第35話 心技体
意思能力は『心技体』の全てが揃った時に最大化する。
使い手の中では当たり前レベルの通説だ。もっと深掘りするなら、心と体の間にある『技』が二つの架け橋になるとも言われてる。趣味や嗜好や系統に合えば出力が上がるのは勿論のことだが、大前提として肉体と精神が未熟のままだと、どれだけ優れたイメージを思い浮かべようと実現しない場合がほとんどだ。
『白い牙ッ!!!』
現に僕は出来なかった。イメージだけが先行し、実現に足る『何か』が欠けていた。感覚系は意思の創造可変が苦手ということもあるが、あの時点では肉体も精神もルーチオたちよりも上だったはずだ。過去にあいつらのボスであるジャコモをタイマンで倒したことがあるしな。ストリートキング当時の段階で、ジャコモ>ルーチオだとすれば、ラウラ>ジャコモ>ルーチオという下馬評が成り立つことになる。それなのに、『技』が不発に終わったのは何か原因があるはずなんだ。
まぁ、過去の失敗と栄光を引きずっても分析にならねぇ。直近でルーチオと戦ったリディアの見立てだと、フィジカルが足りないという評価だった。肉体+センス=攻防力という単純な図式があり、センスがいくら多くとも、肉体の鍛錬を怠れば、必殺技の精度が落ちるってのが彼女の主張だ。言ってることは通説通りだし、正しいアドバイスに聞こえる。時間をかけて肉体を育てれば、いい使い手になるのは間違いねぇだろう。見たところ、精神面に関しては仕上がっていそうだしな。……ただそれは、アドバイス通りに長い鍛錬を積んだ遠い未来の話だ。現時点では、良くも悪くも『期待のルーキー』って寸評がルーチオを表すのに最も適切だろう。
しかしアレは……常軌を逸してる。
『……残影双像掌!!!!』
意思能力における常識や一般論が通用しない『何か』を感じる。相棒の死に直面して覚醒したってのが無難な分析だろうが、そんな浅い考えのままじゃあ、この先の戦いで生き残れない気がしてる。……ともかく、考察の余地があるのは、『フィジカルが足りない』のに、『技』が進化した理由だ。同じ悩みを抱えている猫状態の今だからこそ、仕組みを解明できれば必ず僕のためになるはずだ。昔と違って、『切り取り&貼り付け』という意思能力もあるわけだが、成長性や発展性においては出力に依存し過ぎて頭打ちな気がしている。この差はなんだ。奴が『心技体』の通説を根底から覆した要素は一体なんなんだ……。
「おい、青猫! こっちへ来い。俺が外まで逃がしてやる!」
思考に耽っていたところに響いたのは、当の本人の言葉。恐らく、影から別の影へ移動させるつもりだろう。距離の制限や詳しい制約は知らねぇが、リディアの報告を聞く限りは可能なはずだ。これもジャコモの狙い通りって感じか。
(どう考えても、逃げ一択なんだが……)
好都合なのは理解してるが、いまいち気が乗らない。
いくつかの懸念点に加え、即断即決できない存在がいた。
『…………』
視線の先には、暗黒物資に飲み込まれたと思われる男の末路。中をハッキリと伺うことはできねぇが、倒せたと判断するには時期尚早な気がする。かといって中を確認する術もないんだが、安全だと判断して僕だけトンズラした後に復活されたんじゃ目も当てられねぇ。最悪の場合、身内が全滅する可能性だってある。自分のことだけ考えるなら逃げてもいいんだが……そういうわけにはいかねぇんだよな。
『――――』
ひとまず僕はセンスを纏い、近くで倒れてるじいやの服を爪でひっかけ、放り投げる。相変わらずの謎馬鹿力だったが、使えるもんは全部使ってやる。放物線上にじいやが飛ばされた先には、ルーチオが待ち受ける。
「っと……」
意図を察知したのか、条件反射なのか見事にキャッチ。
『ニャア!!!(そいつが最初だ!!!)』
どこに飛ばされるのかは知らんが、砦から離脱できるなら上々だ。正直言って、戦闘不能状態の味方の面倒を見てやれるほどの甲斐性はない。ひとまず、僕の帰還を後回しにして様子を見るってのがいい落としどころだった。
「よし、意図はなんとなく伝わった。残影通転――」
ルーチオは携帯電話を地面に置き、画面を覗き込んで、技を放とうとする。画像の地点にある影へ移動する……のは万能すぎるから、同じ地域にいる奴とビデオ通話して、その地点の影へ移動ってのが現実的か。仮に僕の予想が全て正しいとするなら、ここから安全に退避できる可能性は極めて高かった。一応、肩書きはマルタ騎士団なわけだし、中庭の戦闘を見られてなければ、味方を装って接触できるはず。
「――――――」
そんな時、ソラルを覆う暗黒物質が揺らめいた。
見間違いかと思うレベルのほんの些細な違和感だった。
死線の中で感性に磨きがかかった僕は、ある判断を即決した。
「ニャオウ(召喚)」
口にくわえた王霊守護符を起動させる詠唱。
現れたミネルバは意思に伴い、移動を開始した。
これで三度目の召喚。総量の75%を消費した計算だ。
空振れば、かなり痛い。後々のトラブルに対処できねぇ。
それでも後悔はなかった。僕の下した判断には自信があった。
「――――」
「――なっ」
無防備なルーチオに振るわれたのは、ソラルのメイス。
理屈はなんにせよ、暗黒物質からの脱出を果たしやがった。
考えたいことは山ほどあったわけだが、すでに手は打ってある。
「………………」
急接近するミネルバは、大剣を振り下ろす。
攻撃回数は一回。連撃ではなく、一撃に絞った。
威力はともかく、命中精度は以前よりも高いはずだ。
糸に針を通すような繊細な斬閃を伴い、狙いを明かした。
「――武器破壊」
なんの捻りもない、実直なネーミングセンス。
ある意味でミネルバらしい一撃は、結果を導いた。
「「――――」」
ソラルの得物であるメイスの破壊。
その役目を果たし、ミネルバは消滅する。
「…………っっ」
すぐさま赤外線化し、ソラルは再び光に溶け込む。
暴走してる割に理性的っつうか、慎重な本能が透けて見えるな。
――まぁ、なんにせよ。
「ニャ!!(やれ!!)」
「……ざ、残影通転身!」
じいやに触れたルーチオは携帯画面を覗き、詠唱。
気絶状態の老人一名の退避を完了し、逃走が本格化する。
とはいえ、ソラルは健在で他の面々の様子は一向に分からねぇ。
『――――』
気付けば僕は、ルーチオの隣にたどり着いていた。
ソラルの猛攻が退く、ほんの一瞬の隙間を埋めた形だ。
日光と日陰の境界に立ち、隣の少年は状況を察し、尋ねる。
「……奴を倒すまで残るんだな」
『ニャッ!!!(当然だ!!!)』
志は同じ。足並みが揃い、僕らは共通敵に目を向ける。
ソラルを二人で倒す。他の仲間を逃がすには必須事項だった。




