第68話 天災
神は時にして、人類に試練を課す。洪水、地震、台風、火事、豪雨、豪雪。『天災』と呼ばれる自然現象を通して、大勢の死者を出す。それを偶然と呼ぶには浅はかであり、全てを必然とするには陰謀論が過ぎる。適度なバランスが重要であり、全てに関与しているわけではないが、確かに神の思惑は存在している。
生命の循環を進めるため。
人間→悪魔→魔獣→神という進化の法則が存在し、人類を死に追いやり、選別することも神の役目だった。それを善しとするか、悪しとするかは各々の立場による。神目線では天界の増員が見込めるが、人類目線の場合は害悪でしかなかった。
「――――」
刃影を殺害した瀧鳴大神は止まらない。鎧兜ごと脳を貫いた小刀を抜き去り、明後日の方向に視線を送る。そこには、小十郎や椿、生前葬進行中のマルタ騎士団の姿があったが、眼中にない。個々に気を配ることはなく、全体を見ていた。
効率よく生命を循環するにはどうすればいいか。
答えは至って単純であり、瀧鳴大神が至る結論も同じだった。握る小刀の折れた切っ先には波紋が走り、並々ならぬ神の意思が注がれている。神と同格の存在か、一部の例外を除き、人間はアレを視認することはできない。結果的に『天災』と呼ばれる所以であり、一般人にとっては予知も対策も物理的に不可能だった。
「――――黒渦」
瀧鳴大神は刃を地面に突き立てる。波紋が広がり、うねりとなり、渦となる。人間界の常識では推し量れない事象が発生する。人はそれを超常現象と呼び、理解することを拒んだ。政府の陰謀や秘密結社の責任とし、現実から目を背けた。しかし、結果は揺るがない。神が行動を起こしたのは事実であり、天災に原因があるのも事実であり、その枠組みから外れた超常現象であるのも事実。
分類名は『都市氾濫』。
小刀を中心点として、周囲の建物が渦巻き、一帯を破壊する現象。都市そのものが水であるかのように作用し、溢れ返ろうとしている。首都を丸々沈めるほどの出力が観測され、被害が進行すれば、40万人ほどの増員が見込める模様。
「止められんとでも思ったか?」
それに対抗するのは、黄金色の瞳を輝かせる椿だった。内に宿る天照大神の力により神の意思を可視化し、『時空』の魔眼により天災の進行を食い止める。被害は最小限に留められ、現状、刃影を除いた死者は出ていない。ただ、根本的な解決にはなっておらず、時止めの対象は『黒渦』。瀧鳴大神を対象にしたものではなく、行動に制限はかからない。椿を倒すことができれば、『都市氾濫』は再び始まる。
「ソレデ我ヲ止メラレルトデモ思ウタカ?」
瀧鳴大神は魔眼の欠点を見抜き、徒手空拳で椿に襲い掛かる。彼女は能力特化の使い手。素の戦闘力で両者を比べるなら、瀧鳴大神に軍配が上がる。ただ、不利な土俵と理解した上で真正面から戦うとは限らず、それに甘んじる存在ではない。
「聖十字礼装――【拳天槍牙】」
突如、椿の背後から飛来したのは二つの赤い突起物。ワイヤー式のアンカー構造となり、根元には赤い修道服と赤いマントを着た赤髪の女性。大宗務長は瀧鳴大神に狙いを定め、彼女が装備する赤色の両手甲から疑似的神槍が放たれている。由来から考えれば、瀧鳴大神にも特攻があると思われ、行動阻害効果が見込める。ただそれは、命中すればの話であり、奇襲とはいえ対処不能の速さではない。
「――――」
瀧鳴大神は右手の裏拳を振るい、突起物の片方を難なく破壊。残すところ一つとなった脅威に目を向け、左手を握り込む。造作もなく壊せる実力を備えており、余裕をもって起きた事態に対処しようとしていた。
「………………」
そこに割り込んだのは、円形の銀盾を掲げる蒼髪の男ダヴィデ。黒のエージェントスーツを着ており、冷静沈着な表情とは相反する情熱的な緋色の目を大神に向け、拳撃を盾で弾く。いかな膂力とセンスを備えようとも、『反射』の前では無力。
「――――ッッ」
瀧鳴大神は致命的な隙を晒し、彼と入れ替わるように飛来したのは赤い突起物。吸い込まれるように、彼の胴体に突き刺さり、動きを捕縛し、『都市氾濫』は未然で阻止されることになった。しかし、これもまた根本的な解決とはならず、瀧鳴大神の意識がある限り、『黒渦』の被害が拡大する恐れがある。その上で注目が集まるのは、大宗務長の動向。手を貸した理由と、敵同士だった陣営を結ぶ目標設定が欠かせない。ただ、奇しくも答えは足元に転がっている。初めから綿密に計画されていたように、両陣営に利のある展開が用意されている。
「生前葬は神送りの儀式。人間界を荒らす粗暴な神は天界へ帰って頂く!!!」
こうして生前葬は、概ね予定通りに進行する。
共通敵が両陣営を固く結びつけ、天界に仇をなした。




