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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第40話 決死

挿絵(By みてみん)





 質量保存の法則。物質の状態が変化しても質量は変化しないって内容だったか。聞きかじった程度で専門分野でもなんでもないニワカだったが、僕の取り巻く環境と体験を通して結びつき、ある閃きを生んだ。


 物質=質量=謎膂力。


 体内に保存されるのは、水中都市ラグーザ。光子か原子かは知らんが、物質の状態が変化した状態であり、法則が正しければ、それには質量が伴う。……つまり、今の僕は都市一個分の質量を持ってることになり、フィジカルに乏しい猫状態でも化け物級の膂力が発揮できる理由に繋がるってわけだ。


 ただ、常時解放型ってわけでもない。


 ある程度のコントロールが可能だったことに気付き、原因を探った。法則の一部は正しいんだろうが、間違ってる部分があるような気もした。元を辿って、発生条件を整理した上で行き着いたのは、センスだ。偉い学者が考えた理屈よりも、僕の感覚が正しいとするなら、方程式は少しだけ修正されることになる。


 物質≒質量≒センス=膂力。


 学がねぇから専門的に合ってるかは知らんが、感覚的にはこんな感じだ。物質と質量は変化しても同じに近いが、センスによりコントロールされたものが膂力に繋がるって説になる。肉体+センス=攻防力。意思能力者の通説とは全く異なる僕だけの法則ってやつだ。見方を変えれば、新必殺技という扱いになるんだろうが、『切り取り(カット)貼り付け(ペースト)』の解像度を上げただけに過ぎねぇ。本来、僕が該当する感覚系は、得意不得意に関係なく、一定の水準までは他系統よりも能力開発や技術習得が早いらしい。剣術、武術、魔術、呪術、妖術、結界術、肉体強化、創造可変、精神掌握など、意思の力から発展するスキルツリーを一通りペロッと味見して、手札を幅広く持つことが感覚系のメタビルドと言われてる。そのため、広く浅くが美徳とされてるわけだが、僕はその逆が性に合ってる。


(――狭く、深くだ!!!)


 選んだのは、ラウラ・ルチアーノという唯一無二のコンテンツ。用意された王道を歩むのも悪くないが、それだと心が乗らねぇんだ。かといって、外からの影響を何もかも受け付けないってわけでもない。ミネルバやパオロの剣術を取り入れたのは、奇妙な縁があったからだ。ようは、僕に関係があれば掘り下げるし、僕と関係がないならバッサリ切り捨てる。いわゆる社交性のない人間になるんだろうが、残念ながら僕の親父は元反社会勢力だ。家族や仲間や友達などの身内は大事にして、不特定多数の人間とは深く関わらない。親子である以上、切っても切り離せない因縁であり、感覚系のレールから外れた邪道を選んだことになんら後悔はなかった。


『「…………」』


 並外れたセンスと膂力により、中庭が崩れ、僕とルーチオは落下する。土煙が立ち上り、不規則に飛び散る瓦礫によって日光と陰影が入り混じる。赤外線化する能力のせいで、ソラルの正確な位置を特定することはできねぇが、間違いない。


 ――近くにいる。


 このまま地下に行けば行くほど、角度的に光が届かなくなり、影の支配力が増す。恐らくだが、その前にソラルは動く。奴の能力が及ぶ範囲で決着をつけにくる。そこに合わせて、ガス欠上等の四度目の召喚を合わせてみるのもいいが……。


(合わせるっつったもんな)


 僕は万が一に備えつつも、隣にいる少年に視線を送る。


 いわゆる、奇妙な縁ってやつに任せてみるのも一興だった。


 ◇◇◇


 暗黒物質ダークマターは未完成品だ。


 どうやって内側から破ったのかは見当もつかないが、ソラルに通用しなかったのは確かで、同じ轍を二度踏むわけにはいかない。かといって、他の必殺技に頼るのも微妙だ。これまでの攻防の全ての起点は影の意思能力。当然、警戒される。敵の意表を突くなら、体術の可動域を探るべきだ。どうにか敵の想定を超え、影に追いやり、実体化させ、叩くってのが理想だが、最大の難点として初動で上回る必要がある。


「あー、もういいや」


 不意に発したのは負のニュアンスが強い言葉。ただそれは、本人の感性と受け手の感性によって解釈が変わる。諦めたようにも見えれば、意を決したようにも見える。どっちでもいいと言ってしまえばそれで終わりだが、俺はこういうどうでもいいことを考察するのが好きだった。答えがあるとは限らないし、答えが出たとしても誰かの役に立つケースは少ない。自分を俯瞰して見つめ、思考に没頭し、受け手目線ならどう届くかを考える。今の状況から考えれば、非生産的でしかない。どうでもいい相手なら許されるだろうけど、ソラルはリリちゃんの仇だ。血管ブチギレ寸前の感情を露わにして、血眼になって捜すのが人間らしいように思える。

