第69話 回帰
日本神話を深く掘り下げれば、二つの体系に辿り着く。天照大神を中心とした皇帝家の起源を記す『記紀神話』と、大国主大神を中心とした国造りに関する内容が記された『出雲神話』じゃ。転換点となったのは8世紀頃。日本という名が成立し、国家として機能し始めた頃、当時の政権にとって都合のいい形で各地の神話を編纂し、『記紀神話』が出来上がった。都合の悪かったものは排除され、強い風当たりを受けたのが『出雲神話』と言われておる。主に国家が成立する過程で起きた面倒事、それにまつわる伝承や伝説などは闇に葬られたらしい。
その中心にいたのが、『瀧鳴大神』だと読んでおる。
当時を経験したわけではなく、当時を知るであろう天照と直接会話できるほど親しくないため、これは予想でしかないが、恐らく『黒渦』と似たようなことが起きた。地震か、火事か、津波か、噴火か。一般人の見え方はなんでもいいが、大勢の犠牲者が出たはず。それをそのまま記すわけにはいかんわな。仮にも『大神』と名のつくものが、無辜の民を大量虐殺した事実などあってはならん。最初は政権側が後ろめたいことを隠すために『記紀神話』を編纂したと思っておったが、事実は逆じゃな。裏の『出雲神話』があまりにも過激な内容すぎて、後世に伝えるわけにはいかんかった。『瀧鳴大神』という邪神を信仰させるわけにはいかんかった。天災として暴れ回る神をどうにかして止めなければならんかった。
だから出雲は国を譲った。
当時の政権に統合される見返りとして戦力を借り、両陣営が協力して邪神を封印したってところが真相じゃろうな。結果的に『瀧鳴大神』の名は廃れ、最近まで活動は制限されていた。そう考えれば、一応の辻褄は合う。神は有名であればあるほど力を増し、忘れ去られるほどに力を失う。長期の封印を試みるなら、存在そのものを知られない状態にするのが最も手堅く、自力で復活されるリスクを抑制できる。『記紀神話』が主流になったのも頷けるな。社会的にも政治的にも理に適い、神対策としてもバッチリじゃった。
「…………」
歴史は繰り返す。『瀧鳴大神』の復活をもってして、混沌の時代が訪れようとしている。それを阻止するために、敵対していた陣営が手を結び、神送りの生前葬が行われようとしている。上手くいけば天災は免れる。首都バレッタに住まう大量の一般人が救われる。頭では分かっておる。最善だと理解している。……それでも。
(嫌な予感がしよる。このまま何も起こらんといいが……)
異様な緊張感と共に、わらわたちは首都の道路を進む。
聖マルタ大聖堂を目指し、各陣営は足並みを揃えていった。
◇◇◇
首都上空。そこで繰り広げられるのは、因縁の闘い。
個人的な感情をぶつけ合い、本筋から逸脱しつつあった。
「「――――」」
正面でレイピアと警棒を受け止めるのは、金髪坊主姿の悪魔クオリア・アーサー。白スーツに袖を通し、大した武器は持たないものの、二体の分身を呼び出せる意思能力を持っている。現在は元の状態に戻り、一対一の状況に持ち込めているものの、追い込んだ気がしない。三対一の状況と比べれば楽なはずなのに、攻防を繰り返すごとに敵は急激に成長し、むしろ追い込まれている気がしていた。
「思考に耽るとは……いい度胸だ!!!」
するとクオリアは得物をいなし、空中で一回転し、踵落としを放つ。
「――――ッッッ」
どうにか左腕で防ぐものの、勢いは殺し切れない。
急速に落下していき、地面が差し迫っているのが見える。
甘くなかった。思いつきの戦闘スタイルで倒せる相手じゃない。
――あったのは、根拠のない熱量だけ。
『罪人を裁く』という動機だけで自分を奮い立たせた。
筋は通っているが、勝てる理屈がない。根拠に欠けている。
レイピア×警棒の組み合わせはユニークでも、中身がなかった。
現状、攻めだけならレイピアのみの方がいい。刺突×光線は使える。
一方の警棒は持ち腐れ状態で、攻めに集中できず、マイナス要素だった。
(能力開発はマスト。対クオリアを想定したものなら勝率は上がるだろうが、それだと潰しがきかない。個人的感情と合理的思考は切り離さなければならない。意識を向けるべきは、警棒という文化と文脈。それに沿った能力を開発し、私の感情が乗った時に真価を発揮する現象こそが、センス!!!)
勢いだけで動いていた私に歯止めをかけ、思考を修正。
自分にとって正しい方向を見定め、検討し、想像を巡らせる。
「…………」
警棒は犯罪から身を守るために存在する。攻めるわけじゃなく、守りの手段として用いるべきだ。レイピアとの差別化を図る極めて重要な要素であり、形状からして打撃との相性がいい。とはいえ、守りと打撃を両立させるのは難しい。攻撃を受けるのと、警棒で殴るのはイメージが繋がらない。上手い言い訳がいる。双方を成立させるだけの条件付けが必要になる。 それも、クオリアに依存したものではなく、戦闘全般で今後も運用できるスタイルを確立しなければならない。
「さて、戦闘も大詰めだ」
「受け切れないなら死んじゃうよ」
「覚悟はいいね? これが僕らの全力全開」
正面、背後、頭上。クオリアは二体の分身と共に、悪魔特有の羽根を使い、落ち行く私と並行に移動する。それぞれ両手を掲げ、センスを集中させ、意思弾系の技を行使しようとしているのが分かる。考えられる時間は限られ、今度は手加減をされる保証はなく、答えを出せずにいると命が尽き果てる。本来なら焦るべき場所だった。目の前に死が迫り、動揺しない方がおかしい。
ただ、私の心は驚くほど落ち着いていた。
この闘いは私が望んだ。こうなることは頭の片隅にあった。今更、焦る必要はない。命を張る覚悟と理由はすでに示し、ここで死んでもいいと腹をくくってある。何も怖いものはない。私が選んだ決断であれば後悔がない。あの状況から起き上がれた時点で、私は私の人生を生きている。誰かに縛られることなく、自分に嘘をつくこともなく、今を真っ当に楽しんでいる。……だから。
「「「南十字砲!!!!」」」
迫り来るのは、十字に走る紫色の閃光。
加減した様子はなく、彼の発言にも嘘はない。
本気と本気のぶつかり合い。情け容赦ない真の闘い。
「――刑法第125.25条を適用」
私は法律を駆使する。前職の知識を間借りする。
法の専門家ではないものの、行使する権利は持っている。
「「「…………」」」
クオリアたちは珍しく息を呑んだ。
小言や軽口を挟んでくることはなかった。
全力の砲撃を浴びて、無傷でいる私に動揺した。
秘匿するわけにはいかない。被告には聞く権利がある。
「第二級殺人罪を適用。本戦闘中に限り、私は全てを相殺する」




