第6話 予定調和
水中都市ラグーザ北端。頂上付近。
建物の物陰に隠れ、ひっそりと様子を伺う。
「…………」
見えるのは杖を持った番人と円形状のゲート。ちょうど荷車に物資を積んだ現地民が移動するところで、一部始終を見ていた。見た限り、手順はそこまで複雑じゃねぇ。チケットを手渡し、積み荷を軽く調べ、本人確認して、いくつか問答を重ねる。バチバチのアナログ方式で、機械による自動化は一切されてない。
まぁ、空港の搭乗手順と似たようなもんだ。杖を叩いて開かれたゲートに住民が入り、荷車と共に亜空間に消えていく。地上にあるゲートにワープしたんだろう。限られた人にしか出入りが許されてねぇのか、頻繁に移動する様子はねぇ。作業量的にも忙しいようには見えず、番人も一人だけで無警戒もいいところだった。
「アレなら楽勝だな。番人をのせば終わりだ」
「いや、もっと楽な方法がある。ついてこい脳筋女」
カチンとくる一言だったが、否応なしにジャコモへついていく。下見をすっ飛ばした本番のようにも思えたが、さすがにそこまではやらねぇだろう。あくまで警備の欠陥を間近で見せて、体感させるのが目的と見た。
「――――――」
「おい待て、どこまで」
しかし、ジャコモは一向に止まる気配がなく、番人とゲートの方に向かい、一直線に進んでいく。打ち合わせのない展開に戸惑いながらも、流れと勢いには逆らえず、気付けばゲート前。ギロリと睨みを利かせた黒髪長耳の番人は言った。
「……ご用は?」
声音は低く、服装は白十字が刻まれた黒の修道服。背は高く、身体は引き締まっていて、ただの魔術師には見えねぇ。不穏分子がいくら出てこようとも一人で十分。そんな自信と気概を立ち居振る舞いから感じ取ることができた。
「大人一名。渡航許可はもらってる」
ジャコモが懐から取り出したのは、一枚の紙切れ。チラッと見えたが航空券のようなものだ。偽造防止用の刻印が刻まれ、行き先や有効期限などが印字されている。一名というからには、実演するつもりなんだろう。ゲートの欠陥はお前の目で見つけてみろってことかもしれねぇな。
「渡航理由は?」
「貿易だ」
「荷物は?」
「目の前にあるだろ」
「詳細は?」
「……あぁ、かったるいな。奴隷だよ、奴隷!」
問答の末に、ジャコモは切れ気味に理由を語る。
「はぁ!? ちょっと待て。そいつはどういう――」
意味は分かるが、強引な展開を前に声を荒げようとする。
だが、すぐにジャコモの手で口を塞がれて、喋れなくなった。
「何か手違いがあるようだが?」
「逃げるための演技ってやつさ。見たら分かるだろ?」
「納品書と身請の書類は揃っているか? 念のため確認しておきたい」
叫んだせいか番人の警戒感は増し、悪い方向に転がる。
さすがにここまでは用意してねぇだろう。ここいらが限界。
戦闘を考慮して、臨戦態勢に入り、最悪の心構えをしていると。
「ほらよ。これで十分か?」
事前に用意していたのか、ジャコモは折り畳まれた紙を渡す。
それを受け取った番人は隅々まで目を通し、最後にこちらを見る。
まさか、身体検査か? なんて考えていると、結果は明らかになった。
「…………通ってよし」
木彫りの杖をトンと地面に叩きつけ、ゲートが開かれる。
どうやら、僕が寝てた間に書類関係はクリアしていたらしい。
これなら厄介事を起こすことなく、正規ルートで脱出できるはず。
奴隷に関しては色々と思うことがあったが、憤るのはこの場じゃねぇ。
問題は――。
「待て。ジルダはどうした? あいつも出る約束だろ?」
「彼は来ない。お前を出すために、犠牲になるつもりだ」
◇◇◇
宿屋『ベネット』二階。客室。
「いやはやいやはや。こんなところに壁面収納があったとは」
大政務長は壁を突き破り、覆った布切れを剥がす。
水色の結界越しに見えるのは、教皇用の指輪と修道服。
「……何か弁明されますか? マランツァーノ君」
長い黒色の前髪から、下卑た笑みを覗かせ、問いかける。
分かり切った非を認めさせるために、意地の悪い問答を続ける。
――全部、読めていた。
いずれこうなることは分かっていた。
改訂された『シビュラの書』に記されていた。
ラウラが来ることも、ボクがここで犠牲になることも。
――だから。
「……………………白い牙!!!!」
右手から放たれるのは、名前とは異なる水色の蛇。
最大の障害である大政務長を牙を剥き、盛大に噛みつく。
「――――」
大政務長は受けざるを得ず、壁を突き破り、上空に浮上。
そこで勢いが留まることはなく、ドーム状の天井に衝突する。
大穴が開き、深海の水が流れ込んで、水中都市の崩壊が始まった。
特に感傷に浸ることもなく、心が震えることもなく、思うことは一つ。
「予言通り、です」