 

 ただ恐らく、それだと勝てない。


 勝ちたいという感情が表に出すぎて、行動が読まれる。メタ的に正しい戦法が常に最適解になるとは限らない。ガードゲームの場合、世に出回ったデッキを採用すれば勝率は上がるが、広く知れ渡っている分、対策されやすい。ある一定の順位までは残れるが、最上位までは難しい。世界大会を優勝するデッキは得てして、メタとは逸脱したものが採用されることが多い。えっ、そんなものが、という意外性のあるカードがメタ環境を貫き、後の覇権になる。それに至った要因は、勝ちたいという前のめりな感情をできるだけ抑え、徹底的に環境を研究し、論理的に導き出された奇抜さであることは確かだ。時にして感情に由来する閃きも重要なのは分かるが、どちらかと言えば理屈で詰める方が向いている気がする。


「…………」


 すると、ジリジリと肌が焼ける感覚があった。ソラルが現れる前兆。フェイントの可能性も考えられるが、来る前提で構えた方がいい。問題は何を選ぶか。どの手札を切るか。どうすればソラルの初動を上回れるか。大前提として、心を乱さず、落ち着いた態度じゃないとパフォーマンスが落ちる。速度という一点においては、怒りの感情はノイズになることが多い。全部分かってる。俺は冷静だ。意外性のある一撃で敵をぶっ飛ばしてこそ、ルーチオ・クアトロだ。


 だから。


「――――――――」


 思惑を胸の内に潜め、先に姿を現したのはソラル。


 真正面から右手の拳を振るい、胴体を貫こうとしていた。


(舐めやがって……)


 受け攻めいくらか考えた。搦め手やフェイントがある前提で頭の中で理屈をこねくり回した。結果が脳死の右ストレートだ。こんなやつに負けたのか。何も考えてないやつにリリちゃんは殺されたのか。そう考えれば考えるほどに、怒りが込み上げる。相手の思うつぼだと分かっていても、頭の中が真っ白になっていく。


「上等だ……馬鹿には馬鹿をってなぁ!!!!!!」


 血管ブチギレ寸前の形相で振るうのは右拳。


 始まるのは、知性の欠片もない空中の攻防だった。


 殴る蹴るの原始的な衝突を繰り返し、重力に引かれていく。


 打ち合いは五分。どちらも有効打に欠け、焦りと苛立ちが募った時。


「…………」


 ブンと拳が空振る音が鳴り、眼前にいたソラルの姿が消える。


 能力の範囲限界に到達したと思ったが違う。恐らく、野郎の狙いは……。


「――――っっ!!」


 腹部の外側が焼けるように熱い。


 恐らく赤外線化を内外問わず解く手法。


 姿を現したと同時に、拳は貫通してる手筈だ。


 体勢から考えれば、防御するのは難しく、対処困難。


「――――」


 気付いた頃にはソラルが現れ、右拳が腹に到達していた。


 あれこれ色々と考えたが、結局のところこれが一番手っ取り早い。


「つか、まえた……」


 ガシリと腕を掴み、影がある方向へ引き込む。

 

 赤外線化を阻止できると信じ、身を挺して束縛する。


「…………」


 しかし、掴んだ腕は急に見えなくなり、ソラルは消失。


 影の中では赤外線化できないという読みが外れた瞬間だった。


『――――』


 青猫ラウラの不安そうな表情が見える。


 手を貸そうかと言わんばかりの態度が目に入る。


「……」


 俺は首を横に振る。協力を拒む。限界まで自分を追い込む。


 この戦いは、リリちゃんから託された願いだ。これ以上は違う。


 頼れば、濁る。勝てども、歪む。俺が一人で倒さないと意味がない。


『「…………」』


 たどり着いたのは、中庭の底の底。日光の影になる場所。


 思い描いた道筋は一つもなぞれず、己の未熟さばかりが目立つ。


(自己理解が浅いのか? 俺の長所はなんなんだ?)


 長々と思考を並べ立てた割には、成果が全く伴わない。


 相手の能力を理解する以前に、自己分析の矛盾を感じていた。


「――――」


 そこに襲い来るのは、実体化したソラルの拳。


 他の部位は可視化されず、能力には磨きがかかっていた。


「……っ」


 反射的に回避するも、実体化した敵の部位が次々と襲い来る。


 予測不能の体術。接触困難な能力。影をものともしない光の性質。


 考えることは山ほどあったが、俺は全く別方向の違和感に行き着いた。


(……? さっき腹を貫かれたはず……だよな)


 一方的なソラルの攻撃を受け続けながら、視線を落とす。


 腹に穴は開いておらず、修道服が軽く破損しているだけだった。


 どうやって体内に入り込もうとした拳を阻止できたのかは一切不明。


 影に起因する能力は一切使った覚えはなく、あるとすれば無意識の賜物。


(俺ってばもしかして……防御の天才か?)


