第57話 得意技
首都北部屋上で行われるのは、三対三の意思能力戦。対する相手はレイピア女とシルクハット男と執事老人だ。各々の得意技は不明。体術の水準は軒並み高く、並みの手練れではない。すでに分身術を明かした僕の方が不利とも言えるだろう。彼らを倒すことはマストじゃないが、放置すれば救出作戦に差し障る。都市の状況も予想がつかない方向にシフトしつつあり、いち早く教皇ラウラを回収し、この魔境から抜け出すのが最優先事項だった。本来の目的は外交だったが、先日行われた総長との謁見から考えても、話し合いのフェイズは終了したと思っていいだろう。
その上で考えるべきは、どこまでやるかだ。
今の僕の立場としては、悪魔と人間の橋渡し役でしかない。求められる立ち回りは脇役。少なくとも、今回の主役よりも控えめに見せる必要がある。僕の手腕で諸々の問題を全て解決できるかもしれないが、各々の成長が鈍化する上に、悪目立ちするのは避けたい。かといって、手を抜けば殺処分濃厚といった具合。
(程よいプレッシャーだ。腕を磨くにはちょうどいい)
プラスよりもマイナスの要素が多いアウェイの中、僕の心は躍っていた。精神的には人よりも年齢を重ねているわけだが、成長が止まるわけではない。固定的なマインドではすぐに追い抜かれる。目の前にいる使い手のみならず、人類全体の能力値は急速に向上している。【火】の概念消失という危機に直面し、成長を余儀なくされている。負けてはいられない。宿主のポテンシャルを最大まで引き出し、常に進化し続けることが今の僕に課せられた使命に直結する。
「――――」
僕は二体の分身を回収し、元の一匹の悪魔へと戻った。
自ずと三人の目線が合い、散らばっていた敵意は僕に向く。
向こう目線から考えれば、畳みかけるには頃良いタイミングだ。
「飛燕舞踏会!!!」
そこで飛来するのは、シルクハットだった。
糸と意思を自在に扱い、不規則な軌道で迫り来る。
「――――」
僕が用いたのは、『瞬獄』と呼ばれる悪魔特有の移動法。
瞬間的な移動を可能とし、黒い煙を伴い、ハットが空を切る。
悪魔汎用技術のため、既出の可能性もあるが、一人は落としたい。
「……」
移動先に選んだのは、シルクハット男の側面。
致命的な隙を晒し、僕は彼の首筋に蹴りを放とうとした。
「展示物立体表現技法」
それを予期していたのか、執事老人が迫り、能力を繰り出す。
懐から取り出した物体を巨大化させ、僕の身体は打ち上げられる。
「――――ッッ」
正体は電車。質量には抗えず、上空に放り出される。
耐え得る衝撃だったが、姿勢制御には数瞬の隙を要した。
「――――!!!」
そこに飛来したのはレイピア女だった。
得物を扱い、執拗なまでに刺突を繰り返す。
集中力を要する瞬獄は困難で回避は難しい状態。
「……」
防御を余儀なくされ、センスでレイピアの軌道を逸らす。
直撃は避けられたものの、浅い傷を作り、身体は吹き飛んだ。
背中は壁に衝突し、その一部をくり抜いて、訪れた先は電車の中。
「「――――」」
重力に引かれながら、僕はレイピア女と向かい合う。
本来なら一対三だが、今という時間で区切れば一対一だ。
ここで倒し切る。少なくとも、一対二の状況まで持っていく。
「――」
僕は瞬獄を用い、相手の直上に瞬間移動。
車内天井を蹴りつけ、勢いのまま右腕を振り抜く。
尖らせた爪は刺突武器に成り代わり、彼女の右肩を狙った。
「――――」
すかさず反応を示した彼女は、レイピアを突き出す。
僕が放った爪と相打つ形となり、拮抗状態となっている。
攻防は五分に思えるが、違う。彼女は手の内を見せていない。
「…………」
拮抗する切っ先は怪しく輝き出し、センスは収束する。
ゾクリと鳥肌が立ち、僕は本能の赴くまま身体は動き出した。
「――っ」
安易に瞬獄に頼ることなく、首を逸らし、対応。
その直後には、細い光線が車内の天井を貫いていた。
基礎的な技術だが、刺突のアクセントに加われば厄介だ。
発動は任意、距離に制限はなく、初動は速く、貫通力もある。
レイピアの形状と性質に合うためバフがかかり、防御困難だろう。
連続で浴びせられたら、瞬獄を用いたとしても、被弾は避けられない。
(シンプルながら良い能力だね。本人の実力が上がれば上がるほど脅威は増す。折れたレイピアの先をセンスで形作り、レーザーの発射口とするアイデアもいい。得意系統は不明だが、繊細な操作を要求されない分、状況や体調に左右されにくいだろう。……ただ)
第三者なら手放しで褒めたいが、僕は彼女の敵だ。
攻略する方に思考を回し、落下する車内と共に行動開始。
「――――」
彼女は刺突を繰り出そうとするも、腰が入らない。
足元が不安定な場となり、身体的には僕が有利だった。
「……!!」
わずかな間隙に放ったのは、バードストライク。
悪魔の羽根を胴体にぶつけ、彼女を車外へ弾き出す。
窓を突き破り、空中へ放り出したが、決着はついてない。
あの程度ではやられない。これでは一人に戻った意味がない。
(さてさて……この程度で壊れてくれるなよ!)
車内を飛行し、連結部分を解除して、それを持ち手とする。
1両の重さは約30トン。10両編成だから約300トンってところか。
それを両腕で分担しても、片腕の重さは150トン程度にはなる見込み。
「………!!!」
ズシリと両腕が下がり、確かな体積と質量を感じる。
ミチミチと筋肉が悲鳴を上げ、放したい欲望に駆られる。
それでも耐える。踏みとどまる。筋力と意思力で正気を保つ。
空中に放り出された女性に狙いを定め、ヌンチャクの如く振るう。
――実現するのは質量の暴力。
10両編成車両を得物に変え、それを存分にぶつける。
過剰防衛もいいところだが、彼女なら受け切ると信じていた。
「…………」
遠心力が加わり、見る見ると迫る車両は衝突寸前。
一名脱落のビジョンが見える中、戦況には動きがあった。
「――――」
遅れて現れた執事老人が電車に触れて、ジオラマ化。
レイピア女は空中受け身を取っており、戦闘可能の状態。
振り出しに戻ったわけだが、敵の攻撃は終わっていなかった。
「…………!!!」
一瞬の隙を突き、背中に衝突したのはシルクハット。
地上でしたり顔を浮かべる男の顔が見え、僕は地に落ちた。




