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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第37話 年の功

挿絵(By みてみん)





 地を操る銀髪修道士との戦闘を終え、廊下を直進。砦の南西方面から西方面へと目指している道中だった。通りすがりの一般修道士と敵対することがあったものの、恐るるに足らず。折れた長刀と体術のみで十分対応でき、目立った相手はいなかった。我の役割は陽動であり、強敵捜しが目的ではなかったが、腕は磨いておきたい。生前葬を妨害することに成功したものの、一時しのぎであるのは分かっていた。


 奴らは必ず飼い猫(ラウラ)を取り戻しに来る。


 いつ、どこで、誰が、どうやって現れるかは見当もつかないわけだが、騒動に乗じて乱入されることも警戒しておかなければならない。マルタの地にいる限りどこも安全とは言えず、どういう展開であれ対立は濃厚。最悪を想定した予行演習も兼ねているわけだが、戦い甲斐のある相手が一人だけとはしょうもない。元々、聖エルモ砦の警備は医療班に相当する修道士で構成され、最前線で活躍する修道騎士は数少ない。そう思えば、実力が劣るのも仕方がないと言えば、仕方がないのだが……。


「――――」


 不甲斐ない警備に不満が募る中、感知したのは二つの強い気配。位置は砦西と砦北西。現在進行形で砦の呪術的なハッキングを試みているおかげか、感知能力は普段よりも向上していた。特に砦を地続きで構成している場所は手に取るように分かる。使い手の外見が分かるほど鮮明ではないが、砦西は正のエネルギー、砦北西からは負のエネルギーを感じる。常に安定したプレッシャーを放つ大病院長グランドホスピタラーの反応とは明らかに異なり、我が知り得る相手の誰とも該当しない。


(隠れた猛者二人の登場か。腕が鳴る)


 砦西方向に向かう足を止めることなく、期待が募る。今のところ直接的な因縁はなく、手合わせできるかは不明ではあったが、大病院長以外にも優れた使い手がいたことに安堵した。残すべき懸念点は、どのように接敵するかだろう。


「…………」


 そう考えたところで足が止まる。


 気が乗らなかったわけではない。


 急に興が削がれたからではない。


 我の役割を忘れたからではない。


「名を聞かせてもらおうか」


 折れた刀を構え、赤紐を解き、全力の姿勢で尋ねる。


 それこそが最大限の敬意の表明であり、畏怖の念でもあった。


「名乗るほどの者でもない。囚人Aとでも言っておこうか」


 行く手に立ち塞がり、問答に応じたのは白髪の老人。

 

 長い後ろ髪をゴム紐で結び、痩せ型で、年相応の見た目。


 赤と白のボーダー服を着ており、ここの囚人なのは一目瞭然。


 手錠をかけておらず、騒動に乗じて、房から脱出したのは分かる。


 ――ただ。


「なぜ、ここに……」


 独居房がある場所は砦東。こことは正反対に位置する。


 逃げるだけなら、わざわざ反対側に立ち寄る必要がなかった。


「刀の声が聞こえてな。銘の主が泣いておるぞ」


 囚人Aが鋭い視線を向けた先には、我が握る折れた長刀。


 話し方や発言内容から考えるに、帝国出身と思っていいだろう。


「指摘はごもっともだが、今ここでやることか?」


「今だからこそよ。叱りつけるのは早い内に限る」


 囚人Aは赤のセンスを纏い、敵対する姿勢を見せる。


 やはり、間違いない。先の気配に勝るとも劣らない猛者。


 そんじょそこらの使い手とは違って、腕試しにはもってこい。


 頭では状況を理解できるが、どうも身体がいまいちついてこない。


「……本当にそれだけか?」


「武士ならば、刀で語れ!」


 会話は強制終了し、我は謎の囚人Aと接敵した。

 

 ◇◇◇


 横にいる相手が誰か分からない。経緯が理解できない。ここに至るまでの数分か、数十分か時間を飛ばされる感覚があった。何らかの意思能力を受けた可能性が高いものの、判別のしようがなく、流れに乗るしかない。色々と考えなければいけないことは山積みだったが、一つだけハッキリしていることがある。


「我が道を押し通らせてもらう!!!」


 銀のレイピアを握る黄髪の女性は、刺突を繰り返す。その先には大病院長が立ち塞がり、敵対しているのが一目見て分かった。服装は黒の騎士服を着ており、慣習通りなら第一級の修道騎士に相当する。肩書きだけで考えるなら敵。状況から判断すれば味方。敵の敵は味方という言葉があるが、今がそうであると信じたい。


「――――」


 流れに身を任せる私が物質化したのは、バイオリンの弓。棒状のものに演奏用の弓毛が張られたもの。本来、バイオリンとセットで成り立つ品ではあるが、あえて弓単体として扱うことにした。慣れた戦闘方法ではなく、これはその場の思いつき。有効かどうかは考えもせず、弓と魂がレイピアとの協奏を望んでいた。


「「――――!!!!」」


 実現したのは、初めてとは思えないコンビネーション。軌道が被ることなく、突くと斬るで役割を分担し、互いの一挙手一投足が即興の流れに溶け込んでいく。耳に残るような管弦的音色を奏でることはないものの、それは紛れもない音楽だった。空気を切る音、足を運ぶ音、呼吸をする音、衣が擦れる音。一つ一つは地味で個性がなく、場合によっては雑音に聞こえる。……ただ、この場に限っては違う。日常に転がる些細な脇役たちが一斉に集い、各々が主役の楽団へと成り代わる。


「…………」


 捉えるのは大病院長の両脇腹。扱う得物や、好む軌道は違うものの、常人離れした身体能力を持つ相手の可動域を削り、確かに辿り着いた肉体的接触。……いいえ、この場合は、体表面に覆っているセンスとの衝突。結果の良し悪しによって、肉体系と思わしき大病院長の防御を通常攻撃で貫けるかの試金石になり得る。


「終わりか? 些末な音色だな」


 しかし、砕け散る。センスに阻まれ、崩れ去る。


 弓とレイピアの破壊をもってして、演奏は中断される。


(やはり、只者ではない。才ある肉体系の使い手が彼の領域に行き着くまでに数年、数十年、数百年……それとも、数千年? 並々ならないセンスの年輪を感じる。何層にも重なっているようで、私たちが削れたのは表面の薄皮一枚だけ。例えるなら、数千年にも及んで成長した巨大樹に、ナイフ一本で斬りかかったようなもの。……貫けるわけがない。彼が数千年前から生きている純血異世界人だとすれば、尚更)


 心構えはしていたものの、想定と実戦では濃度が違う。


 噛み合えば勝てるかもしれないという幻想は打ち砕かれた。


「さらばだ。才のない若人たちよ」


 大病院長が両手に集中するのは、渦巻き状の黒の閃光。


 見るからに異質。受けた時点で死亡濃厚なのは理解できた。


 隣にいる彼女も恐らく例外ではなく、放置したなら結末は同じ。


 なればこそ、私の得意な土俵へ彼を引きずり込めばいいだけのこと。


「――独奏世界『幻想交響曲第10番』」


 展開するのは、音楽が全てを支配する世界。


 力で罷り通るものには、決して破れない領域だった。

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