 どん底近くに落ち込んだ自己評価の中で、見出したのは唯一の光。


 他者を理解することに躍起になって、自分のことが分かってなかった。


「――――」


 ちょうどよく襲い来るのは、背面からの拳撃。


 意識、無意識にかかわらず可能なら、試してやる。


「……」


 俺は後手に回り、背中を差し出すように防御に徹する。


 直後、背筋に衝撃が走ったが、耐えられないほどじゃない。


 割いたリソースは皆無に等しく、正体は半自動的な攻防力移動。


 そうと分かれば話が早い。割く必要のなかった意識を、攻めに回す!


「――」


 弾かれたソラルの拳を掴み、実体化してる内に引っ張り込む。


 露わになったのは野郎の頭部。インターバル中の今ならまだ――。


「…………っっ!?」


 攻めに転じようとした瞬間、頭部がグラリと揺らぐ。


 防御は間に合ったはずだが、攻防力で緩和し切れてない。


(血……? 上でやられた傷か?)


 防御面を信用しきった矢先に訪れた予期せぬ負傷。


 反射的に距離を取って、起きた現象を冷静に分析する。


(いや、こいつは……っ!)


 目に飛び込んできたのは、鋭利な鈍器。


 執拗に頭部を狙い、振り下ろされる覚えのある武器。


(さっきの攻防で盗みやがった! 俺のメイスを!!)


 首を逸らし、すんでのところ回避し、確信する。


 状況は悪い方に転がり続け、ソラルの進化が止まらない。


『――――』


 青猫ラウラの無言の圧を感じる。


 そろそろ痺れを切らしてもおかしくない。


 もはや、制止を無視しても介入してくる時間帯だ。


 ――必要なのは成果。


 俺なら倒せるかもしれないという勝算。


 何をするにせよ、次の一手が重要になってくる。


 かといって傷の度合いを考えても、熟考する時間はない。


(そうか。前提が間違ってた。俺の強みを活かすなら……)


 目まぐるしい攻防と自信喪失の果てに、行き着くのは一つの仮説。


 失敗すれば終わりの正真正銘の土壇場だ。次ミスったら、死が見える。


 ただ、思いついたものは試したい。倒せる倒せない以前に後悔したくない。


「――――」


 そこにやってくるのは、無慈悲なメイス。


 他の部位は赤外線化され、見えない状態が続く。


「…………」


 俺は正面から受け止める。自分を信頼し、もう一度試す。


 ド派手な必殺技はいらない。基礎的な攻防だけで十分だ!!

  

 ――弾く。


 メイスを受け、入射角を調整し、射程外へ移動。


 意識を割くことなく行われ、ソラルの右腕は隙を晒す。


 ――掴む。


 流れるような動作で腕を手繰り寄せ、実体化部分を広げる。


 先ほどと同様、ソラルは頭部を晒すが、今にも消え入りそうだった。


 ――殴る。


 動きが最適化され、迷わず、半自動的に右拳が放たれる。


 このペースなら間に合う。一切の淀みないカウンターなら届く。


 拳は吸い込まれるように相手の左頬に迫るが、予想外のことが起きた。


「――――」


 ソラルは首を逸らし、拳を難なく回避していた。


 改善に改善を加えても、野郎の成長曲線に届かない。


 この攻防が終われば、また振り出しに戻り、対策される。


 雲を掴むような攻略に頭を悩ませ、次は更に難易度が上がる。


 感情的に取り乱したいのは山々だったが、頭と心は熱解放済みだ。


 冴え渡る思考と昂ぶる感情の狭間で、俺は現状の最適解を導き出した。


「――――残影拳!!!!」


 前提と予想を覆され続け、最後に行き着くのは最初の技。


 空振りを見せた右拳の影から現れたのは、陰気な俺の集大成。


 性格の悪さが際立った影の拳は、消え行くソラルの輪郭を捉える。


 ――そして。


「……っ!!!?」


 顎を打ち上げ、全身が実体化したソラルは放物線を描く。


 追撃を試みることなく、俺の中での勝負はすでに決していた。


「『殺せ』じゃなく『倒せ』だもんな……リリちゃん」


 白目を剥いたソラルに背を向け、俺は青猫に視線を注ぐ。


『――――』


 彼女は何も語ることなく、右手を上げて待っていた。


 見覚えのある展開に涙ぐみそうになるが、やることは一つ。


「――」


 無言でハイタッチを交わし、因縁の戦いは密やかに終着した。

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