第32話 うだるような暑さ
僕の予感は正しかった。
小手先の攻防は必要なかった。
端から王霊守護符を使うべきだった。
あの修道士野郎が障害になる気がしていた。
戦う手順を省略した僕の判断に間違いはなかった。
ただ……それらを肯定し得る理由が、吉報とは限らない。
「――――――――――」
気絶したはずのソラルは起き上がる。
異様な赤いセンスを纏い、再び立ち上がる。
正気か狂気。……はたまた、その狭間にいるのか。
『――ニャオウ(召喚)』
僕は迷うことなく二度目の王霊守護符を使用。
現れたのは黒の大剣を装備する第一王子ミネルバ。
こいつは、一回の呼び出しに対し、攻撃は一度までだ。
体感上、消費センスは全体の25%。一日に四度までの計算。
今回ので二度目だから、計50%のセンスを消耗したことになる。
意思と能力の維持コストも考えりゃあ、四度目を打てるかは怪しい。
――だからこそ、ここで決める。
「せりゃああああ!!!!!!」
裂帛の気合いと共に、守護霊ミネルバは駆ける。
黒いドレスのスカートを揺らし、大剣を振りかざす。
性質上、攻撃は一回が限界だが、一回の定義は人による。
「――――――――――――――――」
無防備なソラルの身体に刻まれたのは、十二の刃。
惚れ惚れするほどの剣技。軽いとは言え、度が過ぎる。
同じ得物を使ってるからこそ分かる、腕の違いってやつだ。
しかも、成長型の守護霊と銘打つ以上、まだまだ伸び代がある。
これが初期レベルに近い動作だと仮定するんなら、バケモンだった。
(さて、今ので倒せるなら御の字だが……)
期待半分不安半分で、僕は距離を詰めていた。
ポカンと口を開けて釣果を待つほど腑抜けじゃねぇ。
ソラルの姿は明らかに異常だ。通用しない前提で動くべき。
(な――っっ)
目に飛び込んできたのは、飛来するミネルバの姿。
あわや衝突寸前だったが、攻撃を終えて眼前で霧散した。
結果的に都合のいい方に転んだわけだが、原因が片付いてねぇ。
『――――――ッッ!!!!』
ゾワリと悪寒が走り、反射的に背面にセンスを集中。
遅れてやってきた衝撃が、耐えがたい痛みをもたらした。
意識が吹っ飛びそうになったが、どうにか気絶せずに済んだ。
――センスの山勘が当たったらしい。
仮に失敗していれば、あの世へまっしぐらの一撃。
ピンポイントで防げば助かるが、もう受けたくねぇな。
なんて呑気な感想が浮かんだが、それどころじゃなかった。
『――――!!』
地面にめり込みかけた瞬間、受け身を取り、身体を反転。
攻撃を行ったであろう相手に視線を向け、状況把握を優先する。
(いない、だと……。気配も感じないときた……。どうなってやがる)
理解が追いつかない展開を前に、困惑が勝る。
肥大したセンスは、気配が濃いと相場は決まってる。
どれだけ光量を抑えたとしても、嗅ぎ付ける自信があった。
――結果がこれだ。
空気の一部になったみてぇに、気配をまるで感じねぇ。
砦内の奴らは概ね把握できるが、ソラルだけが認知不能だ。
視覚的にも肌感覚的にもセンス的にもいないと錯覚してしまう。
(消耗の激しい守護符を闇雲に使うわけにはいかねぇ。ここぞって時に備えておくべきで、猫状態での体術戦に移行すべきだな。なりが小さいせいでフィジカルが全く通用しない恐れがあるが、この身体のポテンシャルをまだ試してねぇ。分が悪いと思う分にはいいが、試す前から無理だと決めつけるのだけは違う!)
思考を整理し、僕は王霊守護符を口にくわえたまま疾駆。
的を絞らせないようにしつつ、来るべき接近戦に備えていた。
『………………』
小さな足音だけが響く中、不意に感じるのは異様な暑さ。
ソラルの熱気が残ってると言えばそれまでだが、違和感が残る。
(暑さが野郎の現れる兆候だとすりゃあ、能力の本質は……)
仮説に仮説を重ね、想像を膨らませる。
神経を研ぎ澄ませ、出現位置を予想し、そして――。
「『――!!!!』」
繰り出した猫パンチと、ソラルのメイスが空中で拮抗。
タイミングはドンピシャ、威力は完全に五分といっていい。
嬉しい誤算だったわけだが、ソラルの完全攻略には程遠かった。
「――――」
再び野郎は姿を消し、空中に溶け込んだ。
厄介なのは変わりねぇが、能力の表層は見えてきた。
(太陽光の影響を受けてるのは確定として、暑さも考慮するなら……肉体の赤外線化ってところか。紫外線とかもそうだが、目には見えない部分も多いからな。人であろうが猫であろうが変わらんはずだ。……まぁ、そもそもとして、猫が本来見えない赤色を認識できる時点で、この身体は人間に近いんだろうがな)
いくつか予想を立て、考察の余地は残るものの答えを絞る。
雑多な内容も含まれるが、攻略する上で欠かせないのは後半部分。
(というか、ただの猫パンチであれなら……やってみるか)
感じたのは、猫化状態のフィジカルの手応え。
人間顔負けの馬鹿力を引き出せる可能性を秘めていた。
『――――――』
ピョンピョンと華麗に移動を繰り返し、温度をセンサーに探る。
暑さがトリガーだ。異常を検知した方向にカウンターを打てばいい。
(来た……)
ジリジリと肌が焼けるような感触を伴い、出現は間近。
著しい暑さを発している左方向に山を張り、出方を伺った。
「――――」
思った通り、ソラルは左側に出現し、メイスを振るう。
『―――――』
すかさず僕は猫特有の爪を尖らせ、その切れ味を試そうとした。
「――展示物立体表現技法」
そこに割って入ってきたのは、見覚えのある老人。
小ぶりのジオラマが投げつけられ、僕は中に囚われる。
『……ニャン!?』
みっともない鳴き声を上げ、僕は電話ボックスに幽閉された。




