第41話 王たる所以
王位継承戦は100年に一度の周期で必ず開催される。
社会情勢に左右されず、今まで滞ったことがないらしい。
王室の時間管理が優れているのか、英国の協力が手厚いのか。
言われずとも知れた歴史と伝統なんだけど、ふとした疑問がある。
――なぜ、100年の間に国王が崩御しないのか。
人間の平均寿命は年々延びてるけど、80歳がいいところ。
継承戦が100年周期なら、国王は毎回長生きをする必要がある。
長寿になりがちな異世界人の血を加味しても、不慮の事故は起こる。
それでも機能していたなら、何かしらの裏技があると思っていいはずだ。
「……ナゼだ、ナニヲした、ドウヤッテ刑に抗った」
兵器長は声を震わせ、予期せぬ光景に動揺を隠せずにいた。
たたらを踏み、顔を引き攣らせているのが肌感覚で伝わってくる。
5W1Hを言わせる能力を継続してるかもしれないけど、だからなんだ。
「上上下下左右左右BA。……意味は知らなくていいよ」
分かる人にしか分からない言葉を並べ、抽象的な答えを告げる。
搦め手の意思能力は、由緒ある歴史と伝統の前には手も足も出ない。
それをここで証明する。人を兵器に変える卑劣な輩に負けてやるもんか!
「「――――」」
兵器庫内で生じるのは、青と黒の異なるセンス。
視力が落ちようとも、光は見える。感じる。戦える。
本来なら、辺りに転がる『道具』を使いたいのは山々だ。
僕の戦闘スタイルにも合ってるし、勝てる確率は高いだろう。
だけど、真実を知った上で『彼ら』を軽く扱う奴は人間じゃない。
「想定外の脅威と認定。侵入者駆逐モードに移行」
六本の腕を用い、兵器長は周囲に落ちる得物を拾う。
剣、杖、槍、盾などなど、なりふり構わず武装を固める。
それが僕の逆鱗に触れた。感情を解き放つトリガーになった。
「――――穢れた手でその子に触れるな!!!!」
複数の意思球弾は、天井と壁を反射し、兵器長の六本腕に命中。
破損が出ないよう角度を調整し、彼らの装備を未然に阻止していた。
――アルカノイド投射技法。
大病院長との戦闘が、僕を更なる高みへ引き上げた。
基礎的技術の延長線上だけど、まだまだこんなものじゃない。
「…………」
上空から降り注いだのは、水色のカプセルだった。
自らの結界を崩したことにより生じる、強化アイテム。
出現と中身はランダムで、色によって得られる効能が違う。
僕はそれを手に取り、握り潰し、一時的パワーアップを果たす。
「理解不能。理解不能。……理解、不能ッッッ!!!!」
兵器長にはエラーが生じ、出力が落ちると思いきやセンスは向上。
もはや、体術だけでも十分に闘えるレベルまで強制的に成長していた。
近付かれたら終わりだ。魔術師は接近戦に弱いのが欠点。……だからこそ。
「創造的破壊!!!」
詠唱と共に放つ一発の意思球弾は八つに分裂。
軌道はバラバラで、全ての球は兵器長を素通りする。
室内の壁と天井を幾度も反射し、予測不能の動きを見せる。
「――ッ!!!!!」
兵器長は迷わず突っ切った。直球勝負に持ち込んだ。
右半身にある三つの腕を振りかぶり、センスを集めている。
うっ……と吐き気を催すほどの意思力を感じ取り、寒気が走った。
――直撃=死。
継承戦の加護があろうが、それを突き破る何かを感じる。
搦め手やハメ技には強いが、真っ向勝負は無効な気がしていた。
「させると思うか!!!!」
僕は臆すことなく、背水の陣で立ち向かう。
回避も防御も捨て、八発の球を敵の左側面に反射。
相対的にセンスが薄い箇所で当たれば無傷じゃ済まない。
「――――」
ニヤリと笑う兵器長の顔が見えないのに見えた。
研ぎ澄まされた感覚は視覚を穴埋めし、空白を埋める。
注目すべきは表情じゃない。笑うに足る理由。身の回りの物。
(こいつ……っ!! 人質を盾に……っっ!!!)
