第56話 人生万歳
声と弓が踊る。各々が信じる音を奏でる。
型に縛られない即興的な韻と旋律が衝突する。
期せずして出会った異なる趣が対立を引き起こす。
「「――――」」
あらゆる声や音には、固有の周波数が存在している。
全く同じ周波数をぶつければ、音は増幅されるのが基本。
音圧が加算されて、協奏曲のような重みのある響きに繋がる。
リディアの技量であれば、韻と同じ周波数を合わせることは可能。
ビリーの声を引き立て、聴衆が聞くに足る音色にするのは容易だった。
――しかし、二人が奏でる音色は『無音』。
音が増幅し合うことはなく、打ち消し合っている。
同じ周波数を奏でながらも、逆位相の波形が衝突する。
二人は互いの音を認識しているものの、第三者に届かない。
ノイズキャンセリング機能のイヤホンと同じ原理で音楽を殺す。
ビリーが原因ではなく、周波数が見えるリディア側に問題があった。
――彼女は弓で音を切る。
バイオリンを奏でることなく、相手の音楽を否定する。
逆位相の音色が半自動的に奏でられ、引けを取ることはない。
ビリーの能力が韻を聴いた者を標的とするなら、極めて有効な対策。
――ただし、それが最適解とは限らない。
「見ざる言わざる聞かざる。臭いものには蓋をする。異なる生き様を否定する。見え透いたのはお前の腐った根性。狭い度量。歪んだ感情。それを否定する俺も同胞? 凡庸? 釈迦に説法? んなわけあるかい、お前は悪逆非道!!」
刺激したのは、ビリーの敵愾心と反骨精神。
彼の音楽魂に通じる不平不満が喉奥から溢れ出す。
皮肉にもリディアの所業は、彼のセンスを最大化させる。
――『人生万歳』
韻を踏み、否定されることで発動するカウンター型の意思能力。
相手に依存し、常用不能のリスクを抱えるが、条件を満たせば強い。
平常時では系統や出力的に厳しい大技であろうとも、実現を可能とする。
「…………っっ」
リディアは目を見開き、息を呑んだ。
現れたのは、彼と心が通うアーティスト集団。
暴力に甘んじることはなく、非暴力に全てを割り振る。
抑圧された感情の解放。各々が自分を表現する術を知っていた。
「「「「「「――――!!!」」」」」」
彼らは音楽に固執する。サイケデリックロックを奏でる。
黄金期となる1960年代を呼び起こし、伝説的なバンドは蘇った。




