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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第58話 真価

挿絵(By みてみん)





 『自己像幻視体ドッペルゲンガー』による分身は二体までと決めている。完全自律型の分身を三体以上作るのはクオリアのリソース的に厳しく、将来的には不可能ではないだろうが、それだけで頭の中を埋めたくない。『余白』があってこそ心と体にゆとりが生まれ、意思能力者としてのパフォーマンスに直結する。『考える』のも大事かもしれないが、『考えない』ことを決めるのも同じぐらい重要だ。


 なんせ脳は身体のエネルギーの約20%を常に消費する。


 意思能力も例外じゃなく、複雑な能力を詰め込み過ぎれば、脳の負担が増し、センスの消費量が増える。何も『考えない』状態なら常時80%の攻防力を割り振ることができるとして、複雑な能力を『考える』状態だと常時50%の攻防力しか割り振れない。センスの総量が同じ使い手だったとすれば、その差は顕著であり、能力戦での攻防は『考える』方に分があるかもしれないが、肉弾戦での攻防は『考えない』方に分があることになる。どちらも一長一短であり、状況に応じて使い分けるのが理想。平和だったからこそ理詰めが神聖化されがちな現代社会ではあるが、闘争が激化するこれからの時代は頭の中を空っぽにしておいた方がいいこともあるわけだ。


 『自己像幻視体ドッペルゲンガー』を解除したのもそれが理由だ。


 肉体的なパフォーマンスを上げることを優先し、一対三の劣勢に挑んだ。そもそも分身は諜報用の能力だ。その延長線上にある暗殺や奇襲には適しているかもしれないが、種が割れた状態で常時展開するのは読み合い的にもリソース的にも厳しい。……まぁ、百体や千体の分身が作れるなら話が変わってくるが、モチーフから逸脱するのは頂けない。ドッペルゲンガーは三位一体の構造であるからこそ意味がある。


(やはり……僕の仮説は間違ってないな……)


 都市上空から打ち落とされる中、確かな手応えを感じる。先の攻撃は分身を展開していれば、間違いなく気絶級の一撃だった。だが、耐えた。意識は残った。仮説は間接的に証明された。『考えない』ことでリソースが増した攻防力以上の要素。類まれな副次効果が彼の意思能力には備わっている。


「――自己像幻視体ドッペルゲンガー


 僕はあえて『考える』。能力にリソースを割き、三対三の状況に持ち込む。一匹はシルクハット男、もう一匹は執事老人、僕はレイピア女に標的を絞った。脳の使用量は50%であり、常時運用可能なセンスは50%。分身も同条件であり、パフォーマンス的に不利なのは変わりないが、さっきの僕たちと今の僕たちは全くの別物だ。


「「――――」」


 再び作り出されたのは、一対一の状況。空中戦。もはや言葉は不要であり、肉体言語のみが唯一の意思疎通手段となり得る。


「――!!!!」


 先に仕掛けてきたのは、レイピア女だった。複数の結界を足場に使い、背面から刺突を繰り出す。レイピアの先端から意思を飛ばす能力の性質上、刺突を放った直線のリーチは無限に近い。もちろん飛距離に限りはあるだろうが、物理的に考えて、一瞬で直線の射程圏外に逃げることはできない。そのため、前後移動による回避は得策とは言えず、レイピアによる直線の軌道を見切った上で左右移動による回避が最も有効に見える。……ただ、敵も馬鹿じゃない。左右移動は想定済みの行動であり、克服すべき欠点。何らかの対策を講じてくると思っていいだろう。


「…………」


 僕はあえて前後移動で避けた。レイピア女と同じ進行方向で移動し、僕の身にギリギリ届かない切っ先を見つめる。向こうにとっては想定外の好条件。『考えない』ことに意識を割き、攻防力にゆとりを持たせる戦闘スタイルだったからこそ、彼女の答えは自ずと一つに絞られた。


「――――」

 

 レイピアの切っ先に集中するのは黄色のセンス。色味からしても、得物の形状からしても、イメージしやすい観点からしても理に適った能力。先ほどは大絶賛したわけだが、来ると分かっていれば怖いものではなかった。


「――」


 僕は蹴り上げ、レイピアの軌道を上方に修正する。直後、黄色の閃光が天に走り、レイピア女は致命的な隙を晒していた。それを見逃すほど僕は優しくない。


「――!! ――!!! ――!!!!」


 容赦なく放ったのは、拳と蹴りの乱打。特定の部位に固執することなく、本能とセンスが赴くままに体術を叩き込む。現段階の常時攻防力50%の状態でどこまで通用するか。それを見極めるための実験でもあった。


「……っっ」


 唇に血を滲ませる彼女は、レイピアを握り込み、刺突を再開する。やはりというべきか、倒すには至らない。怯ませて後退させることもできないレベル。肉弾戦では彼女にまだまだ分がある。……だがそれは、さっきまでの話だ。


「「「――――――」」」


 同じく攻防を終えた分身を僕は回収する。知識と経験を吸収し、血肉に変える。意思の総量が跳ね上がるのを感じる。言いようのない高揚感に包まれていく。正体は確定した。副次効果の仮説は検証された。疑う余地は一切残っていない。


 ――『疑似トリニティ反応』。


 この世には同じ魂を持つ存在が三名いると言われている。それらが出会い、接触を果たせば、全員の知識と経験を備えた一名となり、センスの総量も爆発的に向上する。会わない期間が長ければ長いほど、積んだ経験が濃ければ濃いほど、実力者であればあるほど、『トリニティ反応』の効果が期待できるのはもちろんのことだが、生涯で一度限りしか許されない最上の成長機会。


 それを僕は短い期間で何度もできる。


 『自己像幻視体ドッペルゲンガー』で分身し、経験を積み、回収することで恒久的な成長を重ねることが可能となる。意思能力が封じられる、もしくは、本体が死ねば終わりが来るわけだが、それさえ避ければ僕の成長曲線は青天井だ。


「ズルとは言わないでくれよ。これも勝負だからね」


 全身に紫色のセンスを滾らせ、僕は何も『考えない』。


 右手にセンスを集中させ、あからさまな攻撃態勢を見せた。


「――――!!!」

 

 反射的にレイピア女は切っ先から黄色の閃光を放つ。


 悪魔の弱点である頭部を狙い、殺すつもりで仕掛けていた。


 もう彼女と読み合う気はない。繰り出す手を変えるつもりはない。


「遅い――――ッッ!!!!」


 繰り出すのは右手による突き。爪を尖らせた刺突。


 電車内では相打ちに終わった代わり映えのない体術だった。


 ――しかし。


「…………………ッッッッ」


 同じじゃない。さっきまでの僕たちとは別次元の存在だ。


 放たれた閃光を打ち消し、意思製の切っ先を折り、懐に迫る。


 このまま身を貫けば絶命するだろう。そう確信できるほどの威力。


「…………」


 僕は手心を加える。手刀を握り込み、拳に変え、叩き込む。


 直撃を余儀なくされたレイピア女は失神。僕の側に倒れ込んだ。


 それを受け止め、再び二体の分身を生じさせて、地上へと運ばせる。


 特に感慨にふけることもなく、僕は地上に目を向け、静かに言い放った。


「……あと二人」

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