第38話 死闘
目は大して役に立たない。
視覚頼りだと戦闘にならない。
相手の得物と容姿を確認できない。
――否定の言葉はたくさんだ。
僕が納得して、僕が捧げて、僕が選んだ。
現在に紐づいた行動の責任は全て自分にある。
取り巻く環境に愚痴を吐いてもなんの意味もない。
(今、ここだけに集中しろ。5W1Hなんて知ったことか!)
展開するのは、枝状の無数のセンス。
手当たり次第に伸ばし、兵器に手をつける。
剣、杖、槍、鎧、盾などなど、なんでもござれだ。
詳細を把握する余裕なんてなく、選んだのは原始的手法。
「――!!!」
投げる。投げる。投げる。一斉に投げつける。
四方八方から敵と思わしき影に投擲を繰り返した。
言葉で脅されただけにしては過剰防衛とも言える行動。
場合によっては相手を死に至らしめる容赦ない攻撃だった。
ただ殺すつもりは毛頭なく、僕はある意味で敵を信頼していた。
「…………」
その期待に反し、確かな手応えがあった。
ザクリと音を立て、刃が敵を貫いた感触があった。
飛び出してきた子供を車で轢いたような後味の悪さがあった。
(し、死んじゃった? 今ので……?)
全身からブワッと嫌な脂汗が滲み出てくるのが分かる。
悪気は一切なかったけど、本人の感情と事実は全くの別物だ。
剣で人を刺殺した場合、殺す気はなかったという言い訳は通らない。
――原因と結果が全て。
起きた事実と科学的根拠と客観的証拠が有罪か無罪かを決める。
証拠として提出困難な意思能力でも、マルタ騎士団なら裁判は可能。
独自の法体系と検死解剖技術に基づいて、能力による犯罪は証明できる。
焦点となるのは正当防衛か否かだけど、砦に強襲してる時点で有罪は確定だ。
(まずいことになった……。殺しはご法度って言い出した僕が破るなんて……。このまま逃げることも可能だろうけど、それだと極悪非道な強盗殺人犯と変わらない。かといって、裁判に持ち込んで『ラウロを助けるためだった』なんて供述しても刑は軽くならない。実際に人が死んでる。僕がどう思ったなんて感情論は、裁判だと基本的に通用しない。仮にそれが判決に大きく関わるなら、熱量とパッションのゴリ押しで乗り切れることになる。被告人の『僕はやってない!』や原告の『お前がやった!』が罷り通ってしまい、法律により厳格に定められた社会秩序の根底が崩れ去る。少しでも減刑を望むなら、現場から逃げたという客観的事実を残さないために、素直に出頭するべきなんだろうけど……僕はどうあるべきなんだ)
起きた結果を受け止め、必死で状況を整理する。
色々と並べ立ててはみたけど、選択肢はシンプルだ。
――逃げるor居残る。
裁判になるかどうか以前に、人としての品位が問われる。
ひいては、イギリス国王としての立ち居振る舞いが公になる。
(いや、待てよ……。そもそもアレは人なのか……?)
最終的に行き着いたのは、根っこに関わる疑問。
仮に機械や意思能力だったとすれば、状況が変わる。
騎士団の法律は詳しくないけど、人じゃないのなら……。
「…………」
恐る恐る僕はセンスの枝を伸ばし、被害者に触れる。
目を閉じ、枝先に神経を研ぎ澄まし、身体の一部のように扱う。
(これは……っっ)
「器物損壊罪に認定。兵器長の命にヨリ、兵器化の刑に処す」
◇◇◇
「いつから独創世界なら自分のルールを押し付けられると思ったのだね」
楽譜と音符が散らばる音楽世界で、大病院長が冷たく尋ねた。
余裕面が揺らぐことはなく、両手に渦巻き状のセンスを溜めている。
「意思能力の一般論では……」
苦戦を強いられた私は、膝を折り、質問に答える。
音楽と同じように、教科書通りに覚えたことを頼りにした。
「一般論を形作る明確な事実や根拠はどこにある?」
「それは……」
「幼稚だな。お前のやってることは詐欺師と変わらん。自分の信じたい理屈を『普通』や『一般論』という根拠に乏しい言葉でコーティングして、無知蒙昧を説き伏せる。その言葉で何人の使い手を駄目にした。お前にしか通用しない物差しで、人様を上から目線で評価し、何人の使い手を間違った方向へ導いた」
並べ立てられるのは、背筋の凍るような言葉だった。
事実だとすれば前提が覆る。彼らのアドバイスが無駄になる。
「私、は……。私は間違って……ない……」
「指摘されたことを素直に改善できる姿勢もないときた。理解して認めないなら、学ぶ脳を持たない虫よりも性質が悪い。年齢を重ねるごとに頑固になるのは理解できるが、事実を見よ。結果を見よ。音楽に支配されない小生の存在そのものが、お前の『一般論』が間違っていた何よりの証明となる。それを認められないなら……」
畳みかけられるように投げかけられるのは、正論。
今まで歩んできた人生そのものを否定するような罵倒。
それだけで済むはずもなく、大病院長は次の行動に移った。
「生まれ変わって、やり直すがいい!!!」
振りかざされるのは、膨大なセンスの押し付け。
世界の理を押し付けようとした私となんら変わらない。
「~♪」
口ずさむのは音色。身体を使った原始的なメロディ。
ピアノならドを示し、音楽用語なら『C4』という意味を持つ。
「「――――」」
生じた音符は爆発し、辺りは煙に包まれる。
そこから私は吹き飛ぶように現れ、攻撃から生還する。
「…………まだ敗北を認めないつもりかね?」
直後、煙を手で払いながら、大病院長は呆れたように告げた。
認めれば楽なのは確かだけど、それでも変わらないものがあった。
「人様がどうであろうと、私は私の世界と理屈を押し通す!!」




