第54話 新たな領域
私の原点……マルタ・ヴァレンタインが得意とするのは、『体術』と『剣術』。意思能力では肉体系に該当し、細かい能力を抜きにして他を圧倒するのが彼女の戦闘スタイル。マルタの遺伝子を参照にして生まれた私にも受け継がれていて、肉体的な条件は五分といっても過言じゃない。
差が出るしたら、技量。
戦闘経験値が初期化された今、長期戦になればなるほど不利になる。動きの幅や選択肢が狭く、体術が相対的に単調になり、そこを絡め取られる。全盛期ならまだしも、通常の攻防にこだわるのは賢くない。今の私でワンチャンがあるとしたらアレだ。リスクを承知の上で、ラッキーパンチの一発KOに賭けるしかない!
「「――刹光!!!」」
首都上空に迸ったのは、稲妻の如き意思の奔流。
拳と拳がぶつかり、衝突と同時にセンスが込められる。
総量が同じなら、打撃時の出力誤差が少ない方が威力で勝つ。
――しかし、技量は五分。
同タイミングを示す『雷』エフェクトを伴い、拳は拮抗している。
差が生まれるなら、一方が異なる反応を見せ、雌雄が決するはずだった。
(さすがは原点……。ラッキーパンチは通用しないか……)
打ち砕かれるのは、初手で仕留め切るという淡い願望。
もちろん想定の範囲内で、倒す算段がないわけじゃなかった。
「やはりというべきか。あんたは致命的な勘違いをしてるね」
「…………?」
「いつ、あたいが『肉体系』だと言った?」
マルタが口走る言葉に鳥肌が立つのを感じる。
仮に事実だとすれば、自分にも関係のある話だった。
得意を伸ばすのが王道だと信じ、彼女の生き様をなぞった。
その前提が崩れる。最強だった私がひどく矛盾した存在に見える。
「待って……。それって……」
至る結論に思考が追いつかない。感情の整理がつかない。
初期化した今なら取り返しがつく要素だけど、受け入れられない。
「――独創世界『福音の扉』」
衝突した拳を握り込まれ、マルタは手印を成立させる。
木製の両扉が展開し、肉体系が到達不可能な領域に導かれた。
◇◇◇
噴水広場には、相当な手練れが集結している。生前葬の喪主を務める大宗務長だけでも面倒だが、辺りにいる修道士の数が尋常じゃない。それもほとんどが『修道誓願』済みの第一級騎士相当だ。実力はピンキリだろうが、全員を相手にするには骨が折れる。片っ端から倒し切れとの命令だったら、一人で実現するのは困難だろう。全盛期であろうとなかろうと、無茶な内容となる。
――ただ、今回の任務は『陽動』だ。
必ずしも倒す必要がなく、時間を稼げるならそれでいい。
多くの騎士団の注意を引けるなら、期待された役割は果たせる。
「聖エルモ砦の多重構造結界は非常に参考になった」
騎士団で満員の噴水広場で口走るのは、端的な感想。
結界を極めようと思った俺にとっては革新的な技術だった。
全てを取り入れることは出来ないが、部分的なら取り入れられる。
「褒めても何も出ませんよ? 手加減されるとでもお思い?」
正面で相対する大宗務長は、刺々しい態度で接する。
その反応も無理はなく、言葉だけならなんとでも言える。
問題は行動だ。発言に中身が伴っているかはそれで決定する。
いくら自分を誇示しても、目に見えなければ評価のしようがない。
「ささやかな夢のひと時を永久に感じるがいい」
俺は彼女との会話を成立させることなく、手印を形作る。
両手でフォーカスを合わせるように演出し、中央には大宗務長。
これは芸術系と感覚系の複合技。自分の世界に固執しない独自の手法。
「――仮想世界『現実逃避行』」
◇◇◇
出会いは突然だった。運命の人は突然現れた。
目と目が合い、欲望が抑えきれず、思いが溢れ出す。
「どうかこの私めと結婚してください!!」
搦め手を用いることなく、ドストレートに感情をぶつける。
思い立ったが吉日。仮に盛大に振られたとしても後悔はなかった。
「……俺で良ければ、喜んで」
期せずして婚約が成立する。人生の絶頂期が突如訪れる。
噴水の勢いが増し、ハートの模様を描くと、花火が上がる。
あり得ないサプライズ。仕組まれたような劇的なプロポーズ。
「「「「「――――――――」」」」」
そこに響き渡るのは、参列している修道士の万雷の拍手だった。
惜しみなく結婚を祝福され、挙式が行われる準備は既に整っている。
「では、共に歩みましょう。私たちのウェディングロードを!」
気付けば、純白の花嫁衣裳に着替え、新郎の腕に寄りかかる。
いつの間にか白のタキシードを着る彼は、快く受け入れようとした。
「ちょっと待った!! そう言わざるを得ませんね」
そこに声がかかり、結婚式を邪魔立てするのは紫髪の女。
黒のフォーマルスーツを着ていて、参列するモブと思われる。
気になる点と言えば、縁起の悪い刀を腰に帯びていることだった。
「女の嫉妬は見苦しい。そう思いませんこと?」
「男に目が眩んだ女よりマシ。私はそう思いますね」
彼女は刀を抜き、紫色のセンスを纏い、戦闘態勢。
衝突は避けられそうにないものの、これも何かの縁でしょう。
「挙式を邪魔するなら、死に晒せ! この性悪大お局女狐が!!」




