第39話 意思の力
聖エルモ砦の廊下で対面するのは白髪の老人。
囚人Aが扱う意思能力は極めて単純なものだった。
「―――」
衝突寸前の無数の石柱は見事に瓦解する。
音を立てて崩れ去り、残骸が地面へ散らばった。
石の強度が優れてるとは言わんが、拳の対処は難しい。
点の攻撃には向くが、線の攻撃には柔軟性と可動域に欠ける。
全方位の石柱には相性が悪く、いくら速くとも手数には限界がある。
――拳ではない。
――武器は持ってない。
――線の動きに対応する体術。
限定された条件の中で、答えは自ずと絞られる。
「手刀の拡大解釈か。手を刀と見立て、斬撃属性を付与する。正拳突きとは違い、取り回しが迅速で、線の動きにも対応する。恐らく一芸を極めれば、どんな名刀にも勝る。帯刀する必要がなく、場所を選ばず、手入れもいらず、利便性と汎用性に優れ、最終的には全ての面において、刀と剣術の上位互換になり得る」
「お褒め頂き光栄ではあるが、それらには遠く及ばんよ。一代で築き上げたものと、数十代に及んで脈々と受け継がれてきたものでは深みと重みが違う。意思能力は歩んだ人生そのものを武器にできるが、歴史や血筋に沿うかどうかで雲泥の差が出る。武士でもなんでもないやつが名刀を手にしても、魂は宿らん。剣術とは何の所縁もない者が武の道を極めようとしても、神髄には至らん。この世に生まれ落ち、名が付けられた時点で意思能力者としての運命の大半は決定するといっても過言ではないだろう。無論、何事にも例外というものが存在するが、己を理解することが意思能力を開発するにおいて最も肝要だと儂は考える。……お主の場合、武士か陰陽師。どちらが適性なのかの」
囚人Aは持論を並べ、尋ねたのは本質的な問い。
二足の草鞋を履く我にとっては、耳が痛い問題だった。
どちらを極めてもいいが、どちらかを選ばなければならない。
少なくとも、この闘いにおいては、半端な覚悟で臨むのは彼に失礼。
「…………」
赤い紐で後ろ髪を結び、感情とセンスを整える。
折れた長刀を両手で構え、鋭い目線を向け、言い放った。
「失敬した。武士として、手合わせ願おう」
◇◇◇
中庭の攻防は佳境に差し掛かっていた。
ソラルは武器を失い、意思能力と体術頼み。
僕はルーチオと手を組み、二対一の攻防に臨む。
『「…………」』
僕たちは互いの背中を預け合い、相手の出現を待っていた。
赤外線化できるソラルの能力上、こちらからは仕掛けられない。
自ずと待ちの選択が強いられて、敵は一向に現れる気配がなかった。
(まずいな……。こうして油を売ってる間にも、砦内の戦闘が激化してるのが分かる。助けに行きたいのは山々だが、僕は作戦の要だ。不用意に移動を繰り返して、大病院長と接敵したら高確率で詰む。勝つか負けるかは戦ってみないことには分からねぇが、動き回るのは得策じゃねぇ。かといって、何もせずにぼーっと突っ立ってるだけでも仲間が捕まるリスクが増す一方だ。ルーチオと話せれば、ある程度の融通が利くんだろうが、猫のままだと難しいときた。どうすべきか……)
頭の中でザッと現状の問題点を並べ、策を考える。
ソラルを倒せば万事解決だが、そうは問屋が卸さねぇ。
待ちの一手にも限度があり、焦りと迷いだけが募っていく。
(限界に挑戦してみるか……)
追い詰められる中、ふと思い浮かんだのは馬鹿げた策。
実現するかは不明だが、何事もやってみなくちゃ分からねぇよな。
『――――』
猫の身体に纏うのは、身に余る白のセンス。
現状の出力最大値を引き出して、次の一撃に備える。
「……気兼ねなくやってくれ。俺は全力で合わせる」
ルーチオは動揺することなく、快い反応を見せた。
準備は整い、僕を突き動かそうとする心に目を向ける。
猫に至る以前に、僕の意思能力には一つの疑問点があった。
――切り取ったものは何処に消えたか。
考えないようにしてたが、核心を掴めつつある。
猫状態に秘密があるかと思ったが、恐らく関係ねぇ。
裁縫とコスプレが趣味なことに起因してると思ったが違う。
――親父の『遺品収集癖』。
その不必要な情熱が僕にも継承された。
目と心に焼き付いて、意思能力として現れた。
『白き牙』が失敗したのは、思い入れがないせいだ。
別の必殺技なんてもんはいらねぇ。僕は当たりを引いてる。
『心技体』の根底を覆せるのは、特定の事柄に対する異常な執着だ。
――肉体と精神を鍛えろ? 知るかボケ。
教科書通りに練習したところで、大成するとは限らねぇ。
ある一定の水準までは到達できるが、その先は厳しいだろう。
非効率的なこと。やらなくていいこと。世間の常識とは違うこと。
不必要な何かを選ぼうとする『衝動』が、非凡なる『独創性』を生む。
僕の場合は――。
(意思保存の法則――【水中都市ラグーザ】!!!!)
心の中で念じ、僕は猫の両手を地面に叩きつける。
瞬間、莫大なセンスが放出され、中庭の概念が消失した。




