか左腕で防ぐものの、勢いは殺し切れない。


 急速に落下していき、地面が差し迫っているのが見える。


 甘くなかった。思いつきの戦闘スタイルで倒せる相手じゃない。


 ――あったのは、根拠のない熱量だけ。


 『罪人を裁く』という動機だけで自分を奮い立たせた。


 筋は通っているが、勝てる理屈がない。根拠に欠けている。


 レイピア×警棒の組み合わせはユニークでも、中身がなかった。


 現状、攻めだけならレイピアのみの方がいい。刺突×光線は使える。


 一方の警棒は持ち腐れ状態で、攻めに集中できず、マイナス要素だった。


(能力開発はマスト。対クオリアを想定したものなら勝率は上がるだろうが、それだと潰しがきかない。個人的感情と合理的思考は切り離さなければならない。意識を向けるべきは、警棒という文化と文脈。それに沿った能力を開発し、私の感情が乗った時に真価を発揮する現象こそが、センス!!!)


 勢いだけで動いていた私に歯止めをかけ、思考を修正。


 自分にとって正しい方向を見定め、検討し、想像を巡らせる。

 

「…………」


 警棒は犯罪から身を守るために存在する。攻めるわけじゃなく、守りの手段として用いるべきだ。レイピアとの差別化を図る極めて重要な要素であり、形状からして打撃との相性がいい。とはいえ、守りと打撃を両立させるのは難しい。攻撃を受けるのと、警棒で殴るのはイメージが繋がらない。上手い言い訳がいる。双方を成立させるだけの条件付けが必要になる。 それも、クオリアに依存したものではなく、戦闘全般で今後も運用できるスタイルを確立しなければならない。


「さて、戦闘も大詰めだ」


「受け切れないなら死んじゃうよ」


「覚悟はいいね? これが僕らの全力全開」


 正面、背後、頭上。クオリアは二体の分身と共に、悪魔特有の羽根を使い、落ち行く私と並行に移動する。それぞれ両手を掲げ、センスを集中させ、意思弾系の技を行使しようとしているのが分かる。考えられる時間は限られ、今度は手加減をされる保証はなく、答えを出せずにいると命が尽き果てる。本来なら焦るべき場所だった。目の前に死が迫り、動揺しない方がおかしい。


 ただ、私の心は驚くほど落ち着いていた。


 この闘いは私が望んだ。こうなることは頭の片隅にあった。今更、焦る必要はない。命を張る覚悟と理由はすでに示し、ここで死んでもいいと腹をくくってある。何も怖いものはない。私が選んだ決断であれば後悔がない。あの状況から起き上がれた時点で、私は私の人生を生きている。誰かに縛られることなく、自分に嘘をつくこともなく、今を真っ当に楽しんでいる。……だから。


「「「南十字砲サザンクロス!!!!」」」


 迫り来るのは、十字に走る紫色の閃光。


 加減した様子はなく、彼の発言にも嘘はない。


 本気と本気のぶつかり合い。情け容赦ない真の闘い。


「――刑法第125.25条を適用」


 私は法律を駆使する。前職の知識を間借りする。


 法の専門家ではないものの、行使する権利は持っている。


「「「…………」」」


 クオリアたちは珍しく息を呑んだ。


 小言や軽口を挟んでくることはなかった。


 全力の砲撃を浴びて、無傷でいる私に動揺した。


 秘匿するわけにはいかない。被告には聞く権利がある。


「第二級殺人罪を適用。本戦闘中に限り、私は全てを相殺する」

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