空いた左半身を使い、何らかの兵器を装備した気配。
そのままぶつけることも可能だけど、角度的に巻き添えだ。
「くっ!!!!」
即座に展開するのは、八枚分の結界。
兵器長の左側面に張り、球弾との接触を阻止。
コンコンと小気味のいい音を奏で、別方向へ反射した。
「ヒッ……ヒヒッ!!! ヒヒヒィィィッッッ!!!!」
無駄な行為だと嘲笑うように、兵器長は距離を詰める。
センスの濃度が高まり、呼吸をするのも苦しくなってくる。
さらには兵器を手にしたままで、右か左のどちらが本命か不明。
状況は致命的に不利だ。自らの愚行が招いた最悪の二択だと言える。
受け攻め色々考えるべきだったけど、どうしても言いたいことがあった。
「人は使い捨ての道具じゃないんだぞ!!! 恥を知れ、殺戮機械!!!!」
さらに無駄な時間を浪費して、僕は自分を追い詰める。
その間にも、兵器長の手が届く圏内に入った感覚があった。
何も考えてないわけじゃない。頭を空にするために吐き出した。
焦りや苛立ちは精細な操作に悪影響を及ぼす。今の僕は至って冷静。
空間に飛び交う八つの球弾が身体の一部であるようにすら感じ、そして。
「――――!!!!!!」
全ての球弾は僕に降り注ぎ、複雑に配置した結界で正面に反射。
迫り来る兵器長のどてっぱらに向けて、八つの球弾は叩き込まれた。
「………………ニヒ」
しかし、兵器長に止まる気配は一切なかった。
全てを真正面から受け止め、耐え得る強靭性がある。
吐き気を催すセンスは濃さを増し、迫るのは左右同時攻撃。
手段を選ばない人外らしい動きを見せ、僕の怒りは頂点に達した。
「……」
手に取り、握り込むのは紫色のカプセル。
中身がランダムでも、運命が僕を引き寄せる。
霊体アルカナがいた時点で殺される世界にいない。
少なくとも、彼の実力+20%に届くまで僕は死なない。
これは偶然じゃなく、必然。逆行された時間が僕を形作る。
「――――貫通的破壊!!!!」
飛来する八つの青は、赤に染まる。
出力と貫通量を高め、彼の死角を狙い撃つ。
一発一発が余すことなく、身体に叩き込まれていく。
「死ネェェェェェェ!!!!!!!!」
直撃を受ける兵器長は怯まず暴威を振りかざす。
剣と拳を同時に放ち、僕を俗っぽく殺しにかかった。
彼の攻撃は届いた。剣は首筋を裂き、拳は右脇腹を抉る。
「…………っっっ」
奥歯を噛みしめる。誤算だったかもしれないと覚悟を決める。
この戦いを通し、未来の実力に届いていたなら辻褄が合ってしまう。
(強くなるほどに僕は死に近づく。……それでも!!!)
あらゆる可能性を受け入れ、僕は前に一歩踏み出す。
貫通能力を付与された球弾でも貫けない対象が存在する。
「――――!!!!」
弾かれていた赤い球弾の一部が僕の頭部に当たる。
ヘディングの要領で弾かれ、僕の運命は一球に託された。
「「…………」」
場に満ちるのは無に近い異様なまでの沈黙。
見えないから分からない。死んだのかもしれない。
意識が遠のき、地に足がついてる感覚がなくなっていく。
(負けた、のか……?)
心に浮かぶのは、誰かが教えてくれるわけもない疑問。
落下していくような感覚に陥り、現実か幻想か判別がつかない。
「――――――ありがとう」
生と死の狭間で聞こえたのは、知らない女性の感謝。
それが何を意味するか分からないほど、愚鈍じゃなかった。
「…………グ、ゴ」
物が壊れる音が聞こえる。人が解放される音が聞こえる。
だけど、もう限界だ。今は少しだけ眠りについていたかった。




