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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第67話 石火之機

挿絵(By みてみん)





 悪魔ってのは欲と物質に囚われた人間らしい生き物だ。悪逆非道の限りを尽くす存在、もしくは、悪い奴が稀に善行を働く憎めない不良……ってのが世間的な印象ってところか。人間との共通点は多く、欲を起因にしたトラブルを演出しやすいため、昨今の創作物では神よりも悪魔の方が相対的に登場頻度が高いと思ってる。実際に悪魔界を見てきた俺だから言えるが、それらのイメージはなにぶん的外れってわけでもなく、概ね正しい。そもそも人間が死ねば、大抵の場合は悪魔になる。魂と肉体は継承され、角、羽根、尻尾などの悪魔的要素を追加され、第二の人生が始まる。まぁ、悪魔は人じゃあないから悪生とでも言うべきか。なんにせよ、ベースは人間だ。まずは交渉して、決裂すれば敵対っつう政治的な手順を踏むだけの知性はある。


 一方の神ってやつは、極めて難解だ。無欲と精神に重きを置いた幽霊みたいな存在……なんだが、人間や悪魔のように実体はなく、目で見ることはできねぇ。だから、物質や肉体を間借りする。俺たちが見えるレベルまで品格を落とし、ようやく認識できる。どういう行動原理で動いているかは神によって異なるだろうが、本来の仕様だと天界で課せられたシステム通りに動く。例えば、『人間界を監視しろ』が使命だったとして、神はそこから脱線しない。欲望や自我ってもんが存在せず、機械やAIに近いもんだと思ってる。仕組みで動いてるのは分かるが、個々が何を考えているかは全く分からん。天界の大元がなんなのかも不明だし、悪魔や人間の目には見えねぇから物理的に知ることは難しい。まぁ、ぶっちゃけて言うなら、人間味のない『おもんない奴』ってのが俺が神に抱く印象だった。


 ……ただ、何事にも例外ってのは付き物だ。


 これは仮定の話になるが、神が人間に乗り移った場合、事情が変わるんじゃないかと思ってる。物質的な肉体に囚われることで条件が変わる可能性がある。例えば、人に宿った神は使命から解放され、感情と自我が芽生えるとしたら……。


「――――――」


 夜助の身に宿る推定大神は、折れた【小刀・濡羽烏】を拾い上げる。相変わらず、気配やセンスを感じることはなかったが、落ち着いた物腰とゆったりとした動きが、奥ゆかしさとおどろおどろしさを両立させている。不安や焦りとは無縁の存在だった。恐らく、精神的には『石火之機』よりも上。俗に言うゾーンやフローなどの自分に過集中した状態による自然な動作じゃなく、自分と他人の境界が外れた『悟り』に近い領域にいる。集中するという認識すらなく、倒したいという自我もなく、全ての事象をあるがままに受け入れた状態。


 ――『無為自然』。


 言ってしまえば、『おもんない奴』の究極系みたいな存在だった。自分という枠組みに囚われた俺の思想とは相反する。ポジティブに受け止めるなら、アレが伸び代。『石火之機』にも成長の余地があるってことなんだろうが、あれじゃあ『植物』と同じだ。俺は自分の為なら頑張れるが、自分の目的を忘れて動作するイメージが湧かねぇ。……やっぱ欲望があってこそだろ。それこそが生きるってことだろ。思想が合わない奴とバチバチにやり合うのが面白いんだろ!!!


「………………」


 俺は自然な動作で左腰にある刀に右手を添える。『石火之機』に至った俺には必殺技はいらねぇ。1と10は隣り合った数字だ。初心者と達人の差は紙一重だ。『抜刀』という動作は抜刀術で一番初めに覚える基本動作だが、一通りの技を覚えれば結局ここに戻ってくる。初心に戻ることが奥義だと気付く。


 刀を抜いて、斬る。


 ただそれだけだ。俺は俺のままで在りたい。それこそが俺の個性であると信じたい。格上の領域にいる推定大神をも凌駕すると思いたい。……ま、今のは雑念だな。結果がどうなろうと構わないが、俺のやり方は最後まで貫きたい。


「「………………」」


 俺たちは間合いをはかり、三歩ほど離れた距離で睨み合う。勝負は一瞬でつく。そんな予感があった。敵の小刀は真っ二つに折れたままだが、警戒に値する脅威を感じていた。刃折れの状態でも夜助の肉体を操るなら俺を殺れる。そんな無条件の信頼を寄せてもいい数少ない好敵手だった。中身が大神なら尚更だ。動機も使命も状態も仮説が当たってるかも不明だが、敵対しているのは確か。夜助との闘いがまだ終わってねぇんだったら、ここで決着をつける必要がある。


 ――シャン。


 状況分析と感情と思考を整理し終えたところで、鈴を鳴らしたような耳に届く。幻聴かとも思ったが、確かに聴こえた。『耳から出血した』という物理的な現象をもってして、敵の意思能力を感知することになった。もはや俺の意識レベルからすれば些細なことだった。負傷にいちいち反応するようなこともなく、ただ没頭する。流れを読む。刀を抜くタイミングを待ちわびる。


 ――シャン、シャン、シャン。


 気付けば、敵の姿は消えていた。耳障りな鈴の音が響き、超人的な移動能力を兼ねているのが分かる。いつ来てもおかしくはない。どこから仕掛けられても不思議じゃない。どれほど鈴の音を聴き続けることになるか分からない。それなのに、俺の心はひどく落ち着いていた。今じゃないと心が教えてくれていた。俺は俺を信用する。感覚に身を委ねる。痛みに悶えることもなく、来るべき時を待つ。……明確な根拠があったわけじゃない。一連の動作の延長線上かもしれない。ただの的外れな予感かもしれない。それでも身体は勝手に動き出した。

 

 ――シャン。

 

 ――今!!!


「――――」

 

 期せずして俺は『抜刀』する。白い刃を露わにして、逆袈裟の角度で斬撃を起こす。凝縮された風とセンスが刀身に纏われ、放たれたのは正面。


「――――」


 俺の読みは当たっていた。感覚に身を委ねた成果は出ていた。敵よりも先に動き、斬撃は見る見ると推定大神に迫り、その身に届こうとしていた。……だが、そこからの時間があまりにも長い。体感数秒は経過しているが、ようやっと1ミリほど進んだような感覚。肉薄はしているが、身には届かない。脳と感覚の理解が追いつかず、時間と距離は急ぐほどに引き延ばされると錯覚してしまうほどの遅延があった。それでも、止まれない。今更、引き戻すことはできない。選択は変えられない。


「…………」


 意地と信念を貫き通した果てに、俺は気付いた。


 もう死んでいる。悪魔の次のステージへと進んだのだと。

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