第49話 終幕
聖エルモ砦のいざこざは終わった。意思のパンクで丸一日眠っていたなら、今日は9月9日のはずだ。砦を襲撃し、親父を取り戻し、一人の犠牲を払うことになったが概ね成功と言ってもいいだろう。被害は最小限で、こちらが騎士団側の人間を殺めたわけでもない。ここで物語を終わらせることができるなら、ビターエンドってところか。区切りとしてはちょうどよく、ある意味では一件落着とも言える。
ただ、人間っつうのは欲深い生き物だ。親父を無事に取り戻せたからといって、満足することはない。元の身体に戻りてぇし、外交は任せっぱなしだし、奴隷問題や水中都市ラグーザも放置したまんまだ。馬鹿なフリして全部を投げ出したい気持ちもあったが、当事者である以上そうもいかない。
『――――』
僕は断固とした決意をもって目を見開く。場所がどこであろうと、抱える問題を全て解決する気概をもってして、次なる展開に身を投じた。これでも数々の修羅場はくぐってきた。特殊な舞台で大立ち回りを演じてきた。目が肥えてるといっても過言じゃねぇ。大抵のことでは動じねぇ自信があった。
(な……っっ!?)
しかし、目の前に広がる光景は、僕の想定を軽く上回った。時刻は夜。舞台はセントジョージ広場。周囲には大量の猫が集まり、舞台中央には断頭台。首をがっしりと固定されている人物が嫌でも視界に入り、上部にはギロチン。
「これより大罪人ラウロ・ルチアーノを、斬首の刑に処す!」
赤マントと赤い修道服を着る短い赤髪の女性――大宗務長の合図により、黒い修道服を着た部下がギロチンを解放する。重力に引かれた白っぽい刃は、茶髪の男性の首元に見る見ると迫った。
『ニャッ!!!! (やめろぉぉぉぉおおおおっっ!!!!)』
全力で声を張り上げ、本能のまま身体を突き動かそうとするも動けない。全身を白い鎖に縛られ、上手く力を引き出すことができない。致命的なワンアクションにより時間は浪費され、それは起こるべくして起きた。
「――――」
その日、ラウロ・ルチアーノは死んだ。苦労して取り戻したはずの家族は、マルタ騎士団によって殺された。遺言を聞いてやれることもなく、二度目の別れが訪れた。本来なら、怒ってやりたいのは山々だ。復讐心に駆り立てられ、騎士団を滅ぼしたいと思っても仕方ない状況とも言える。
だが、ストーリーってもんは極めて厄介だ。表があれば、必ず裏がある。僕が目にしたもんが全てとは限らない。相手にも事情があり、表裏を理解することでようやく全体像が見えてくる。前回と違って、今回は向こうの言い分が理解できるんだ。僕が怒り狂ったところでどうにもならねぇってのは分かってるんだ。ある意味で薄情とも言える落ち着いた心で、僕は違うことを考えていた。
目を向けるべきは、背景。
ラウロ・ルチアーノの因縁を読み解くことでしか、僕は満足できない。親父のやりたいことを叶えてやることでしか、親孝行をしてやれない。最期に言葉を交わすことはできなかったが、その遺志を読め取れてこそ感覚系だ。
(異世界人の真相を知りたい。そうだよな、親父……)
消えかけた内なる灯火に再び熱が宿り、死を受け入れる。
因果は廻る。あの野郎の掌の上だったとしても、僕は構わない。
こんな胸糞悪いバッドエンド気分のまま、終われるわけねぇだろ!!




