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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第62話 暗中模索

挿絵(By みてみん)





 総長グランドマスターとの戦闘を身近で体験したのは、私しかいない。謁見時にいた面々は黒い結界に視界を阻まれ、良くも悪くも中を確認することはできなかったはずだ。停電のタイミングを読み、わざわざ閉じた世界を演出したのは、周りを巻き込まないためだった。総長との敵対は外交の予定になく、結界に閉じ込めた上で戦えば、彼らに火の粉は降りかからない。個人的な事情で衝突したのは状況的に明らかであり、仮に敗北したとしても私が独断でやったことだと言い訳が立つ。結果的に私は負け、聖痕の如き癒えない傷を右腕に負い、白教サイドの身内は見逃された訳だが、もう一度敵対した場合、どうすれば勝てるというのだろうか。


 『因果の入れ替え』が可能なら、戦う以前の問題だ。


 いくら作戦を練り、対総長用の能力を開発しようと、敵味方の認識が反転し、戦おうという気が起きないはずだ。良き隣人となる可能性もあり、悪しき隣人の記憶を植え付けられた可能性もある。客観的に判断するのは困難であり、仮に総長との因縁が事実だったとしても『強さ』の物差しだけで戦うことはできない。


 唯一の対抗策と言えば、ソフィアが持つ『正常』の魔眼だろうか。現在は使用不可能とのことだが、話を聞いた限り、『カマッソソ』と接触すれば恐らく使えるようになるはず。そこに至るまでには様々な課題をクリアする必要があったが、もはや避けて通ることはできない。個人的な感情を抜きにしても目に余る、やんごとなき事情が窓枠の向こうに広がっていた。


「突入には……時期尚早か」


 青猫ラウラのそばには、白銀の鎧を纏う総長の姿。


 私は仇敵に背を向け、ビリーと共にソフィアの行方を捜した。


 ◇◇◇


 迸るのは個人的感情。属する組織とは関係ない武士との衝突。


 小十郎との剣戟を重ね、唐突に脳裏に浮かんだのは暗がりの雑木林。


『――――――』


 そこで冷めた目を向けるのは、黒髪の青年。黒い和服に袖を通し、右手には黒い小刀、左手には銀のメリケンサックが装備される。小十郎と似た裂傷を負いながらも、感情を露わにすることはなく、淡々と左手を俺の頭に振り下ろした。


 俺を殺した相手の名は――『夜助』。


 骸人むくろびとが日本と人間を支配する戦獄時代に立ち上がったレジスタンスの一員だ。妖術師『八重椿』と共に仲間を集め、滅葬具っつうオーパーツのような未知の兵器を巧みに扱い、あれよあれよと主要拠点を攻略。最終的に夜助は、骸人の生みの親である天海様を討伐し、平和の礎を作ったとして『六英傑』と呼ばれるようになった。早々に殺された俺は生で見届けることはできなかったが、地獄で間接的に見ていた。骸人側だった俺からすれば、怨み妬みが本来の反応だっただろう。……だが、当時の感情はその真逆。薄っすら夜助のことが誇らしかったのを覚えている。負けるべくして負けた。世の中を変えるやつに殺されたなら踏ん切りがつくってな。


 それに、一度死ねば人間界での因縁はリセットされる。昔、骸人だったってだけで、死んだ後も骸人を推したいと思うことはなかった。薄情というか、即物的というか。俺は自分に得がないならどうでもいいと思うタイプらしい。典型的な自己中心野郎だったが、自分は自分だ。今更、変えようがないし、変えるつもりもない。


 俺は俺の事しか考えない。


 そんな精神的な基盤を確立できたのも、良くも悪くも夜助のおかげだった。殺されたのは損だが、それを補って余りある得があったって評価なんだろう。奴を評価する項目が好きか嫌いかの二択しかないなら、好きってことになるはずだ。面と向かって認めてやるのは絶対に御免だが、自分に嘘はつけない。その面影が小十郎からチラつく。直接的な因果関係はないんだろうが、『刀に負けた』という間接的な因縁が過去の俺と今の俺を結び付けた気がした。


「「――――――!!!」」


 衝突するのは刀と左手甲。見えない繋がりがセンスに磨きをかけ、攻防力操作により斬撃を滑らせるように捌く。対刀剣に関して言えば、他の奴らよりも頭が一つ抜けている感触があった。実際、小十郎相手に意思能力を使わずとも善戦し、右手甲が欠けた甲冑で押し切りつつある。刀を抜くまでもなく、勝つのは時間の問題。


「そんなもんかぁ!! 武士なら意地を見せてみろや!!!」


 俺は小十郎の間隙を突き、どてっぱらに蹴りを食らわせる。回避や反撃が伴うことはなく、直撃。奴は道路を突っ切って、大通りの方まで飛ばされていった。確かな手応えはあったが、今ので決着がつくとは微塵も思ってない。奴は必ず立ち上がる。俺の期待に応えてくれる。更なる成長を遂げて俺に刀を抜かせてくれる。夜助の情景が小十郎に重なり、それが全幅の信頼に繋がっていた。


「――――っっ」


 反論の声が聞こえるより先に響いたのは、派手な衝突音。小十郎が飛ばされた先には箱状の何かがあり、それが緩衝材となって停止したのが分かる。思った通りというべきか、運が良かったというべきか。パッと見だと大した傷はなく、戦闘続行は十分可能に思える。……だが、どうも様子がおかしい。小十郎が受け身を取ったというよりも、誰かが受け止めた感がある着地。物陰になってよく見えねぇが、背後には何かがいる。気配は一切感じなかったが、その予感は的中した。


「「…………」」


 ヒソヒソと話し合う声が聞こえ、小十郎は何を思ったのか物陰に刀を振るった。ジャキンと重々しい音が鳴り、背後にいた人物が跳躍する。現れた第三者は俺の正面で着地し、あの頃と一切変わらない風貌で黒い小刀を右手で握っていた。


「………………」


 その光景を前に、俺の身体は歓喜に打ち震えていた。『なぜ』なんて論理的な思考が挟まれることはなく、かといって昔話を酒の肴に馴れ合うつもりもない。今の俺を突き動かすのは、感情的な本能!!


「あの日の再燃といこうや!!! 夜助ぇぇぇええっっ!!!!」


 そして俺は、迷うことなく刀を抜いた。

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