第64話 対夜助
上級者の闘いってのは、互いの手札が出揃ってようやく始まる。初見殺しに頼るのは初中級者の発想だ。対応された後のことを考えてない使い手が多く、得意技や得意連携が通用しなかった時点で思考停止。パフォーマンスが30%ほど落ち、大抵はワンパターンな動きに陥る。初見殺しのバリエーションを増やすのも一つの手だが、格上相手には通用しねぇ。食らってから即座に修正されるか、そもそも食らわないことがほとんど。雑魚狩りに重きを置きたいならいいが、真に成長したいなら搦め手に固執するべきじゃねぇってのはすぐに気付いた。
だから今のは、『お通し』でしかない。
あの程度で倒れるなら、居酒屋で枝豆だけ食って会計を済ませるような貧弱野郎だったってことだ。裏を返せば、今の攻防を無傷で終えた夜助は必要最低限のマナーを弁え、『定番』も『下手物』も『裏メニュー』も食べられる余地は十分に残ってるわけだ。こうなる日を想像して、俺はみっちり仕込んだ。悪魔界で格上だろうと積極的に挑み続け、出世コースから外されても、なんら後悔はなかった。
『夜助を倒す』のは死ぬまでに成し遂げたい目標の一つだ。
俺自身を成長させ続けたいっていう動機と熱量が根底にあるが、それは終わりのない目的ってもんになる。『誰々を倒したい』と胸の内で抱え続けるのはいいが、それを永遠のテーマにするのは俺の中では違った。あくまで通過点でしかなく、終わらせる気概と自信と覚悟を持つことでしか道は切り拓かれないと知っていた。これは、スピリチュアル一歩手前だが、腹の底から自分のことを信じ切れないと、何事も成し遂げられないと思ってる。努力も才能も環境も結果も二の次だ。俺で例えるなら、『夜助を倒したい』を軸の中心にした時点で勝てない。勝てるビジョンが描けない。闘う前から負けている。外的評価に依存し、内的動機を軽んじている。夜助の物差しと匙加減に俺の成長幅は強く制限され、俺本来のパフォーマンスを一生引き出せない。夜助がわざと負けたらどうする。夜助が過剰に俺を評価したらどうなる。夜助がいなくなったら俺の熱量はどこに向く。モチベもメンタルも夜助の発言や状態に左右され、最終的には俺が進むべき方向性を見失う。他人に主導権を握らせるってのはそういうことだ。あくまで出発点は俺である必要があり、進路を決めるのも俺だし、その道中に楽しさを見出すのも俺でなければならない。結局、幸せってのは主観的なもんであり、自分のコントロールできる範囲に留めた方が無難だ。他人に介入を許すほど壊れやすくなり、幸も不幸もコントロールできなくなる。まぁ、他人とは言っても、『家族』や『恋人』や『仲間』や『友達』なんて概念もあるし、それを頭ごなしに否定するつもりはないが、俺が求める『強さ』には紐づかない。
意思の力は内的エネルギーだ。
魂が乗らないとセンスも乗らない。パフォーマンスが落ちれば、勝てる相手にも勝てない。外的要因に心を明け渡すほど、出力は安定しない。そうなったら本末転倒だ。寝ても夜助。起きても夜助。食っても夜助。何をするにしても、誰を相手にするにしても、夜助夜助夜助。一度その状態になった俺だからこそ理解できる。そんなもんは『強さ』とは呼ばない。特定の個人に依存した心の『弱さ』だ。結果的に誰かに執着するよりも、俺自身に目を向けた方が出力は安定した。爆発力には劣るかもしれねぇが、長命の悪魔にとっては長期目線で成長曲線を描く方が合理的だった。
俺は今、『強さ』と『弱さ』の狭間にいる。
「「――――――!!!!」」
繰り返されるのは、不可視の刀と伸縮自在の小刀との衝突。
仇敵との再会が感情の引き金となり、俺のセンスは向上していた。
喜ばしいことではあるが、同時に脆い。夜助という個人に依存した状態。
(断ち切るのは俺だ! お前との宿縁をここで終わらせる!!)
本腰を入れる。上級者の領域に踏み入れる覚悟を決める。
刀による戦闘スタイルの基盤は、『抜刀』と『納刀』にあった。
『抜刀』によって空気の層とセンスを重ね、光の屈折率が変化する。
結果的に不可視の刀が出来上がり、リーチを誤認させる効果が見込める。
それを『納刀』することで空気圧を解放。任意の場所に不可視の斬撃を生む。
――勘違いされがちだが、『真空』とは違う。
空気が全くない状態であり、空気を操る俺の能力とは真逆だ。
将来的には可能だろうが、現段階では実用に足る技量に届かない。
仮に使えても、空気に支配される世界では維持するコストが重すぎる。
『真空切り』なんてのは幻想でしかなく、空気解放の方が簡単で楽だった。
――次の攻防では相手の理解力と対応力が試される。
同じ技で押し切りたいのは山々だったが、奴の感覚は鋭い。
本質を見誤ろうと、そういうものがあると分かっていればいい。
解放は優先的に警戒すべきだし、返しに意識を割くのが夜助の本命。
ここで俺がお出しするのは『定番』メニュー。能力の応用であり、王道。
「…………風波」
カチンと音を鳴らし、剣戟の合間を縫って、俺は納刀。
背後から解放された力が勢いよく吹きつけ、『追い風』となる。
「――――っっ」
反対側に立つ夜助にとっては、『向かい風』。
未来視紛いの反応を押さえつける空気の壁を展開。
返しに意識を割いた分だけ反応が遅れ、俺は流れに乗る。
「絶刀!!!」
勢いを維持したまま抜刀し、切り上げる。
不可視の切っ先は夜助の右脇下を捉え……そして。
「――――」
気付けば刀と右肩が飛んでいた。『追い風』に乗ったはずの俺の方が。




