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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第52話 作戦開始

挿絵(By みてみん)





 私が背負う肩書きは大宗務長グランドコマンダー。マルタ騎士団における四大官職の一人。宗教活動全般の仕事を一任され、大罪人の死刑執行に引き続き、任された催し物は生前葬。湿っぽい仕事ばかりで気が滅入るけど、文句は言っていられない。これは私が望んだこと。これは私が主役の舞台!


「…………」


 赤いマントを翻し、黒の修道士が左右に列をなす先頭に立つ。出発地点は噴水広場トリトン・ファウンテン。騎士団の教義に沿っていれば、生前葬の内容はある程度の融通が利く。冠婚葬祭の服は黒が無難? 知らんがな。私は大宗務長であると同時に第二級騎士に分類される修道士。赤を基調としたマントと修道服が正装。第一級騎士にはエニタイムなれるけども、あえてなっていない。黒に染まりたくない。赤は見るからに目立つし、『修道誓願』を行っていないことの何よりの証。周囲に仕事ぶりとステータスをアピールできる上に、貞潔に縛られないで済む。


 ――つまるところ、結婚がしたい!!


 これは理想の殿方に出会うためのプロセス。他人の冠婚葬祭を完璧にこなせてこそ、良い運気と婚期が巡ってくると信じている。そのためにも生前葬は手を抜けない。責任をもって仕事を全うしなければならない。途中で投げ出すことなどあってはならない。全ては自分のため。運命の出会いを演出するスパイスなのだから。


「――――」


 そこに閃光の如く現れたのは、一人の殿方。短くツンツンした蒼色の髪が特徴で、鍛えられた筋肉が浮き彫りになる黒のエージェントスーツが良く似合う高身長イケメン男性。左肩には銀のフクロウを乗せるものの、もはや眼中にない。


「……貴方のお名前は?」


 仕事と恋愛の狭間で揺れ、公私が入り混じる中、捻り出した言葉は最低限の面子を保てるもの。反応次第でいくらでも変わる。無限の選択肢が広がり、求婚される可能性だってある。この答えが出ない甘いひと時をエターナルに感じたい。そんな乙女チックな思いに駆られながらも長くは続かない。短く儚いドラマチックな出会いを十分に堪能すると、意中の彼は気さくに質問に答えた。


「ダヴィデ・アンダーソン。生前葬を台無しにする男の名だ」


 ◇◇◇


 時刻は22:00。ラウちー救出作戦は決行された。本命は言うまでもなく、青猫になったラウちーなんだけど、正面突破だと人数的に不利すぎる。騎士団と飼い主は見るからに手練れだし、戦闘経験値が初期化され、『正常』の魔眼が封じられた今となっては、昔みたいに腕っぷしだけで突っ切るわけにはいかなかった。


 そこで用意したのは陽動。


 生前葬を阻もうとするダヴィちゃんに意識を向けさせ、こっちは救出に動くのが今回の作戦。陽動役は相応の危険が伴うけど、他でもないダヴィちゃんなら何とかするって信じてた。私は攻めで、彼は守りの専門家スペシャリスト。戦闘経験値が初期化されようとも、人の本質ってのは変わらない。むしろ、昔と違って補助系の能力を忘れたことで、ダヴィちゃんの中には良い意味で『余白』が生まれた。一つ前の舞台……トルクメニスタン内の戦闘では才能が開花されつつあり、私の予想だとこの修羅場で化ける。本作戦で偉業を成し遂げることができれば、『黒級こっきゅう代理者エージェント内の序列を更新する可能性だってある。最終的には私や原点さえも……。


「待ちな、被験体001。あんたにうろちょろされるのは何かと面倒でね。久々にあたいが稽古をつけてあげるよ。生かさず殺さず程度にね」


 都市の屋上を移動する中、不意に声がかかる。


 切っても切れない縁がある相手が正面に立っていた。


「マルタ・ヴァレンタイン……。私の原点オリジナル……」


 ◇◇◇


 生前葬の騒動に紛れ、開始1時間前に行方不明となった青猫ラウラを見つけ、奪取する。それが我々の役目。教皇を拉致されたのが分かった時点で見過ごすわけにはいかず、騎士団との外交どころか、白教の威信がかかった行事に成り代わった。


 これは宗教戦争の一歩手前だ。


 教皇が引き渡されるまで矛を収めることはできず、騎士団との解釈違い……教義の対立を引き起こす可能性が極めて高い。白教は物質主義から非物質主義『グノーシス派』に移行したが、騎士団は禁欲主義的な『カタリ派』を貫いている。教皇の拉致には直接関係ないものの、事実が明るみになった場合、白教側が黙っているとは思えない。恐らく、教皇の拉致は表沙汰にせず、教義の違いを理由に宗教戦争に発展するだろう。名目は信じるものの違い、イデオロギーの対立となるため、どちらかが滅びるまで終わらない。『正義』と『悪』の闘いであり、騎士団も同じように対抗する。もはや、個人的な問題では済まず、救出失敗=戦争突入は同義だった。だからこそ、本作戦の失敗は絶対に許されない。


 現在は悪魔側の派遣団と散り散りになり、限られた人数でありながら、人海戦術で捜索を進めている。集団で動くより、個々で動いた方が効率がいいと判断した次第だ。ただ、枢機卿という立場もあり、先日の傷も癒えていないことから修道女と共に首都バレッタを捜索することになったが、成果は出ない。ホテルから急に青猫が忽然と消えたことから、第三者の関与があったのは明らかだったが、手掛かりもなく都市をこうして片っ端から捜索するのが現状の手一杯だった。


「枢機卿。一つ懺悔があるのですが、よろしいですか?」


 都市の屋上を移動する中、修道女イブから声がかかる。


 今までにないほどの不気味な声音で、物々しい空気を感じる。


「聞きましょう。……ただし、手短に済ませるように」


 私は潔く足を止め、彼女の問いかけに応じる。


 敬虔なる信徒に耳を傾け、簡易的な告解の場を設ける。 


 嫌な予感しかしなかったが、これも枢機卿としての役目だった。


 結果としてどうなろうが、この流れを止めることは私にはできなかった。


「私は裏切り者(ユダ)です。全力で邪魔させてもらいますね!」

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