第60話 規格外
アルカノイド用コントローラーの構造は至って単純。移動用のパドルと発射用のボタン、ただそれだけ。十字キーやABボタンですらなく、パドルを回転させることで左右に移動し、ボタンは一つのみ。棒崩しとしての用途に機能を絞り、無駄が一切ない洗練されたデザインは一種の芸術品だった。通常プレイで棒崩しを楽しむことはもちろんとして、私の目に留まったのは説明書に書かれた注意書き。
――『他のゲームでは使用しないでください』。
やるなと言われれば、やってみたくなるのが本能。片っ端から反応を試し、アルカノイド用のコントローラーと最もシナジーがあったのは『ベースボール』だった。本来のゲーム上の仕様では、既存の野球のルールに則り、攻守で打者と投手を交互に操作して、9回裏までに選んだチームを勝利に導くのが基本となる。打者はバットを振る、バント、左右移動の操作。投手はボールを投げる、左右上下の変化球、敬遠の操作に限定される。そこで例のコントローラーを使用すればどうなるか。
――攻守の概念が崩壊する。
パドルを操作すれば、投手側なのに打者のバッドを振らせることができる。ボタンを押せば、打者側だろうと投手がボールを投げる。ゲームの仕様上、想定されていない操作方法を可能とし、明らかなボール球なのに、打者を操ってバッドを振らせ、ストライクを無理やり取ることだってできる。それだけでも十分楽しめたけど、このバグ技はボールを投げた後に真価を発揮する。
「規格外の超変化球……。攻守を無視して意のままに操れる……」
投手の少年は、真っ先に異様な法則に気付く。
異様な緩急がついた八つの球弾を見て、確信する。
答え合わせをする気はなく、言うことは決まっていた。
「――プレイボール」
盤上を支配する私は、冷静に淡々と試合を開始する。
主導権が失われた八つの球弾は、元の主に向かって牙を剥く。
「……ッッッ!!!」
少年が体表面に展開したのは、球弾を反射する薄い結界。
球弾を追加する愚行には及ばず、防御に100%の意識を割いた。
思惑が透けて見えたけど、なんでもいい。今はゲームを愉しみたい。
「「――――――」」
球弾と結界の衝突。幾多の攻防を通じて、意識は溶け合う。
攻守の感覚が入り混じり、本能のままに己が意思をぶつけ合う。
展開された結界は徐々に崩されていき、ゲームクリアは目前だった。
「「……………………」」
そこに訪れたのは空白の間。緩やかに流れる時。
原因は明らか。崩れる最後の結界から現れたカプセル。
取ればどうなるのか。そんな知的好奇心が湧き、手を緩めた。
「――――」
少年が手にしたのは赤いカプセル。Lと書かれた強化アイテム。
当然、中身は知ってる。純粋な破壊力を持つブロック崩しの代名詞。
「「――光線的破壊!!!!」」
私たちの左右の空間から放たれるのは、無数の球弾。
変化を及ぼすことはなく、直線に飛び、正面で衝突する。
数に限りはなく、同種の同威力技なら、試されるのは連打力!
「「――――――ッッッ!!!!!!!!」」
私はボタンを連打し続け、少年はそれに対抗し続ける。
攻守の概念は存在せず、想定された仕様から逸脱していた。
――これを長らく求めていた。
同じゲームで遊んでくれるプレイヤーを欲していた。
バグ技に翻弄されず、王道に徹する存在を待ちわびていた。
一方的に押しつけることはあっても目線が同じだったことはない。
――私は今、この上なく満たされている。
「「………………」」
鬼気迫る連打勝負の果てに、訪れたのは沈黙。
これ以上の争いは不要という判断を態度で示していた。
「もう、いいんじゃないかな」
「――私も同じこと思ってた」
どちらが倒れるわけでもなく、至った結論は恐らく同じ。
似通った趣味を介して通じ合い、それは目的と勝敗を超越した。
「「――友達になろう」」
ガシリと握り込んだ同志との握手は、きっと二度と忘れない。
というよりも、この先もずっと覚えていたい貴重な思い出だった。




