第30話 狂詩曲
聖エルモ砦、西部。通信室前の石造りの廊下。
対する相手は、銀兜を被る黒い騎士服を着た女性。
銀のレイピアを装備し、放たれるのは理屈に沿う手法。
「――――」
刺突、刺突、刺突、刺突、刺突、刺突。
紙一重で躱し続けるものの、反撃の余地なし。
単純なフィジカルだけで圧倒される展開が続いていた。
(第三級とはまるで比べ物にならない。基礎戦闘力だけなら大病院長よりも上?)
気を抜けば殺される状況下で、冷静に頭を回す。
新米修道士に送った助言は当たり前のようにクリア。
肉体、センス、剣術……どれも非の打ち所がない一級品。
芸術的な刺突の残滓。黄色の燐光には目を奪われそうになる。
あまりの上物過ぎて手をつけるのが勿体ないと思ってしまうほど。
(彼女の討伐は必須ではありませんが――)
思考を整理し、行動を吟味した上で、向き合う覚悟を決める。
こちらの得物は、バイオリンと弦を奏でる弓。演奏する暇はない。
避けるのが精一杯のように見える攻防でも、活路を見出せてこそ一流。
「狂詩曲――」
脳内に貯蔵されている全ての楽譜を消し、目の前の事柄に集中する。
これは模倣ではなくオリジナル。彼女としか編み出されないセッション。
「「――」」
弓で刺突を弾き、弦にあてがい演奏する。
既存の枠組みに当てはまらない型破りな奏法。
予定調和的な主題もなければ、題名も存在しない。
あるのは、行き当たりばったりな不規則なリズムのみ。
そこに意味をつける。点と点を線に変え、旋律を解釈する。
元来、曲作りとはそういうもの。偶然を必然に変えるこだわり。
始まれば終わりが見える。そこに向けて、ただひたすらに没頭する。
「「――、――――、――――、――、――――!!!」」
刺突を奏でる。奏でる。奏でる。奏でる。奏でる。
一つ一つに意味はなくとも、連なりが答えをくれる。
特徴は、衝突を重ねるごとに力強くなる音色とホ短調。
早いテンポは情熱的、緩やかなテンポは悲劇的な雰囲気。
冷たい金属的な響きも持ち合わせ、不協和音は調和される。
演奏も佳境に差し掛かり、題名が脳内に浮かびかけてきた頃。
「――ッッ!!?」
パツンと音が鳴り、主音となるE弦が切断。
レイピアは刺突特化とはいえど、斬ることも可。
度重なる攻防で意思能力を見極め、崩しにかかった。
一本調子で演奏を終えられるほど、楽な相手ではなかった。
――ただ、それもまた味。
ないものではなく、あるものに目を向ける。
こちらには、A線、D線、G線がまだ残っている。
最高音は奏でられないものの、それ以下で代替は可能。
途切れた間は余白と捉え、気を取り直して演奏を再開する。
「――――――」
予期せぬ変調が入り、意図して選んだのは、ト短調。
最低音のG線を主音とし、重厚な音色が廊下を揺らした。
終わりは近い。しめやかな余韻を残しつつ演奏を締めくくる。
「――【閃光のカデンツァ】」
ふさわしい題名をつけ、意思能力は発動する。
詳細不明なものの、自分に向けた音色なのは確か。
相手に影響を及ぼすものでないなら、試してみるまで。
「…………」
演奏を終えたバイオリンと弓を解除し、戦闘に集中。
バフであることを信じ、一歩踏み出した時点で理解できた。
「―――――!??」
女騎士が初めて動揺の色を見せた。
息を呑み、刺突には揺らぎが生じている。
攻撃を躱す。その事実は先ほどと変わってない。
ただ精度が段違い。異次元な回避能力を獲得している。
その正体は――。
「…………」
刺突の軌道線。それが到達する前に目で見える。
数秒後の未来が見えると言っても過言じゃない現象。
本来なら、回避で限界だったリソースに余りが生まれる。
必要最小限の動きで刺突を避け続けて、徐々に距離を詰める。
気付けば、至近距離。リーチの格差はなくなり、拳が届く間合い。
「――!!!」
焦る女騎士は時間的に最後の抵抗を試みる。
初志貫徹の刺突を放ち、頭部を射抜かんと迫る。
「……」
ただ、見えている。読めている。避けている。
首を逸らし、最後の刺突を躱し、頬を薄っすら切る。
損傷は軽微。女騎士は致命的な隙を晒し、回避不能の状態。
「その綺麗な面。拝ませてもらいましょうか!!!!」
放つのは、渾身の右ストレート。
吸い込まれるようにして、銀兜に直撃。
殴り飛ばし、パキリと音を立て、露わになる。
「…………っっっ」
見えたのは長い黄色の髪と、ひどい火傷の跡。
綺麗と醜悪。その両面を兼ね備えた姿が目に入る。
「――――」
言葉を失っていると、石造りの壁を破り、現れたのは男。
赤いマントが特徴的な修道士。紛れもない大病院長だった。
すぐさま受け身をすると、こちらを見て状況を察し、言い放った。
「…………共闘といこうか。ルミナ・グレーゼ」
困難に次ぐ困難。余韻冷めやらぬままに、戦闘は続行した。




