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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第5話 下見

挿絵(By みてみん)





 水中都市から地上に通じるゲート。それが山なりの街の頂上付近にあるらしく、ジャコモと共に僕は下見を開始していた。海底にあるとは思えない風情ある石造りの家を背景に、斜面になってる道を上がっていく。通りすがるのは、長耳に民族的な衣装を着た一族。教皇だとバレれれば恐らく即戦闘に発展するが、身元が割れる品々……指輪とか修道服は宿屋の壁内に隠してきた。さらにそれらをジルダの結界で覆い、表面を布地で隠し、解かれればすぐに察知できる上に、ジルダが出入りを見張っているという隙のねぇ四段構えだ。現状、不安や緊張感はなく、心置きなく観光気分で出歩くことができた。


「そういやぁ、ジャコモの元チームメイト二人はどうしたんだ。名前は確か……ルーチオとリリアナだったか」


 その道中で僕は雑談に興じた。ジャコモとの因縁は、数か月前に行われた武道大会、『ストリートキング』っつぅ舞台で戦った対戦相手だ。ルールは三対三のチーム戦で残り二人が見当たらねぇ。状況から考えれば、ここが奴らの地元なんだろうが、味方がいるなら多いに越したことはない。仮に伏兵だったとしても、どこにいるかは把握しておきたかった。


「あいつらなら、今は訳あってマルタ騎士団に所属してる。下っ端も下っ端だが、見かけたら頼れ。話は通してある」


「……ようするに、スパイってやつか?」


「ま、そんなところだ。大手を振ってマフィアをやるには、資金も人脈も実績も経験も不足してるんでね。下積み時代ってやつさ」


 語られるのは、納得の理由。前回戦った時から大した時間は経ってねぇし、いくら成長したといっても、いきなり大手マフィアになるには実力不足だ。段階を踏むのは地に足がついてるっつーか、現実味のある堅実なプランだった。出会った頃の井の中の蛙的なオラオラ感は抜けて、一つずつ積み上げようとしてる。

 

 大人になった。


 そう一言で済ませるのは簡単だが、こんな謙虚な奴だったか? という疑問がある。変化と成長をこの目で見たわけじゃないからこその違和感。言ってることは分かるし、納得もできるが、そんなキャラじゃねぇだろってのが率直な感想だ。何か裏があるような気もするが、協力してくれてるのは事実。今は頭の片隅に置いて、ゲートのことだけを考えた方が無難だろうな。


「下積みねぇ。色々と事情がありそうだが、深くは聞かないでやるよ。……それより、お前はこの街だとどういう立ち位置なんだ? 都市名と同じ『ラグーザ』ってファミリーネームは偶然じゃあねぇんだよな?」


 話題を切り替え、掘り下げる方向を変える。気になったのは、ジャコモの出自。きっと、余所者に位置する僕とジルダには知り得ない歴史がある。土地名がファミリーネームになるってのも珍しい話じゃねぇが、偶然にしては出来過ぎていた。


「アラゴン王家……だったか。今から1000年以上前にいた王族の末裔らしい。統治する領土をファミリーネームにして、その名残が俺に受け継がれた。……とは言っても、今はとっくに没落してる。お情け程度の住民権はあるが、一市民以上の権力を持ってないってのが現状だ。協力はしてやれるが、過度な期待はしてくれるな」


「なるほどな。概ね理解したが、お前が頭じゃねぇならトップは誰なんだ?」


 行き着くのは自然な疑問。願うことなら出会いたくない相手。


 ジャコモはピタリと足を止め、険しい表情を作って質問に答えた。


「――大政務長グランドチャンセラー。外交や行政を統括するマルタ騎士団の四大官職の一人だ」


 ◇◇◇


 水中都市ラグーザ。南端に位置する宿屋『ベネット』。


 一階の受付に訪れたのは、黒の修道服を着た長耳の男性。


 長い黒髪が特徴的で、前髪も無造作に伸ばし、顔は見えない。


「ここに不法滞在者がいると耳にしましたが、事実ですか?」


 物腰柔らかい態度で、男は受付にいる店主に尋ねる。


「大政務長……っ。お言葉ですが、守秘義務というものがありまして」


 水色短髪髭面の店主は、強張った表情で答える。


 緊迫した空気が流れ、エントランスは静まり返った。


 何名かくつろいでいた客がいたものの、身体は硬直する。


「それは結構、結構。職務を全う出来て、偉い偉い」


 ニヤリと笑みを浮かべて大政務長は、手を伸ばす。


 骨と皮だけの腕を露わにし、店主の頭を優しく撫でた。


「…………恐悦至極に存じます」


 ヒヤリと汗を流しながら、店主は反応する。


 視線は俯き、時間が過ぎ去るのをひたすら待った。


「……ですが、いけませんねぇ、いけませんよぉ」


「……っっ!!」


 しかし、そこで終わるわけもなく、大政務長は頭を掴む。


 細い手と腕で鷲掴みの状態にして、店主をグッと持ち上げた。


 メリメリと音を立て、頭蓋骨を締めあげる音が宿内に響いていく。


 ――誰も助けに入る者はいない。


 彼に逆らえば、同じ目に遭うのは自分。


 全員が理解していた。各々が身の程を弁えた。


 見て見ぬ振りをして、場をやり過ごそうとしていた。


「もう一度、伺います。ここに不法滞在者は泊まっていませんか?」


 横暴の果てに問うたのは、先ほどと同じ質問。


 生かすも殺すも大政務長次第の状態で、同じことを繰り返す。


「それ、は……。守秘、義務、というものが……」


 しかし、宿屋の店主は頑なに口を割らない。


 規則を盾にして、権力者に真っ向から立ち向かう。


「頑固ですねぇ。気に入りませんねぇ。その目つきが癪に障りますねぇ……!」


 頭を握る握力は増す。見た目以上の膂力で締め付ける。


「く……っっ」


 店主は死を覚悟する。職務を全うし、生を終えようとする。


 戦々恐々とした客は静観を貫いている中、ついにその時は訪れた。


「手を放す、です……」


 二階から颯爽と現れたのは、ジルダ・マランツァーノ。


 大政務長の腕を掴み、顔を晒し、権力者に逆らう覚悟を決める。


「なるほど。あなたが例の……。こう見えてワタシは、血も涙も通っている人間でしてね。あなたの多大なる貢献と実績に敬意を払って、正規の手順で接しましょう。今のように強制ではなく、任意の職務質問をしても構いませんか?」


「好きにするです。その代わり、ご主人は放してもらうです」


「約束は守ります。……では、お部屋まで案内してもらえますか?」


 薄氷の上で、二人の約束は成立する。


 部屋での職務質問は、死と隣合わせだった。

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